4/1午後 嘘偽りない世界 「王様、最初の支援が大変少のう御座います」
光り輝く道の果ては、嘘偽りを知らぬ美しく無垢な地獄であった。
エレベーターは5階で停まり、ゆっくりとドアを開いた。
(途中で停まることなく、一度で目的階まで着いてくれたら気持ちいいのですけれどもね)
不満気な気持ちを抑えつつ乗ってきた女性に軽く目をやり、目的地の10階のランプを点灯させた。
音も無くドアが閉じ、ゆっくりと慣性が身体にかかる中で思い浮かぶのは只々疲れ果てた日常生活。
人の目と答えのない問題を解かされるような、人の本心に添う事に忙殺される毎日。
息苦しい現実に想いをくゆらせる。
(面倒なことを何も考えずに済む世界に行きたいものですね・・・)
そんな時間もほんの十数秒、目的の10階間近で身体にかかる慣性が少しずつ消えていく。
それが完全に0となり、ドアはまたゆっくりと開いた。
開ききるまでの時間は1秒程度だろうが、わずかに開いた瞬間に目も眩むような光がエレベーター内に差し込む。
目も開けられぬ程のまばゆさが身体を包むと同時に、まるで後光がさすかのような温かさが身を包んだ。
非日常的なその光景に臆することはなかった。
むしろその温かさが進んでも良いと話しかけてくるようで、安心感を持って足を前に進めることができた。
眩しさに目元を手で覆いながら、彼はゆっくりと光の中へ歩を進めた。
「遂に成功じゃ!」
突如前方から大きな声が聞こえた。
あれ程眩しかった光の中に居たはずが、二・三度軽く瞬きをしてみるとはっきりとした視界を捉えることができた。
目の前には大きな椅子に座った、身なりの良い知命頃の男性の姿があった。
「お主に会える日を心待ちにしておったぞ、勇者よ!」
・・・勇者?
ゲームの中でしか聞かないような単語に戸惑いを覚え呆然としていると、四方八方から盛大な拍手が巻き起こった。
その圧に半ば夢心地であった意識は呼び戻され、まずは状況の確認を行うために目の前の男性へと質問を投げかけた。
「失礼ですが、全く状況が呑み込めておらず・・・
ここはどこでどういった状況なのでしょうか?」
目の前の男性は嬉しそうに微笑みながら、彼の質問に答えた。
「突然のことで何も分からぬであろうな、いやすまない。
この世界はシンケールスと呼ばれており、プリムスという国の王宮。
儂はその王じゃ。」
片目を瞑りお茶目に笑ってみせた男性からは、王の威厳というよりもどことなく親しみやすさを感じた。
生来の性格なのか、はたまたこちらの緊張をほぐそうとした気遣いなのかは分かりかねるものの
少なくとも悪い人には感じず、警戒心が薄れたのは事実であった。
だがそんなお茶目な様子から一瞬表情は凛としたものに変わる。
「この世界はな、邪悪なる者達から侵略を受けているのだよ。
有り体に言えば、魔王からの侵略と戦う人間達の世界というやつだな。
多くの人間が立ち上がり、戦い、そして散っていった。
そんな中儂は異界の勇者を召喚する儀式を毎日行っていた。
だが、この儀式は行うタイミングと召喚される側が違うところへ行きたいと願うタイミングが一致しないと成功せんのだ。
何度も何度も行った結果、ようやくお主が現れてくれたので儂も皆も大喜び、という訳だな。」
最後の言葉と同時にプリムス王はまたおどけた様子で笑ってみせた。
王たるものがこんなに軽くて良いのであろうか、はたまたこれも一つの交渉術なのだろうか。
警戒心は薄れたものの全てを信じてしまってよいはずもない。
自分自身まだ今置かれている状況に実感が湧いていないのである。
突然勇者と呼ばれてはいそうですかとなろうはずもない。
聞きたいことはまだ山のようにある。
どれから質問をしていくのがベターであろうかと思案を重ねていた時であった。
「時に勇者よ名はなんと申す?」
「え・・・?えー・・・えーと・・・」
思案中の突然の質問にふと我に返される。
(名前、名前?今このタイミングで聞きますか?
まぁ名前も知らなければ呼びづらさもあるでしょうけど・・・)
「『えーえーえー』と申すか!」
「えぇ・・・」
「皆の者、勇者の名は『えーえーえー』じゃ!
『勇者えーえーえー』の誕生じゃ!」
王のその声と同時に周囲から大きな歓声が沸く。
「えーえーえー!」
「勇者えーえーえー!」
言い淀んだ回答が名前と取られ、そんな馬鹿なという意味の感動詞が肯定表現に取られ
かくして勇者えーえーえーが生まれてしまった。
(いやまぁ、確かに普通の世界とは違う様子ですし、本名を伝えることは何かデメリットがないとも限りません。
それに、この盛り上がり様で今更違いますとはとてもでは有りませんが言える状況ではないですね・・・
まぁゲームの世界みたいな所ですし、昔のゲームでは『AAA』は名前無しという意味でしたから
ある意味丁度良いといえば丁度良いでしょう)
「それでは勇者よ、お主にはこれより魔王討伐に向かってもらいたい。」
(まだ質問も終わってないですし、了承もしていないのですが・・・
全て向こうのペースでぐいぐい進んでいってしまいますね)
戸惑っているAAAをよそ眼に王は説明をどんどんと進めていく。
「まずはこのプリムスの北にある村で魔物による若い男性の誘拐事件が発生している。
村の東の洞窟に集められ、労働力として魔王城へ連れていかれるようなのだ。
洞窟は地下3階層で2階の最初の三差路を右へ行くと、この城下町に売っている武器より良い武器が入っている。
それを取り三差路を今度は真中へ進むと3階への階段がある。
3階は一本道だが行き止まりに到着すると背後から魔物が襲ってくるのでそれを知った上で反撃すれば、
2階で手に入れた剣ならあっさり倒せるであろう。
その後行き止まりの壁を丹念に調べると、右端に隠しスイッチがあるのでそれを押せば人質の所に行ける。
それが終わった後は更に東に進むと港町があるが、そこでは海の魔物が航路を塞いでいてな。
港の裏路地に魔法具の取扱店があるので、そこで雷の魔法が込められたアイテムを使えばたまらず陸に上がってくるので
簡単に片付くであろう。
その後港を救ってもらったお礼として無料で新しい国に運んでもらえるので、今度はその国の王に謁見する。
そうしたらその首都の西の・・・」
「王様、少々お待ち頂けますか?」
「どうしたAAA?」
「その説明はどこまで行い、あとどれくらいかかるのでしょうか?」
「無論、魔王を倒すまでであるし、日の入りくらいまでだな。」
ちらりと大きな窓に目をやった所、太陽は真頂点にいるように見えた。
(日の入りくらいということは、この世界も昼夜があるということになります
仮にこの世界も24時間であるとしましょう
今が正午だとしまして、気温からおそらく春
18時頃が日の入りだと致しますと、最低6時間・・・
そんなチュートリアルがあってたまりますか)
「貴重なお話の途中で申し訳ございませんが、質問を宜しいでしょうか?」
たまったものではないと思ったAAAは間髪を入れず話を遮った。
「そこには魔族の・・・ん?どうした?」
「まずこのプリムスの問題でございますが、そこまで解決策が分かっているのであればどうして国で対処されないのでしょうか?」
「それはもちろん、勇者に勇者としての経験を得てもらわねば困るだろう。」
「え?」
「勇者とは生まれながらに勇者ではないのだよ。
様々な経験を経て多くの人に認められ、成長していき勇者となるのだ。
異世界から召喚できましたので、勇者確定ですなどと誰が認める?
せめてこれらの問題を解決することで初めて勇者と認められるようになるのだよ。」
(今さっき皆で散々勇者勇者と騒いでいたではありませんか)
口から出かかったその言葉をぐっと飲みこみ、話の続きを聞くことにした。
「無事お主が召喚されたことで、この世界を救う勇者が誕生した可能性が高い。
高いだけであってまだ確定ではないのだ。
だからこそあらゆる場所で勇者と認められるように行動する必要がある。
半ばお使いのようなこともあるかもしれない。
だがそれら一つ一つが世界から勇者と認めてもらうための行動なのだ。
あとは知っていたからと言って必ず安全という訳ではない。
城のものを行かせたとして、それで儂の護衛の部下が減ってしまってはとても困る。」
(言っていることに筋は通っているのですが、最後のは言わない方が良いのでは)
「それでな、そこには魔族の・・・」
質問に答えた王は長話を再開した。
(これは不味い
何とかして話を終わらせなければなりません)
「王様!」
大き目の声を初めて出したAAAに王はびくっと体を震わせた。
「な、なんじゃ突然大きい声を出して。」
「この先を万時知ってしまっては経験として得られるものも少ないでしょう。
私はここから先、私自身の力で困難に打ち勝ち道を切り開く。
そうする事でこそあらゆる人から勇者と認めてもらえるのではないでしょうか?」
成程、という表情をしたもののすぐに王は考え込んでしまう。
そしてわずかな時間の後、王は再び口を開いた。
「本当に良いのか?
聞かなくて。
この先のこと全部。
大丈夫?
AAA最後まで勇者できる?」
(この方は変なところでフランクにななりますね、本当に
とはいえ長話を無事に終えられそうな目途が立ちました。
ならばここのまま進める方が良いでしょう)
「お任せください、私がこの世界の平和を取り戻してみせます。」
「いやならば勇者を断っても良いのだぞ?
本当にやってくれるのだな?」
「はい、やります。
私でよければ。」
「分かった、儂はお主を勇者として認めたことを近隣諸国に伝えよう。
各国もお主に様々な援助を行ってくれるであろう。
自ら困難に挑もうとするもの、まさしく勇者だな。」
(そんな大それたものではありません
対人関係・将来・目標・夢
あらゆる答えのない問題が多かった元の世界
それに比べて勇者は良い
勇者は・・・
『勇者はただ魔王を倒すという目標に向かい、進めば良いだけなのだから』)
王は部下に合図をした。
間もなく銀トレイを持った兵士がAAAの元に歩み寄ってきた。
その上には白い布性の袋が一つと、バッジが一つ乗っていた。
「勇者AAAよ。
そなたには旅の資金として金10万と勇者としての身分証明を与えよう。」
(金10万
普通ゲームであれば100Gとかその程度なのになんと太っ腹な王様なのでしょうか
これだけあれば武器防具道具あらゆるものが揃うのでは・・・
いえ、ちょっと待ってください)
「ご厚遇大変感謝申し上げます。
ですが王様、私この世界の貨幣価値を全く存じ上げぬものでして。
10万ではどの程度のことができるのでしょうか?
「城下町の宿に一泊二食付きで10日程泊まれるぞ!」
(現実世界でまぁ粗末な安宿としてみた場合に一泊9000円としておよそ9万
ということはおよそこの世界の貨幣価値は1割引きくらいとなりますね
つまり金10万はおよそ9万と1,000円)
「思ったよりお安くございませんか王様!」
「そこでもう一つ、そこの身分証明じゃ。
これを持っているとな、勇者行為が許されるようになる。」
「勇者行為?」
「うむ、様々な国に行き、多くの人に会うであろう。
知らぬ人の家にタンスや壺、宝箱からものを持ち去っても罪にならないのだ。」
(あれ勇者行為っていうのですか
まぁ確かにそうでなければ完全に盗賊ですからね)
とはいえ中に入っているものはたいてい大したものでないことが明白である。
これで納得せよというのも難しい話である。
AAAは更に話を続けた。
「いえ、もっとこう
勇者なのですから、国に伝わる剣とか鎧とかそういうものは無いのでしょうか?」
「有るぞ。」
「有るのですか!?」
じゃあ出せよという言葉が出かかったところで王が再び口を開いた。
「あのな、AAAよ。
我々国王にとって勇者というのはギャンブルなのだよ。」
「ギャンブル?」
「左様。
この国から勇者が出て魔王を打ち倒した。
そうなればその国の王は勇者を輩出した有能な王として世界中の国から称賛される。
発言力も国威もダントツで世界一になる。
だから支援を行うのだよ。
だがしかし魔王を打ち倒そうとするものは当然一人ではない。
当然勇者候補はあらゆる国に出てくるわけだ。
勇者行為を行いその損失は誰が被ると思う?
その身分証明を持った国の王に9割請求されるのだよ。
だからこそ世界の民は勇者行為に文句を言わない。
自分も品を捧げ協力したと満足感も得られる。
もし勇者候補が魔王を倒せなかった場合、その国はただの赤字を垂れ流すだけだ。
将来が見通せぬものにいきなり国の家宝レベルの物を出せると思うか?
せめて様々なカギを突破できるレベルの宝物を得た強者であれば・・・
そういう意味でまだまだなりたての勇者にそんなものは与えられぬのだ。
お主はまだ異世界から勇者が召喚できるという言い伝えで現れたからこれだけの補助を出している。
他の物であればある程度の実績を積んで、試験を受けてようやく身分証明だけだからな。」
(思ったよりも凄く現実的ッ!)
「最後にもう一度だけ聞くが、これより先の話、本当に聞かなくて良いのだな?」
数秒思考を巡らせ、AAAは再度答えた。
「二言はありません。
頂きましたご期待に添えるよう、尽力致します。」
その答えに王はまたにっこりとほほ笑んだ。
「そうか、分かった。
ではAAAよ、どうかこの世界を救ってくれ!
あ、あと町の酒場で仲間を集められるが
別段行く必要はないからな。」
最後の言葉に大きな疑問符を頭に浮かべつつ、AAAは城を後にした。
「王様。」
「どうした大臣?」
「かの物は異世界かたわざわざ来られた勇者。
本当に最後まで話さなくて良かったのですか?」
「あぁも固辞するのであれば仕方あるまい。
この世界に生きるものの矜持にかけて嘘偽りは一切行わぬのが我々だ。
本人が聞かぬというのであれば仕方あるまい。
そもそも最後まで話そうとしても聞こうとする勇者候補など、今まで一人もいなかっただろう。」
「勇者とは可哀想なモノですね。
魔王を打ち倒す程の力の持ち主となった時、人々が次に恐怖し排除しようとするのは誰なのか。
それを知らぬまま道を進もうとは。」
「何より、異世界から来た勇者。
あれほど可哀想なこともあるまい。
言い伝えによると
もう死んでいるから元の世界にも戻れぬというのだから。」