「さすがにそれは正直が過ぎておりませんか?」
謁見した国王に背を向けてそのままひたすらに真っ直ぐ。
階段も廊下もそのまま真っ直ぐ。
あらゆる曲がり角を無視して突き進むと、AAAは無事城の入り口に辿り着いた。
『行ってらっしゃいませ、勇者様!』と大きな声をかけてくれた門番が扉を開いてくれる。
王の話の最中は頂点にあった太陽も、僅かに傾いてきていた。
(あの内容で1時間半から2時間と言ったところでしょうか?
途中で話を聞くのを辞めて正解でしたね・・・
しかし、何故城というものは入り口から君主の場所まで一直線なのでしょうか)
本来であれば全部聞くのが正解であり、全て有用な情報なのだろう。
真偽はともかく、あそこまで事細かに情報があれば何通りかの対処法も想定しておける。
(ですがそれでは何の面白味も有りませんからね
自分である程度は道を切り拓かなければ、実際経験にもならないと言ったのは嘘偽りなく事実ですし
無駄を楽しむ事も大事な経験です
こと、こんな普通ではできない経験をしているのですから)
無駄と言えば、というワードでAAAはある事を思い出した。
『町の酒場で仲間を集められるが、別段行く必要はないからな。』
AAAの脳内に盛大な疑問符を残した最後の王の一言だ。
仲間が増えるのに必要がないという意味が、あまりに対局にある言葉の為理解に苦しんでいる。
(『必要がない』ということは、行っても行かなくても何も変わらず意味がないということになりますね
はたまた、王側に何かデメリットが存在するから『必要がない』ということでしょうか?
行かせたくないがために、わざと?)
何か裏や隠し事があるのかもしれない。
仲間が増えると言うことに意味がないとはとても思えない。
ならばその言葉の意図を明確にしてみよう。
言葉の裏にこそ何かメリットが生まれる可能性はある。
そんな思いからAAAは酒場を最初の目的地にすることにした。
(とは申しましても、いきなりこの世界に飛ばされて来たわけでして
何処に何があるか等さっぱりです
誰かに道を聞きながら、何処に何が有るかを把握していかなければいけませんね)
城から城下町までの道は一本であり、そのまま歩を進めると人通りの多い大きな道にぶつかった。
真っすぐと先まで見渡すと、おそらく外への出入り口と思われる大きな門が見える。
そこから城に向かって左右に分かれている道が数本。
門側から城側にかけておそらく住宅街であり、徐々に商店街になっていくといったような作りになっているようだ。
(質問にきちんと答えて頂くためには、それ相応のメリットを無効に提示するのが一番確実で早いでしょう
であれば、商店で何かを購入しつつ回答をお願いする形が一番綺麗でしょうか)
軽く回りを見渡したところ、周囲には他種多少な店があるのが確認できた。
雑貨店・飲食店・生鮮食品店・衣料品店と日常的なものから武器防具店・道具店と雑多に散らばっている。
区画ごとに整理されて同種の店が集まっているということではなさそうだ。
(この中で関係ない質問をしても答えてくれる時間の余裕があり、且つそう大きくない出費で済みそうなものとなると)
AAAはその場で簡単な手にもって歩ける食物を作っていると思われる店に向かった。
看板から見るに、何か小麦粉の皮のようなもので具材を挟むタコスのような何かかと思われる。
文字こそ読めないが、さすがに看板に絵があるものが売っていないとは思えないし、
遠くから見える範囲で熱せられた鉄板と皮の素材のような液体が入った寸胴が見える。
これで違うようであればクレームを入れても許されるレベルであろう。
「おや、いらっしゃい!」
店先に足を止めたAAAに店主が最上の接客スマイルと大きな挨拶で応対してくれた。
ちらりと店主の手元に目をやると、寸胴に並々と注がれた生地と整然と並べられた大量の肉・野菜が目に飛び込む。
(綺麗な状態で並べられたまま食材を使った形跡もない?
これはもしやおいしくないから売れない店なのでしょうか・・・)
お腹のすいていない時間ではなく、突然こんな事態になってしまった疲労もあり
空腹を満たしたい気持ちは十分にあるのだが、それと同じくらいに不安な気持ちがAAAを満たす。
「どうしたんだいお客さん?
そんなに珍しいものを見るかのように。
・・・あぁ、ひょっとして旅の人かね?
格好もこの国のものとは到底思えないし。」
「えぇ、初めて訪れさせて頂きました。
大変興味をそそる食べ物のようですので頂きたいと思うのですが、
こちらはお幾らなのでしょうか?」
買ってくれそうな客であると分かった故か、店主は揉み手まで始めて語りかけてきた。
「いやいやそうかい!
お目が高いねぇ、この料理は食べながら歩けるけれどもボリュームは満点!
栄養価もたっぷりでこの国では皆がよく食べる国民食なのさ!
お値段もなんとたったの金5000!!」
(金5000・・・4500円相当?
この国は食事が高いのか、はたまた王の言っていた宿泊費が安い・もしくは偽りなのか・・・)
「さすがに金5000は高すぎではありませんかね?」
「そりゃそうだよ、うちの店はぼったくりだもの!」
「なんて?」
あまりに堂々とした、考えられうる限り商人が口から絶対出さない言葉の出現に
思わず考えていたことがそのまま口から飛び出てしまった。
「だから、うちはぼったくりなんだよ。
この道を向こうの方に歩いて行ったら同じものを売ってる店があるんだけどさ、そこだとこれ金500よ。」
「10分の1でございますか。」
「そう思うだろ?
向こうは2つで金500だ。」
(まさかの20分の1
若干開いた口が塞がらない状態ではありますが、そんなことをこちらに伝えてなんのメリットがあるのでしょう?
教えていただいた店もグルで、本当はもっとずっと安いとかでしたら可能性としてもあり得ますが)
「しかし、そんなことは正直に仰らなければ良いのではないでしょうか?
私が何も知らぬ旅人であれば尚のこと。
向こうの店はこちらの倍の価格ですよと仰れば、あなたの商品も売れるのでは?」
その言葉を聞くと店主は大げさに手を振り、何を言っているのだという表情で声を大にした。
「何を言ってるんだいお客さん!
そんなことしたら向こうの店に迷惑がかかるじゃないか。
それにそんなありもしないことを言うなんて、そんな奴はこの世界のどこにも存在しやしないよ!」
「存在しない?」
「当り前さぁ!
人間だろうが魔物だろうが幽霊だろうが獣だろうが、ありもしないことを言うような奴なんて存在するわけないじゃないか!
だってありもしないのに、どうしてそうだよだって言えるんだい?」
(この世界には・・・
嘘が概念として存在しない?)
人の目を常に気にし、答えのない心の問題に正解に近い回答を常に望まれ
人の本心に添う事ために思いもしない言葉を紡ぐ毎日であった自分の世界とのあまりのギャップ。
あまりにかけ離れすぎていて理解が追い付かない。
人は本能として必ず嘘をつく。
そういう生き物だから。
利益のため、自己防衛のため、そうして人は生きてきた。
嘘をつくことを一つの武器として。
(さすがにそんな戯言をそうですよねと受け止めるわけには参りませんね・・・)
あり得るわけがないと首を振り、しかしながら全くメリットの無い行為を行った目の前に人間に対しての合理的な説明もつかず、
AAAはしばし下を向いて考え込んでしまった。
「ほらほらお客さん、買わないなら他に行ってもらえるかな?」
その声に我に返ったAAAであったが、どうにももやもやとした気持ちは晴れない。
商売をしている人間からしてみれば当り前の発言ではあるが、その買わない原因を作ったのは目の前にいる当人なのだから。
「い、いや申し訳ございません。
それではご教示頂いたお店にお伺いしたいと思います。
ついでと言ってはなんですが、酒場の場所はどちらでしょう?」
「買ってくれない人に教えてくれと?」
「いや、仰る通りですね。
大変失礼致しました。」
「城から門へ向かう道があるだろ?
あれを真っすぐ行って二つ目の十字路を左に行ったら4件目が酒場だよ。」
「教えるんですか!?」
「だって知ってるし、事実だし、教えなかったとして俺に何かいいことがあるのかい?」
(この人が正直なだけなのではないでしょうか
といいますか、その可能性が一番高いですね
私としたことが、自分の世界ではないとはいえ
とんだ早とちりをしたものです)
深々と頭を下げ、AAAは露店を後にした。
酒場へ向かう前に教えて貰った食べ物屋により、それを頬張りながら目的地へと歩き出した。
(価格も数も本当にその通りでしたね・・・
あの方のお店の商品が綺麗に並んでいたのも得心しうるものですが
何故わざわざあのような店を・・・?)
~本日の魔王様~
広大な広間に鎮座する曇り一つ無い水晶の玉座。
そこに座る者が目の前に跪く者に対し口を開く。
「お前が最短で魔王城本部作戦司令官で上り詰めたという、噂の者か。」
低い声でゆっくりと、威厳と圧を強く感じるその声に跪く者は顔を上げた。
「はい、私のような若輩者に身に余る立場を頂き有り難うございます。」
「お前の実力が高いからこそその地位に立っただけの話だ。
聞けばお主、記憶をなくしているとか。
それでも駆け上がってきたのだ、卑下することなく自身を誇るが良い。
その力、我ら魔族のために身を粉にして捧げよ。」
異例のスピードで出世をした魔物。
ある程度の高位の実力を備えていたとしても、長い魔物の一生をかけても駆け上がれぬ地位にたった一年でたどり着いたのである。
さすがの魔王もこの人物に興味を抱き、呼び出したという訳である。
「この命に代えましても、魔王様と我ら魔族の未来のために!」
力強い返事に口角を上げる魔王。
忠実で実力の高い部下というものは代えがたいことを知っているからこそである。
「さて、お主名をなんと申すか。」
種の長に名を覚えられる。
それは認められると同義である。
それが部下のやる気と忠誠を高めることは、長らくその地位にいたものだからこそ分かる。
彼の慧眼はこの名も知らぬ部下が今いる側近の誰に比べても有能であることを見抜いていた。
であるならばより一層自分の近くに置き、永く自分の為に動いて貰いたいと考えるのは必然であった。
しかしそんな魔王への質問に、彼は申し訳なさそうにうつむいて答える。
「申し訳ございません。
私は名前も含めて、魔王軍に入る以前の全ての記憶がなく・・・。」
「これは済まぬことをした。」
自分の右腕にしたいと考えていた者の一番の地雷を真っすぐに踏み抜いてしまった。
せっかく上がった忠誠心もこれではまた戻ってしまう。
即座に反省をし、また状況をフラットに戻すために謝罪を口にする。
「とはいえ、だ。
お主は今まで我が軍で何と呼ばれてきたのだ?
何か呼び名が無いままというのはさすがにあるまい。
余が知りたいのはそれだ。」
とっさの言い訳にしては上手く行ったと思った魔王であったが、ここで口角を上げてはならない。
最初からそういうつもりであったんだよ、という空気を出していくことが重要であることを熟知していたからだ。
表情を変えず部下を見つめた。
「真名でないものをお伝えするのは失礼かと思ったのですが・・・
皆は私が『何も記憶が無い』ということから『0(ゼロ)』と呼んでくれておりました。」
「ふむ、0か。
しかしお主は今地位もある。
何もないわけではあるまい。
これより余が命名しよう。
ないのではなくあらゆる障害を良い意味で0にする。
無を重ねて 『00(ダブルゼロ』と名乗るが良い。」
「・・・」
その言葉に00は顔を固まらせ、ただ見つめるこちらをだけになってしまった。
(これは・・・余のセンスが悪いということか・・・?
名もないものに直々に名をつける、そしてマイナスイメージでつけられていたあだ名を
文字りつつプラスのイメージに変えるという普通であれば忠誠度がうなぎ上りであろうこの行動が、
余のセンスが皆無の為失敗だったというのか?)
「こんな私にわざわざお名前を・・・
忌名のようであったこの名を良い方位に代えて頂けるなど・・・
誠、有り難き幸せにございます!」
さすがの魔王も今度は口角を上げた。
「構わぬ、記憶の戻らぬ中では不便なことも多々あろう。
分からぬこと等あったら何でも余に聞くが良い」
「格別のご配慮、誠に有り難うございます!
それでは早速でございますが宜しいでしょうか?」
「申してみよ。」
「我々上位の者から野生に生きるモノまで、皆例外なく人間が使うものと同じ金を所持しております。
人間勢はそれを奪い、より武装を強め我々に向かってきます。
なぜ我々は彼らと同じ通貨を所持しているのでしょうか?」
少々考えればわかるであろうとも言いたげに、魔王はフッと笑い口を開いた。
「一つ、お前は外出する時に金を持ち歩かぬのか?」
「いえ、そのようなことは・・・」
「誰しも腹が減るし生きる上で必要なものがある。
それを買うために皆所持している。
金などいつ必要になるかも分らぬしな。
皆の所持額が同じなのはそれが毎朝与えられた日給だからだ。
お主もそうであろう?
だから皆所持している。」
「成程。」
「一つ、我々が人間界を征服した後に一番面倒となることは何だ?」
「・・・後、ですと統治でしょうか?」
「その通りだ。
統治する上で経済が滞ってしまっては、魔族も人間も生きることが難しい。
同一の通貨であればどれくらいの価値かの判別がしやすかろう。
それを元に何を吸い上げ、何を献上させ、生かさず殺さず我々の為に人間を働かせるか。
その基準を作り易く、また心も屈服させる手段として使いやすい。
その為に同じ通貨を使用しているのだ。」
魔王は指を立て言葉を続けた。
「最後にもう一つ。
お主が言うのとは逆だ。
我々も人間を倒せば共通通貨を得られるだろう?
あの半分は軍への上納金であり、もう半分はそのまま賞与として渡させる。
分かりやすくやる気が上がるし、両替等する必要もないから不便も無かろう?
同一貨幣であることはメリットが大きいのだ。」
「斯様な下らぬ質問へのご回答、有り難うございます。
得心をうるお答えを頂くことができました!」
「記憶が無くなっているというのも不便なものだな。
なんでも今後聞いてくるが良い。」
そうして魔王は再度口角を上げた。
(本部作戦司令官からの質問というからには、どんな質問が来るかとかなり身構えておったが
日常的な質問で安堵したわ。
今後もこれなら問題なく答え、忠誠を高めていけそうであるな)