残暑
はぁはぁはぁ。
呼吸を荒くして私たちは駆け抜けた。駆け抜けて、駆け抜けて、途中、しんどくなって止まりそうになったけど、君が手を引っ張ってくれたから走り切れた。夏の日差しから逃げるように、誰からも目につかないように、私たちは途方もない旅をした。
水はトイレの、ほらあの手を洗うところ、あそこから補給して、食べ物は万引きして手に入れた。
怖かった、初めての場所で初めてのことしかしなかったから。その中には本当はしちゃいけないことも含まれてたし。けど横に君がいたから私はこの夏がとても愉快で楽しかった。私たちは無敵だった、私たちはこれから、死ぬ場所を探す旅をするんだ。
気づいたら建物が消えていた、あるのは草木だけだ。私たちはそんな何も無い辺境まで電車で向かった。向かったというのは語弊があるな。私たちは離れたかった、自分の知ってる場所を見たくなかった、できるだけ遠くへ遠くへ行きたかったんだ。だから私たちは終点に着く度に目新しい名前の所へ向かったのだ、有名な都市の名前があったらそこは行かないで、漢字が読めない、聞いたことない駅が書いてある方を私たちはこれはなんて読むんだと二人で馬鹿みたいな話をしながら乗っていった。
気づけば電車に入る人はみるみる減っていき、電車はたちまちレトロな形へと様変わりして最終的に私たちは私たち二人だけの空間で電車に乗っていた。
解放的な気分になり私と君は向かいの席で思いっきり寝転がった。寝心地は良くて君がいなかったら私はすぐに寝ちゃってたと思う。
楽しいね
君は頬を緩ませて言ってくれた。
同じ気持ちって分かったらもう嬉しくて嬉しくて、永遠に電車が止まらなければいいのにって、ずっとこの電車は止まらなくて私たち二人きりだったらいいのにって思った。
次は、終点ーーー
まあ、そんなロマンチックな雰囲気はあっという間にかき消されたんだけど。
改札には人がいなかったから私たちは無賃電車をした。改札口を飛び越えたのだ。飛び越えたというか改札を入れるところによじ登った?そこを足場にした?とりあえず私も君も身体能力は高くないからずるーい方法で通り抜けた。
歩いた、歩いた。ようやく走る必要が無くなったから、行くあてもなく私たちは線路に沿って歩いていた。もちろんこの線路には電車は通らない。きっとこの町より先に電車を発車する意味なんてなかったのだろう。ほとんどさびて読めなかった立ち入り禁止の看板をシカトして土とか落ち葉とかで埋もれかけている線路を二人で歩いていた。カメラがあったらきっとこの瞬間は綺麗に映るんだろうな。泥だらけで汗だくな不衛生な見た目の二人でもこの田舎道だといい味になるんじゃないか。まあ私たちにはそんな大層なカメラもましてやスマホも何一つ持っていないのだが。
いつかこの線路も途切れるのかな
ふとぽつりと君は言った。ただぼんやりと思ったことを呟いたようだった。君に限って意味深なことを言うなんてありえないから、私はそりゃあどうせいつかは途切れるよって当たり前な解答を、悪くいうとつまらない解答をした。君は黙っていた、そうだよね、もっと気の利いたことを言えよ私。
そうだ!途切れたら私たちで新しい線路を作ろうよ!
気の利いたこととはこういうことなのだろうか?私は咄嗟に変なことを言った自分を呪った。
ど、どうやって?
ほら、すっごく困惑してるぞ。頑張れ私。貫きとおせ。
え、、えーと、ほらこうやって
私はボロボロの靴のかかとで線を引く。文字通り線路を私がひとりで描いて見せた。おそるおそる君の顔を覗くーーー
ぷっ、はは、はははは!確かに線路だね!
あはは!そうでしょ!あははは!
君が笑ってくれて私もようやく肩の力が抜けて笑えるようになった。
君はあんまり笑わないよね。だから嬉しかったな。あ、私心許されてるんだって思って嬉しかったんだ。私たちは二人、終わらない線路道を歩いているんだ。いつかは途切れる、そんな悲しい言葉は私がかき消してやる。私たちは二人でどこまでも歩いて最後に死ぬんだ。
ミンミンミンミン。
蝉がアホみたいに鳴き続ける。サイレンみたいに耳にガンガン流れて頭にジンジン響く。結局あの後、目新しいものを求め線路を離れて色んなところを歩き回った結果気づいたことがある。ここはなんにも無い。なんにも無いんだ。
死ぬ
暑い、意識してなかったわけじゃない。ただ永遠と続く田んぼ道。代わり映えのしない曇りなき青空。ムッと田んぼに存在する熱湯から発生した肌にどっしりと不快感を与える熱波。そしてぽたぽたと滴る汗。これらが今の過酷な状況を教えてくれた。
田舎は人がおらず開放感があるものだとばかり思っていたが現実は残酷だ。のどかな風景を見て落ち着きたいのに蚊が邪魔してくる、汗が邪魔してくる、夏なんか嫌いだ。早く冬になればいいのに。冬は好きだ。凍えるように寒いけど汗もかかないし、虫も飛ばない、夏に比べれば全く問題ない。
ねえ、あれ
彼はポツリと指をさして声を上げた。久しぶりに口を開けたのか声が上ずっていた。しかしなんだろう、そう思い私は目を凝らして彼の目線を追うと
小屋?小屋だ!
ようやく人のいる気配のする場所が見つかった。きっとこのバカでかい田んぼの主だろう。
ほんとにおかしな話だ。私たちの旅の目的を忘れたのだろうか。気づけば私たちは獣のように小屋へとかけでた。死にたくなかったのかな?身体は反射的にその家へと走っていた。犯罪に犯罪を重ねて、辛いことダメなことには目を背けて蓋をせぬまま逃げ出して、すぐに死ぬべきなのに、それでも、それでも私たちはまだ生に執着してしまう。きっと私は嫌だったんだ、残酷に死にたくなかった、グロテスクに死にたくなかった、だって太陽の暑さにやられて死ぬなんてあまりに滑稽じゃないか。私の人生の死因が暑さって、、、そんな結末の為に私は生きできたんじゃない。もっと悲劇的に死にたいんだ。
小屋に入る、靴を履いたまま猛ダッシュで小屋に飛び込む。数時間ぶりの日陰だ。涼しい、温度が下がるのを感じる、けどまだ足りない。少し寝転がった後またじんわりと熱がこもってくるのがわかる。そうだ水、水を探さないと。みず、、、
持ってきたよ、はい。
ぼやけた視界の中、富士の天然水とラベルされたペットボトルが見えた。もしやもう見つけてくれたのか、やはり君は頼りになる。ひんやりとしたペットボトルを私の頬に当ててくる、気持ちいい。私はありがとうと手を伸ばそうする。ーーーけど思ったように体が動かない。もしや熱中症?あれ、てかすっごく頭も痛い、クラクラする。そうか、もうとっくに体の限界は来ていたのか。なら、、、私は口を開けた。
あー
え、なに、、、
あーー
ーーー分かったよ
君は観念してペットボトルを開けてゆっくりと私の口元に注ぎ込む。横向きで寝てるから、びちゃびちゃと水が床に半分こぼれ落ちる。もったいないなーとぼんやり思いつつ、半分は、何も思考できていない。そのくらい曖昧な感覚だった。十分に飲んだ後、服は汗とさっきの水でぐしょぐしょだった。冷たーいと思いながら私は気づけば眠っていた。
お、やっとみつけた
彼女の服を変えるために僕は小屋を散策した。小屋と言ったが中身はかなり広く。家には冷蔵庫、扇風機、机、座布団などがあり、あらゆるものが満たされた場所だった。言うなれば生活感があった。どうしてこんな家が不用心にも開けっ放しだったのか。僕はふすまを開けて大人の男性の羽織のようなものと同様に大人の男性の灰色のインナーシャツを二着取りだし、残すのは下着とズボンだ、と服を履き替えながら探していた。さっきまで着ていた服は水で濡らしたあとの雑巾のようになっていて、僕の体はそこら中に汗疹があった、当然だこんな途方もない旅をもう丸3日続けているのだ。しかし着替えというのはすごいものでさっきよりマシになったなと衣食住の衣も舐めたものじゃないなと実感していた。そうださっさと彼女の服も着替えさせよう。服を脱がすという行為が許されるかは分からない、でも事態が事態だ。怒られたら怒り返そう。
僕はそんな自らの性欲を一人で無意味に正当化しながら下着を探すのを中断して彼女の元へと向かおうとしたその時。
くっさ。
異臭がした。それは僕から来るものではない、であればさっきの雑巾のような服からーーー来るものでもない。無論、僕でないなら彼女でもない。これは、、、もっと生物が本能的に嫌う匂いだ。
恐る恐る僕は臭いが濃くなる方へ行った。涙が、吐き気が込み上げてくる。臭い。ゴミなんかよりも醜悪な臭いを嗅いだのは人生初かもしれない。そんな誰も得しないニューレコードをとるなと思いつつようやくその臭いの正体が明らかになる。
わーーー
人が、この家の主と思われるおじいさんがそこで、壁に不自然なほど体重を預けながら座っていた。もはや寝転がっていると言っても過言では無いかもしれない。それくらいだらしなく姿勢を崩して座っていた。
僕はそれを見ていち早く気づいた。臭いの正体は彼だとそしてもうひとつーーー彼は死んでいる。と。
ハエが3、4匹、いやよく見るともっといるかもしれない。とりあえずハエが老人の周りをたむろっていた。死者を嘲笑うかのようにハエたちはくるくると鬱陶しく飛び回っていた。目は閉じていて、口ビルは青白く腫れていた、そして鼻からは鼻水なのかあるいはもっと中に溜まっている汚れか、小さな腐敗物が漏れ出ていた。そういえば葬式の時におじいちゃんに鼻栓がついてたのはこの溢れ出る醜悪な泥のようなものを出さないためだったのか。老人は僕が目の前にいるのに何も反応しなかった。よく見れば体が白いし、所々に斑点がある。カビているのか。こんな田舎だ、誰にも気づかれずこの人は死んだのだろう。
僕は初めてなんの加工もされてない無加工な死体を見た。恐怖が全身により立つと共に欠片のような同情が込み上げてきた。彼はハエの住処にされて、身体は、時期にカビだらけになって、寄生虫なんかもやって来るのだろう。そうしたら彼はぐちゃぐちゃになって原型もとどめなくなってそしてそのまま土と同化するんだ。死ぬってグロテスクだ、この人はきっと望んでない死に方だったんだろうな、だって冷蔵庫には食料が山ほどあったし水もたくさん買ってあった。きっと彼はまだ生きるつもりだったんだ。それなのに死んだ、それは可哀想だな。
ふと重ねる。ーーーこんな惨い死をみて僕の心は激しく動揺していた。どこかで僕は、いや僕らは死というものを何か大層なものだと昇華していたのかもしれない。ただ生物が生物としての活動を停止したこと。それが死だ。何も尊いものなんてないのかもしれない。何もその行動を肯定する必要なんて無いのかもしれない。
安心してくれあなたのおかげで僕たちは熱中症で死なずに済んだんだ。誇りを持って欲しい。
僕は声も届かないであろう老人に一言声をかけたのち、臭いが充満して欲しくないので老人のいた部屋を締め切った。この部屋のことは秘密にしよう。ただ僕はそう思い、そして再び下着を探した。
そうだ、あれもやっとかないと
老人の死んでいる姿を見て、僕はある決意をした。ひとりの少女を頭に思い浮かべ、そして最後に扉の向こうにいる老人に黙祷を捧げた。
ーお母さんが私をぶってきた。
ーそっか、僕はお父さんに殺されかけた。
ーお兄ちゃんが私の事襲ってきた
ー僕はそもそも家で一人だ、かまってくれる人なんか居ない
ー学校でもよく虐められてる
ーあっそ、僕はそもそも学校に行かせてもらえない
ーふふ、似たもの同士だね
ー全然違うかったでしょ
ー同じだよ、私たちははみ出しものだよ
ーそれは、、、そうかもね
ーねぇ、一緒にどっか行こうよ
ーどこか?
ーうん、遠い遠い遠ーい場所。あいつらの顔が見えなくなるだけじゃなくてあいつらのことそもそも忘れるくらい遠い場所。
ーはは、天国のこと?
ーーーそうだよ。ねえ、■■。
ーーーー
ー一緒に死のうよ
そういえばあの時の君はどんな表情をしていたっけ?
目を開けると私の目には見知らない天井が見えた。茶色の木の模様が一面に広がり無心でいられる風景。田舎のおばあちゃんちを彷彿とさせる木の匂いを臭いものを吸いすぎて麻痺した身体に堪能させながら体を起こすとおでこからポロッと何か落ちてきた、それは雑巾だった。私看病されてたのかしら。そういえば服の着心地が異常に良い。あ、着替えられてる。いやサイズオーバーが半端ないな。どう見てもメンズじゃん。あれ、っていうかズボンもオーバーっていかスースーするっていうか、、、
ノーパンじゃん!
うわ、びっくりした、
私の悲鳴に一人綺麗な反応を示した、もしや。
ねえ、、君、がやったの?
え、えと、なんの話しでしょうか?
目がオロオロしている君は、はははとぎこちない笑顔で笑っていた。
私の、、、その、、、みたの?
いや、ちょっと自分必死だったんで分かんないすね
顔が真っ赤で目が泳いでいる。いや、まあ犯人君しかいないしもう分かってるんだけどさ。
いや、怒ってないよ。私のこと助けるために仕方なかったんでしょ。むしろ感謝してるよ
君は熱中症で情けなく倒れた私を一人で看病していたのだ。感謝しないとさすがに失礼だ。まさか寝ている間に見られるなんて、、、不覚だ。
僕も正直、、感謝してまーーー
ぶん殴った。もうちょい言葉を選べばよかったのに。あふぅとみぞおちを抱えて君は突っ伏していた。というか、、、もう随分暗くなっているな。君がいたことはわかったけどとても暗く、距離が離れたら顔が上手く見えなくなっている。田舎だから光が信じられないほど少ない。小さな歩幅で慎重に私は身体を起こして歩き出した。
ねぇ、今何時?
7時14分。寝すぎ。
うるさ
もう耳をすませばジリジリジリジリとか、ホロホロホロホロとか、聞こえてくる。夜なのに元気だな。家の中から聞こえる夏のBGMはとても心地が良い。まあ何一つ不自由がないということは無い。エアコンはないし、扇風機の風は弱いし、ノーパンだし。でも、不思議と快適だった。初めて深呼吸ができたような、そんなリラックスできた気分になった。ずっとこのまま世界が止まっていればいいのに、そんな願いが叶ったような、世界からこの家だけ分断されたような気持ちになれた。
静かだね
そーだね
君は私に水を入れたコップを渡して、二人で庭のような場所から空を見た。庭は思ったよりも荒れてなかった。まあコケだらけのカエルや、たぬきの像、暑さにやられて萎れた花壇などがあり綺麗とは言えないのだが。そういえばここの家主は帰ってこないのだろうか。まあバレたら追い出されるかもだしこっちとしては好都合なのだが。
ーーー
静かだ、車の音も電車の音も、誰かの笑い声も、家族の怒鳴り声も、うるさいテレビの音も、何も聞こえない。あるのは虫の音と、君と私の呼吸音だけだった。
澄んでいる、綺麗に澄んでいる。この空間は、この場所はきっと不純なものが存在しない。だから星が綺麗に見えるんだ、だからこんなにも夜が輝いているんだ。
星はいいよね、綺麗で羨ましい。
考える、なんで私たちはこんな遠い遠い星に憧れを抱くのか。どうして私は今こうして手を伸ばしてしまうのか。私はこんなにも汚く醜くおぞましいのに。
ーーー届かないから、放っから届きっこないから綺麗なんだよ。
君はいつもよりも思案の時間が早く、空に手を伸ばしながら口を開いた。
僕は兄弟に憧れてた、兄弟とゲームしたり、喧嘩したり、恋バナしたりしたかった、、、それは僕が兄弟がいなかったから兄弟に対して理想像を押し付けてたんだ。でも、君のお陰で目が覚めたよ兄弟はカスだってね。ゲームなんかしないし、喧嘩はレイプだし、恋バナじゃなくて交尾に夢中だ。こんなに兄弟に嫌悪感が募るのは、兄弟というものに近づいたからさ、みんながみんな君のお兄ちゃんほどやばくは無いだろうけど現実の兄弟なんてどうせ終わってるに決まってる。だから星だって一緒さ、どうせ近づいたらいい物じゃなくなる。
そういうもん?
うんそうだ、だからきっと、、、死ぬことだって、、きっといいことなんかじゃなくなるんだよ
君は静かに私の方を見ずに言った。とても迷って、口が籠って、とてもいいづらそうにしていたのがみてとれた。そうか今、君は私を止めようとしてくれてるんだね。ーーーやっぱり君は生きるべきだよ。
やっぱり、君は死にたくなかったんだね
ーーーうん。だってこの旅の間、初めて生きて楽しいって思えたんだ
そっか楽しかったか。私も楽しかったよ。凄く。でもこんな日常がいつまでも続くわけないじゃない、こんな楽しい日々だけが続くわけないじゃない。もう私は疲れてたんだ、もう私は、、、
もう私は、充分。
私はバッグからナイフを取り出した。
ーーー!ふざけんな!
君は私のことを思いっきり押し付ける。クソ、反応が早い。バッグにあることを気づいていたのか。ーーそうか私が倒れてた時にもうすでにーーー
おら!
な!
私は力なく彼にナイフを取られた。くそ、体が想像よりも動かない、病み上がりだもんね、私。でも
返してよ!
私も急に彼に襲いかかる、でも刃が君に当たらないよう注意を払うと同時に、君も私に当てないように抵抗する。まるで茶番のような戦いだ。はは、ほんとに何してるんだ私。
僕は、楽しかった!今日楽しかったんだ!それは確かに死が目の前にあったからだと思う。死が近くにあるから、生に縋りつけた、生を満喫することが出来た!たしかにここで死ななかったらきっとまた面白くなくなる。生きることが苦しくなるかもしれない!でも!それでも、、、生きて欲しいんだ!!
キリがないと思ったのか、君はとんでもない所業を引き起こす。
な、、、
君はいつの間にか自分にナイフを向けていた。
ねぇ、楽しくなかった?□□は、楽しくなかった?僕といて生きたいと思わなかったの。
ーーーそんなの、、、思ったに決まってるじゃん!でも無理なんだよ!!だって君がいても、家族がいる!クラスメイトがいる!世界がいる!私たちは二人で暮らせないの、、、暮らしたいけど、、、私の取り巻く環境が。篠原 亜夜の周りには敵しかいないの!
楽しかったよ。君といたい。ずっとこの家で過ごしたい。でも無理だよ。だって私たちはもう時期バレる。だって聞こえてくるもん。静かだった、私たちだけの世界に、、、嫌なサイレン音が。
ーーーほら、来ちゃった。ねえ?渡して私に、私に渡して?もう終わらせて、もう全部終わらせてよ。楽しいまま死にたいの、、、
嫌だ。もう戻りたくない。あの場所にもう二度と。絶対怒られる、絶対バカにされる。私たちの思い出があいつらに無駄なものだったねって嘲笑いながら踏みつけられる。
ーーーじゃあ僕が、、、終わらせる。君をここで殺す。
君は私にナイフを突き立てた、顔は涙で怒りでぐちゃぐちゃになってた、私も多分今ぐちゃぐちゃな顔をしている。私は君の言葉を聞いて大きく手を広げる。まるで無抵抗に君を抱きしめるように。
うん!いいよ!殺して、殺して!私を殺して!そしてずっと私のことを引きずって、そしてそして一生私を抱えて死んで!
なんと幸せなことか、私は好きな人に刺してもらえて好きな人の手によって殺されるのだ。きっと君は私に縛られる、ずっと私のことを思ってくれる。やっと私は誰かの何かになれる。それが君ならもう十分だ。きっと私の物語は素晴らしい幕引きになる。
はぁ、はぁ、
一歩一歩進み君は勢いよく、私の腹にグスリと力いっぱい刺した。実はかなり助かった。私とてさすがに自分で自分の首を切るなんてちょっと想像できなかったから。
私はすかさず君を抱きしめる。震えてる、多分私たちはどっちも震えてる。うわ、、めっちゃ強く刺すじゃん。愛が重いな、グリグリグリグリ刺すじゃん。意外と痛くないんだね。良かったー、これで死ねるんなら私は本当に幸せだ。
でも、なんでだろう全然、全然死ぬ気がしない。
これで周りから嫌われてる、篠原 亜夜は死んだ
ぽつりと君はそういった。私はお腹を見る。そこにはとめどなく溢れる深紅の血が流れてーーー
なんで、、、
流れていなかった。一滴も流れていなかった。流れているのは汗とーーー涙だけだった。
もうこれで死ぬ必要は無くなっただろ、
何言ってるの?私本気だったんだよ!
僕だって本気だよ
嫌だよ、、、私は死にたい、だってどうしようもないじゃん!私を囲む環境は変わらないんだよ。私の、篠原 亜夜の人生はもう助からないよ。
もう涙でぐちゃぐちゃだった。もう分からない。彼が分からない、私が分からない。もう私はどうしたいのか分からない。
だったら、、、これからは、、、違う性を名乗ればいいんだ、
頬を赤らめながら君はそう言って、ナイフを自分の心臓に刺した。
これでおあいこだね
な、なにして!、、、、え?
血は出なかった。君はシュポシュポナイフを刺したり抜いたりしていたーーーえ、もしかして
おもちゃのナイフ?
うん
サイレンの音が近づく、けど、耳は一ミリもそちらに向かない。意識は君に、体は君に、心は君に、向かっていた。そして思いっきり君にビンタした
死んだかと思った、、怖かった、君が死ぬかもと思った!
私は抱きついていた、泣きながら、君の心配をした、身勝手なことに君が軽率に死のうとしたことに怒っていた。自分のことなんか何も考えれなかった。ただ怖かった。ここで君がただ倒れて死んだらって思うと胸が苦しくなって死にそうだった。
同じ気持ちだったよ
君はポツリと言った。その時思い出す、君があの時どんな顔をしていたのかを
あの日からずっと僕は君が死ぬことを止めることしか考えてなかったよ。今日までずっと一度もこの決意は揺らがなかったよ。
とても悲しそうな顔をしていたんだ。
ねぇ、、、君は私の死に場所を奪ったんだよ
私は君とハグしながら話す、もう死ぬなんて言えなかった。私は君には生きて欲しかった。その気持ちは何があっても変わらない気がするから。だからきっと私が君を説得することなんてできっこないもん。それに、もういいんだ、私は、篠原 亜夜は、あのおもちゃのナイフで死んだんだ。
私が死んでエンドロール。それでいいんじゃなかったの?芸術的でしょ。エンドロールが流れ終わったあと君が最後の最後に一人で私を偲び歩くの。
それは芸術的で感動的だけど。つまらないよ。僕がもっと面白い演出を起こしてあげるよ。
君はいつもの調子に戻り、ちょっと俯き気味でボソボソとまた話し出した。さっきまであんなにかっこよかったのに、今はどこにでもいる中学生だ。
ふふ、そうだね。えーとその時の私の名前は篠原じゃないんだよね?
聞き逃してないぞと私はニヤッと笑って言う。
ーーーそうだよ、、、
君の顔は隅の隅まで真っ赤だった。
ふふーん。そっかそっか。それが聞けただけ良かったよ
横を見る、パトカーがもう目の前に来ていた。捕まる。逃げる気力ももうなかった。君が私を強く抱き締めてるのを感じる。
僕も、君の発した言葉は一言一句忘れないよ。
恥ずかしくなってお互い笑いあった。もう警察なんて怖くない。だって私はこれから新しい人となって生きていくつもりだ。
ねぇそのナイフ貸して
はい
せい!
フグぅ、、
私は思いっきり君を刺した。死にはしないけど痛そうだった。まったくいつ変えられたのか。私は本物のナイフを持ち歩いていたつもりなのにな。
これで、君も死んだよ!日比野 澄晴くん!これからは君も好きなように生きよう。好きなように生きて生きて、君のエンドロールを見せて!
その後私たちは捕まった。 夏の日差しは僕らを見つけて高揚しているのかこれでもかと強い陽射しを当ててくる、眩しくて目を塞ぎたくなる。けれど最後に目を開けた時、君は無邪気に私に向かって微笑んでいて、私も子供みたいに笑い返した。
私たちの夏の旅は終わった。




