辺境冒険者の護衛業~お菓子の魔女と始めるSS級スローライフ~
俺はギルス。都の人が秘境っていうような田舎の村で冒険者をやっている。
「あ、あの……シャーリーです。よろしくお願いします」
ギルド長にお客さんだと紹介されたのが若い魔女だった。
黒いとんがり帽子と真っ黒なマント、大きな杖を持っていて、使い魔に黒猫を連れている。
すごい、めっちゃ魔女!
最近、引っ越してきたので挨拶にきたらしい。
「これ、どうぞ」とピンクのリボンでラッピングされた袋を渡された。
ギルド長も同じ袋を持っててもう開けてる。じゃあ俺も、と袋を開ける。
人型のクッキーが入っているけど、魔女の作る人型クッキーはちょっと怖い。
ギルド長は頭からボリボリ音を立てて豪快に食べてる。
「へーどれどれ……美味い! これ、美味いぞ、ギルス」
「ジンジャーブレットマンって言うんです」
ギルド長のそのためらいのなさ、さすが歴戦の冒険者。ギルド長に倣って、クッキーを手にとる。
――サクッ。
「……うまっ!」
口の中にピリッとしたジンジャーの香りが広がった。スパイスの風味もあってなんだかクセになる美味しさだ。っていうか、たぶん今まで食べたクッキーの中で一番な気がする。
感想をそのまま伝えると、シャーリーは嬉しそうにはにかんでる。
「よ、よかったです」
「良かったなっ!! ギルス」
ギルド長に背中をバンッといい音で叩かれる。現役を引退して何年もたってるくせに、あいかわらずの馬鹿力だ。
「痛いって! 加減考えてくださいよ。ほら、この子も怖がってる」
「い、いえ! だい、じょうぶ、です。ちょっとビックリした……だけで」
小柄なシャーリーがちょこまかと手を振って、首も必死で横に振る姿は小動物っぽい。
「俺さまの紹介もしてくれよな」と言ったのは、足下の黒猫だった。
おー、使い魔ってしゃべるんだ。使い魔っぽい。魔女も使い魔にも初めて会ったから、知らないことばっかりだ。
「使い魔は初めてか? クロだ! よろしくされろよ」
尻尾をぴんと立てて、顔をくっとあげてる。なんか偉そうだが、そんなとこが猫っぽい。
けど、こんな田舎にねー、魔女? しかも定住って、何のために?
「わたし、お菓子作りを極めたいんです。わたしにとって、お菓子って材料、命! なんです。わたし、そのために色んな土地にいったり、たくさん本を調べたんです」
「え? で、この村?」
「そうなんです。年間降水量、平均気温、地形などから、植物にとってもっとも良い環境を探したら」
「この村だった……と?」
「です!!」
両手で力強く杖を握って、力いっぱい頷いている。鼻息も荒い。熱意がすごい。
でも、本当にお菓子作りが好きなんだってことが伝わってくる。目的の為なら、どんな困難にも立ち向かっていくって感じだ。
「という訳で、ギルス。依頼だ!」
ポンっとギルド長に肩を叩かれた。いい笑顔で親指を立ててる。
「ギルスくん、この周辺を案内してください!」
そういうことかー。わざわざ、紹介するなんておかしいと思ったんだよ!!!
案内……。案内か。
村の中は20分も歩いたら、ぐるっとまわって終わりだし、シャーリーが知りたいのはそういうことじゃないんだろうし……う、シャーリーの目が期待に満ちてるな!
よ、よし。天気もいいし、とりあえず近くから散歩でもして様子をみようか。てくてくと二人と一匹で歩きだす。
歩きながら、魔女について色々教えてもらう。
魔女と魔法使いの違いとか、魔女と使い魔の契約とか色々だ。ざっくり言うと魔力がある女性が魔女で、男性が魔法使い。
魔力を外に放出するのが得意な人は攻撃魔法や、防御魔法が使えるようになって、冒険者になったりする。
シャーリーみたいに魔力を何かに付与するのが得意な人は薬師みたいな仕事をする。
植物なんかは大地を流れる自然の魔力に晒されてるから魔法をこめやすいからだそうだ。
で、シャーリーはお菓子に魔力をこめる魔女らしい。お菓子の材料って元々は植物だもんな。
しかも、こんなことをしてる人は少ないらしく、研究のしがいがあるって楽しそうに喋ってる。
「体力回復薬とか体内調整薬とかって美味しくないじゃないですか」
たしかに、美味しくないと身体に良いと分かっていても飲みたくない。
美味しく食べて元気になる! そのためにお菓子を極めたいんだって。
って話の途中で「あ、マンゴリアン!」と茂みの方に走っていくシャーリー。
こんな感じで、案内はのんびりと進んでる。
「図鑑で見てたやつ!」とか言って、すぐにどっか行ってしまう。
この辺りはまだ、モンスターはいないけど、なんて言うかあぶなっかしい。
ここが辺境の地って言われるのはモンスターがおおいから。気候もいいからモンスターも大きく育っちゃうんだろうな、なんてのん気にギルド長は言っていたけど、そんな場所だからこそ、弱いモンスターくらいなら村人でも倒せちゃうんだよな、ここ。
シャーリーに戦うスキルとかなさそうだなと、使い魔に聞く。
「ない! だからギルドに挨拶にいったんだろ」
「なるほどなー」
これからも依頼でちょくちょく顔を合わせるってことか。
シャーリーの行動に慣れているらしいクロは欠伸をして、毛づくろいなんかはじめてる。
黒い毛はつやつやしてて、緑の目もキラキラだ。
撫でてみたくて、手をだしたら、キッと睨まれる。
「使い魔って動物?」
「本人に直接聞くってだいぶん失礼だぞ」
気になったから聞いてみたら、クロはちょっと怒った。けど結局、退屈なのか教えてくれる。
使い魔は精霊獣なんだって。体内に魔力を貯めやすいタイプの魔女や魔法使いが魔力容量を増やすために契約するんだそうだ。
「精霊の谷ってのがあって、契約したい奴がやってくるんだ」
「へー」
猫ばっかりの谷か。ちょっと可愛いと思っていると、そんなことはなくてフクロウとか蛇とかもいるらしい。なるほどね、知らないことばっかりだ。
そんなこんなでクロの話に感心していると、シャーリーが戻ってくる。
ベタなことに髪に葉っぱをつけて、緑色のマンゴリアンを持っている。
まだ熟成してないよ。って教えてあげようかと思ったけど、本人は満足そうにマンゴリアンを眺めて「ケーキ……プリン……」て、ぶつぶつ呟いてる。
それから何度も寄り道をして、ようやく村から少し離れたところにある小高い丘につく。
見て、とシャーリーたちを促した先にはどこまでも続く青空が広がっている。
拭き抜ける風が、足元の黄色い花々を揺らし、隣に立つシャーリーの黒いマントもぱたぱたと弄んでいる。
「ギルスくんの村、ほんとうに素敵なところですね。ここに来て本当に良かった」
「悪くいえば、くそ退屈な田舎ってことだろ」ずっとクロの相槌は口が悪い。
眼下には、のどかな村と、それを囲むように広がる畑。遠くに見える黒い点のかたまりはチャージシープの群れだ。遠くにドラゴンが飛ぶのが見えたから、シャーリーに教えてあげる。
「えっ、そうなんですか? ドラゴンとかも……」
「いるよ! でも住処は遠いし、めったにこないから、コカトリスとかのほうが怖い」
コカトリスの真似をして両手を広げて威嚇する。シャーリーがくすっと笑い、使い魔のクロはへっと鼻をならした。
「ふふっ、ギルスくんが優しそうな人で良かった」
ギルド長には、若くてイキのいい奴を紹介するって言われたらしい。イキがいいっていうか若い冒険者が俺だけってことだろ。
「って言っても、ギルドじゃ一番下っ端だから、受付とか備品の整理とかも多いんだけど」
「それは冒険者ってよりは便利屋だよな」
「さっきからいちいちトゲがあるよな、クロ!」
「主さまはお子ちゃまな見た目だけど、お前よりも年上だからな。あんまり子供あつかいするなよ」
クロはベーと舌をだして、ひらひらと舞う蝶の一群に向かっていく。軽やかに蝶に飛びかかってる。
「え、そうなの? シャーリーって俺より年う……」
「二つだけですよ! もう! クロったら!」
俺は思わず大声で笑ってしまった。
次の日もシャーリーはギルドにやってきた。また依頼をします。と言っていたけど、早すぎだ。
ギルド長が仲良くなれて良かったな、といい笑顔。なんかムッとしたから腹にパンチをいれる。すぐにやり返されて、背中にでっかいギルド長の手形がついた。
今日は、マンゴリアンの採取。昨日帰りに話したマンゴリアンの木が沢山ある場所のことを覚えていたらしい。
俺は収穫したマンゴリアンを持って帰るために籠を背負って、彼女を案内した。
昨日と違って熟れたマンゴリアンを両手いっぱいに持って、シャーリーはほくほく顔だった。
「プリンにして持っていきますね」と言って帰っていって、数日後にはマンゴリアンの実がゴロゴロ入ったマンゴリアンプリンをギルドに持ってきてくれた。
たまたま、世間話に来てた近所のおばちゃんもちゃっかり頂いてて、あっという間に完食。そのあとはシャーリーの腕前をべた褒めしていた。
それから、シャーリーは週に一、二回の頻度でやってきて護衛の依頼をしてくれた。だから、すぐに村の周りの安全な場所の探索は終わってしまった。
低級モンスターがでるようなとこにも出かけるようになって、俺も知らなかったフルーツを見つけたり、貴重な薬草(シャーリー曰く)を採りに行ったりもした。
毎回、お礼と試食もかねて採ってきたフルーツを使ったお菓子を持ってくるから、ギルドでシャーリーは人気者になった。それどころか、お相伴を預かったご近所さんなんかが、シャーリーの来訪を心待ちにするしまつ。
それは俺も一緒だったんだけどな。
****
チリンッーー。
ギルドの扉にかかっている鈴が鳴った。
「こんにちわ、シャーリー」
昼過ぎのことだった。
この時間にやってくるのはシャーリーしかいない。いつものフルーツ採りの助手の依頼だろうと思って日報を書く手を止めなかった。
シャーリーはいつもトレードマークの帽子の端を握って恥ずかしそうに挨拶をしてくれる。けど、いつまでも返事が返ってこない。
おかしいな、と思って顔を上げる。と同時にぴょんとカウンターの上に黒猫が飛び乗った。
「わっ。びっくりした! クロ、今日は一人? シャーリーは?」
「ギルス! 緊急事態だ。俺さまについてこい!」
「えっ! なに? どういうこと?」
クロの黒毛はボサボサで、所々に青いドロっとしたものがこびりついている。よく見ると鼻にも白い粉がついていて、顔も白く汚れてる。白い粉は小麦粉か?
「どうしたの、その汚れ……」
「いいから、すぐに行くぞ!」
「行くってどこへ?」
「家だよ! 主さまがピンチなんだよ!」
モンスター! シャーリーの怯えた顔が浮かんだ。日頃の探索のおかげで体力はメキメキとついていたけど、戦闘となるとシャーリーはからっきしだった。
「才能ないんですよね」と笑っていた顔を思い出し、心配で焦ってくる。俺は倉庫に急いで向かっていた。
クロの切羽詰まった声に背中を押され、俺も森の中を駆けていく。
いつもなら鳥の声や木々のざわめきで心地いいはずの道が、やけに長く感じる。想像の中で怯えるシャーリーの顔が、頭から離れない。
息を切らして開けた場所に飛び出すと、森の中にひっそりと建つ小さな家が見えた。
シャーリーの家だ。
「シャーリー! 大丈夫か!!」
その家は明らかに普通じゃなかった。
家の窓に、半透明に青い物体ーースライムのようなものがべったりと内側に張り付いている。内側から外を覗き込むようにヌルヌルと動いている。
玄関の前にはシャーリーがいて、必死の形相で木の扉を押さえていた。足元には、ボウルやお菓子作りの道具が散らばっていて、あたりに甘い砂糖の匂いが充満している。
「あ、ギルスくん!! ごめんなさい! どうしようもなくって」
シャーリーは涙目でギルスを見上げた。手には、なぜか銀色の泡だて器が握られている。
「う、内側から……! ドアが開けられちゃうの! だ、だから、押さえてたんだけど……!」
何? どういうこと? シャーリーがモンスターを作ったのか?
実はシャーリーは悪い魔女で……悪いって? なんだ? こうやってドアを押さえてモンスターがでてこないようにしてるのに?
よく分からない思考がぐるぐると頭の中でまわる。
「あ、主さま! ご、ごめんよー……。俺さま、こんなことになるなんて……」
足元のクロを見ると、耳をしおれさせ、不安そうに尻尾を巻いている。ピンとくるものがあって、クロの首をつまんで持ち上げる。
「おい、クロ! どういうことか説明しろっ!」
クロの両目が誤魔化すようにあっちこっちに動き、下がっていた両耳がぺたんこになった。
「その……主さまがお菓子を作るっていうから……ちょっと、魔力のこもった薬草を……」
「入れたのか!?」
「だ、だってー。とびきり美味しくしたいっていうから……魔女特製のお菓子だから、せっかくだし……内緒で」
「内緒? じゃあ、シャーリーは知らずに作ったのか」
「……うん。しかも、主さま、お菓子が長持ちするように魔法もかけてて…………ちょっっっと、魔力が暴走しちゃったっていうか」
クロの緑の瞳に涙がうかんだ。涙がぽろぽろとこぼれてきた。
「うっ……ううっ……ごめんよ、ギルス。俺さま、皆に喜んでほしくて! まさか、こんなことになるなんて」
「……クロ」
二人を見比べて、深く、深ーーくため息をついた。
「そうか、まったく。……理由は分かった。おいクロ、泣いてる暇があったら、あれをどうすればいいか考えろ!」
「うわーん! ギルス!!」
クロが抱きついてきた。
首にぎゅっと肉球が押し付けられる。肉球はしっとりと濡れている。クロの不安が伝わってきた。
「え、えっと。じゃ、じゃあ……あれ、あの小瓶」
「小瓶?」
クロが指(肉球?)さした方を見る。シャーリーから少し離れたところ。蓋のあいた小さな瓶が転がっている。
「あれ! あれは魅了の薬草が入ってる! あれを俺さまにかけて!」
「かけてどうするんだ!」
首にクロを巻きつけたまま、走って、瓶を拾い上げた。
ちらっとシャーリーを見る。
ドアを押さえるシャーリーの腕が震えている。隙間からは青い謎の生物の一部がはみ出していた。ぬるっと身体をすべらせ、シャーリーにせまっている。
「俺さまを遠くにほって!!!」
クロの言葉に瓶をひっくり返す。
黄色の粉がクロの頭に振り捧ぐ。薬草独特の匂いと魅了の魔力に一瞬くらっとする。
これ以上魔力にあてられないように息を止め、クロの首をつかみ、勢いよく放り投げた。
「主さまーー! 後はお願いっ!! ほんとにごめーん」
シャーリーが振り返った拍子にドアが開いてた。スライムもどきのお菓子モンスターが飛び出てきた。
ぐねぐねと形を変え、こっちに近づいてくる。地面からビヨーンと伸びて、大きく跳躍する。
俺は無意識に腰から剣を抜いて真っ二つに斬っていた。
弾力のある感触があるけど、やっぱりスライムとは違う。もっと柔らかくて……。
べちょ。
顔にかかったお菓子モンスターの欠片が口に入った。思わず、ごっくんと飲み込む。
え、プリンじゃん? 青いプリン?? いや、そうじゃなくて!
混乱して思わず尻もちをつく俺の上をお菓子モンスターたちが飛び越えていった。
シャーリーも駆け寄ってきた。
「ギルスくん!!」
「大丈夫。美味しくてちょっとびっくりしただけ」
「もちろんです! 世界一美味しいと言われる夜イチゴを入れたプリンなので!!」
夜イチゴってあれか。こないだ、深夜に依頼で出かけたやつか。
夜にしか実をつけないからとか言ってたやつね。もいだ時に食べたら、舌が真っ青になって一日とれなかったやつね。あのイチゴはたしかに美味しかった、でもさ。
シャーリー? 嬉しそうにしてるけどさ、今って多分ピンチ……だよね?
青いお菓子モンスター(4匹と半分になった元1匹の推定6匹)はクロを追いかけていったままだからね? これからどうするか作戦立てないとなんだよな?
「大丈夫です! 家が空きました!!」
「……つまり?」
「魔女の杖を取りにいけます!」
泡だて器を大事に持って、シャーリーは家に走っていく。俺も慌てて、後を追いかける。
家の中は天井から床まで、青い粘液でドロドロになっていた。家の中はむせ返るような甘い匂いに包まれている。家具もお菓子モンスターのせいで潰されている。
ガレキ……じゃなくて、壊れた家具の山の中をかき分けて、杖を探すシャーリーに声をかける。体中に青いプリンをくっつけてドロドロになっている。
「シャーリー、大丈夫かー!? 杖、あった?」
「は、はい! 今……あ、あった! 私の杖!」
立ち上がったシャーリーの手には杖が握られている。
折れたりしてないみたいで、良かった。これでなんとかなる……んだよな?
俺はシャーリーの手をとって元家具の山から降りるのを手伝う。
ボカンッ!!!!
家の奥――たぶんキッチンの方から、大きな爆発音がした!
同時に、焼き菓子の甘い匂いと甘酸っぱいベリーの匂いが爆風と一緒に漂ってくる。
煙の奥に目をこらす。オーブンだったものの扉が吹っ飛んで、そこから小さな何かが転がり出てきていた。
「あぁぁ、マフィンが!!」
まだ、作っていたお菓子があったのか。クロのやつ!! 全部に薬草をいれたな!
ふっくら焼き上がったマフィンが3つ、4つ……って勝手に転がってないか!?
コロコロと転がりながらこっちに向かってくるマフィンモンスターに剣を構える。
マフィンモンスターの一つが飛び上がった。ぷっくりと風船みたいに膨らんでいく。
ぱんっ!
さっきよりは小さい爆発。シャーリーをかばった俺の身体に粉々になったマフィンの欠片と真っ赤なベリージャムが降りかかってきた。
「あちっ! あつっ……!」
もう一個のマフィンがまた膨らんでる。じりっと剣を構えたままマフィに近づいていると、シャーリーが叫んだ。
「駄目! 斬らないでぇぇぇ。大事なお菓子なのー!」
杖を構えたシャーリーは呪文の演唱をはじめている。泣きそうになってる。
小さな魔法陣が杖からでてきて、マフィンモンスターの数だけ展開した。魔法陣はマフィンモンスターの上までいき、そのままマフィンモンスターを光で包み込んだ。
なにげにシャーリーの魔法を初めて見たかも。お菓子しかもらったことなかったから、魔女だってこと忘れかけてたけど、ちゃんと魔女だった!
「おお、マフィンがカチカチに凍ってる」
床に転がったマフィンの一つを手にとると氷みたいに冷たくなってる。
シャーリーはマフィンを全部拾って、ポケットに詰め込んでいる。ん? ポケット??
うっすら思ってたんだけど、なんだか余裕あるよね? シャーリー?
「あとで、お墓を作ってあげなくちゃ……ううん、やっぱりなんとしても食べなきゃ」
なんて、ブツブツ言ってるのが聞こえてくるな。クロはいいの?って聞いてようやく、あっ! って顔した。今さらだけど。
「ぎ、ぎ、ぎるすくん! いますぐ、クロを追いかけます!」
ごまかした? ごまかしたよね、今! とはいえ、シャーリーが走りだしたから、慌てて追いかける。
迷いなく、森の奥に向かっていくのが不安になって聞いてみる。
「使い魔だから、だい、じょう、ぶ、で、す」
あ、ごめん。息切れしてる。俺には余裕のスピードだけど、シャーリーには精一杯だったか。
たぶん、使い魔の契約をしてるから居場所がわかるとか、そんな感じなんだろうな。
「主さまー、ぎるすー。おそいー」
弱弱しい声を上げるクロ。そのまわりを青いプリンモンスターが取り囲んでいる。思わず、剣に手がかかる。
よろよろと地面に転がったクロの腹ははち切れそうなくらい膨らんでいる。
ぜーぜーと肩で息をするシャーリーの途切れ途切れの説明によると、契約した魔女の魔力がこもった物を使い魔は食べることで魔力を吸収できるらしい。
いままで一生懸命食べてたのか……クロ。意識を失いそうになってるのは、満腹になって眠くなってるってことなんだろうな。
「もう食べられない……後は頼んだ、主さま」
あ、目を閉じた……。シャーリーも地面にしゃがみこんでグロッキーだ。
クロの歯形がついたプリンモンスターたちは俺たちに狙いを定めている。
大きく息を何度も吸って呼吸を整えているシャーリーだけど、その間にプリンモンスターがこっちにじりじりと近づいてくる。
「シャーリー、どうしたらいい? 教えてくれ」
「はー、はー……もう大丈夫です。ギルスくん、攻撃しないでプリンたちを一か所に集めることってできます?」
「攻撃しちゃだめなの?」
「駄目です! 大切な材料で作った、大事なお菓子たちなんです」
「……わかった。なんとかする」
俺はプリンモンスターたちの中心に向かって走っていく。動くものに向かっていく性質なのか俺の方に集まってくる。
良かった。これなら、プリンに捕まらないように上手く逃げていけば……。片足を軸にして方向を変え、プリンの周りを走り回って輪を小さくしていく。
「こっちだ! プリン野郎!!」
振り返るとシャーリーが立ち上がって杖を構えている。目をつぶって演唱をしているのが見えた。
同時に、後ろでシャーリーの杖が光った。
ボンっ! ボンっ!
杖からでた魔法陣が青く光りながら破裂する。さっきよりも大きな魔法陣は粉々になってプリンモンスターに降りかかる。光の粉に触れた部分が固くなって冷気を放っている。
シャーリーの演唱は続いている。杖の先に新しい魔法陣が構築されていく。
「あ、ギルスくん! よけて!!」
「えっ?……えー?!!」
シャーリーはもっと大きな魔法陣付きの杖を掲げた。あわてて、シャーリーの側に走ってもどる。
ぶんっと振った杖から魔法陣が、もう一度広がっていく。今度はプリンを覆っている。サラサラと青い光が雪のようにプリンの頭上から降りそそいだ。
終わったのか……。
俺がほぅと息を吐くのと「よかったー」とシャーリーが安堵のため息をつくのは同時だった。
出来上がったカチカチの巨大プリン氷に触れてみる。冷たっ! シャーリーも触って、確認……いや、違うな。どうにか食べようとしてる。
「シャーリー、さすがに食べるのは駄目じゃないかな」
「味見だけでも……あ、ギルスくん、放してぇ」
マントを引っ張ってプリンから引きはがす。ほんとにお菓子が好きすぎるだろう。さすがに、お腹壊す気がするからな。ずるずると寝てるクロの側まで引きずっていく。
「帰ったら、クロにお仕置きだな」
しょんぼりとしてるシャーリーにわざと明るく軽口を叩いたら、シャーリーは「ごめんなさぁい」と涙声だ。
「いや、何にもなくて良かったよ」
「ごめんね、お菓子たち……。せっかく美味しく作ったのに……」
いや! お菓子にかいっ!! って心の中でつっこんだけど、それがシャーリーらしくて一気に肩の力が抜けるな。
プリンはどうしたもんか。と思っていると、当分は凍ったままだから大丈夫ってシャーリーの言葉。とりあえず、本物のモンスターがこないうちに退散だ。クロも起こさなきゃ……ま、抱えて帰ればいいか……。
「あ、家……どうしよう」
「あ……とりあえず、村まで帰ろっか」
眉を曲げて頷いたシャーリーの目には涙がいっぱいたまっていた。
プリンまみれで村に帰る途中で「そういえば……」と気になっていたことを聞いてみた。
マフィンとプリンにかけていた魔法ってなんだったんだろうか。
「あ、あれは冷凍魔法です」
主に食材なんかを氷と同じ温度にして凍らせる魔法……らしい? よくわからんが、たぶん凄いんだろうな?
詳しく理論からシャーリーは説明しようとしてくれたけど、これ以上難しく説明されても俺にはちんぷんかんぷんだから「大丈夫!」って断っておいた。
ん? じゃあシャーリーだけでなんとかなったんじゃないかって思う。あっという間にプリンが大きくなっていって、逃げ出した時には杖を持っていなかったと……。
杖がないと魔法が使えないので……って恥ずかしいそうにしてたけど、けどね。
シャーリーが危ないと思って、慌てた俺ってさ。結果的には何にもなかったから良かったと思うよ。けど、そういうところが本当に心配になってしまう。
と、思わず、説教っぽいことを言ってしまった。けど、シャーリーも本当に反省しているみたいで、トボトボと俺の後をついてくる。
村に着くと、仕事を途中で放り出していた俺をギルド長が待っていた。ギルドの前で仁王立ちしていた。俺たちの姿を見て「お菓子のプールにでも飛び込んだのか!」とゲラゲラと笑われる。
近所のおばさんも大きなタオルを何枚も持ってきてくれて、俺たちは身体を拭いた。
「夜イチゴのプリンだったんだってねぇ。食べたかったわね」
タオルについたプリンの匂いに残念そうにする近所のおばさんに、シャーリーは頭を下げて「ありがとうございます。また作ります!」とお礼を言っていた。
着替え終わると、ちょいちょいとギルド長に手招きをされ、事情を話す。
「なるほどなー。魔女だもんな」
困ったなー。と腕を組んだギルド長。シャーリーは何度も謝って何とか許してもらっていた。目が覚めたクロが「俺さまが悪いんだー! 主さまを怒らないでー」って謝ったおかげもあるかもしれないけど。
黒猫が泣いてるんだもんな。ギルド長ってああ見えて動物好きだからなー。
森に残ったプリンは責任をもってクロが食べることにもなって、とりあえず一件落着。何とかなってほんとに良かったよ。
ギルド長のお説教から解放されると、近所のおばさんがココアを持ってきてくれた。
「無事で良かったな、シャーリー」
「無事じゃないです! 材料が、お菓子の材料が全部なくなっちゃいました!!」
今日一日で、依頼人から戦友になったシャーリー。慰めようと言ったつもりが、絶望って顔で、ココアを両手で持って呻いてる。今日、一日でシャーリーの色んな表情を見た気がする。なんてしみじみとしていると。
「ギルスさん!!! 依頼します!」
「えー、今日? 今日はもう勘弁して!!!」
なんでか睨まれたけど、俺は悪くない!
ぐっ……こうやってシャーリーのお菓子のための冒険と俺の護衛業は始まった……のか?
最後まで読んでくれてありがとうございます!
☆やリアクションがあると、作者は泣いて喜びます!!