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売られた喧嘩


 イナリ・サイオンジはプライドの高い男である。

 彼は自分が名家の人間であるという誇りがあり、そして父から譲り受けた常在戦場の心構えがある。

 端的に言えば……彼は基本的に、売られた喧嘩は買う主義の男だった。


「て、てめぇ……いきなり何しやがるっ」


「何って、前に進んでただけやけど? 進行方向に足を出してるような間抜けやから、踏まれただけやないの」


「なんだとっ!?」


「バカになんてしてないわ、人聞きの悪い。僕はただ、バカにバカって言ってるだけ」


「くっ……ぬぐぐぐぐぐっ!」


 怒りに顔を真っ赤にしながら、男が立ち上がる。

 彼は見上げるほどの巨漢で、全身は巌のようだった。


 身長は二メートルを優に超えており、その手にはイナリの背丈ほどもあるメイスを握っている。

 一触即発の雰囲気だが、周囲はそれを止めようとしない。

 イナリはくるりと振り返って、こちらに注視している受付嬢の方を見た。


「なぁ、この場合相手を殺したらどないなるの? 僕まだ冒険者登録してないんやけど」


「えっと、それでしたら扱いとしては一般人になりますので、先に攻撃をしたり過剰防衛をした方が罪に問われる形になるかと……」


「なるほどなぁ。それなら冒険者登録だけしてもろていい? 冒険者やったら喧嘩両成敗輩、ドンパチやっても問題ないんやろ? 見たらわかると思うけど、僕今からやらなくちゃならんことがあってな」


「は、はぁ……それはまあ、大丈夫ですが……」


 大男に見守られながら冒険者登録を済ませるイナリ。

 偽名を使うのもあれなので、登録は家名だけ隠してイナリで行うことにした。


 全ての説明と登録料の支払いを終えて、くるりと振り返る。

 するとそこには拳を打ち付けていかにもやる気と言った様子の大男の姿があった。


「ほなやりましょか、先輩」


「てめぇ……ぶっ殺してやる!」


 イナリと大男(どうやら名前はドーワンというらしい)はギルドを出てすぐのところにある広場で戦うことになった。


 どうやら冒険者達の喧嘩は日常茶飯事らしく、騒ぎを聞きつけて野次馬や冷やかしにやってきた冒険者達の姿がちらほらと見え始める。


(さて、本格的な対人戦は地味に初めてかもしれへんね)


 イナリは以前から定期的にエイジャの魔境で魔物狩りをしたことがあるが、それでも人相手に戦ったことは模擬戦を除いてほとんどない。


 相手は今の自分からすると間違いなく格上だろう。

 ある程度冒険者として生計を立てることができるベテランであれば、レベルは優に十は超えているはずだからである。


「戦いは一本勝負、相手に参ったと言わせるか、気絶させた方の勝ちです。また命にかかわるような大怪我を負わせた方は反則と負けとします。よろしいですか」


「ああ、問題ない」


「構わんよ」


 イナリは頭の中で戦いの道筋を組み立てながら、審判の声に頷く。

 ドーワンは恐らくは、今の全力を出さなければ勝てない相手だろう。


 だが、だからこそたぎる。

 自分はこの場所に、強くなるためにやってきたのだから。


「それでは試合……開始ッ!」


「魔剣創造」


 開始の声が聞こえると同時、イナリはユニークスキルを発動させた。

 彼には自分が勝つという絶対の自信があったが、ユニークスキルを隠したままで勝てるほど甘い相手ではないことは理解している。

 故に彼は今持てる全ての力を使って勝ちにいく。


 空間が割れ、欠けた空間を補うようにその手元に魔力で作られた魔剣が形作られていく。

 生み出したのは現状で最もレベルの高い炎の魔剣だ。


「ちっ、ユニークスキル持ちか!」


 この世界におけるユニークスキルの保持者はそれほど多いわけではない。

 ただまったくいないというわけではなく、呪いの登場人物ではないキャラにも多数のユニークスキル持ちがいる。


 ドーワンの顔には驚きの色があったが、彼はそれで動きが鈍るほど優しい相手ではなかった。

 力の乗ったメイスが、イナリ目掛けて放たれる。

 イナリはその振り下ろしを避けながら、炎の魔剣を一定のモーションで振る。


「ファイアスラッシュ!」


 アクティブスキル、ファイアスラッシュ。

 スキルの中では習得難易度が低いながらも、少ない魔力消費でそこそこのダメージを与えることができるパフォーマンスの良いスキルだ。


 魔剣のレベルが上がったことで、既にその威力はイナリが放つことのできる火魔法のそれを凌駕し始めていた。


「――ぐうっ!」


 飛ぶ炎の斬撃が、メイスを振り下ろしたドーワンの脇腹に直撃する。

 苦悶の声を上げたものの動きが止まることはなく、ドーワンは再びメイスを振り回し始める。


 その大柄な肉体や素振りに反して、彼のメイス捌きは繊細であった。

 メイスという武器は、対人戦相手では取り回しの難易度が非常に高い。


 元々が魔物を力任せに叩き潰すための武器であり、細かく動かすのに適していないからだ。


 けれどドーワンは柄を持ち替え軽く一撃を放ち、フェイントで虚実を織り交ぜる形でその欠点を補っていた。

 当たれば勝負が決まる一撃を持っているという攻撃をあからさまにちらつかせることで、こちらの選択肢を狭めようとしてくるのだ。


(うーん……対人経験の差がもろに出とるなぁ。今後のことを考えると、盗賊退治なんかも積極的に受けていった方がええかもしれん)


 イナリ自身素早さはかなり高いため、ドーワンの一撃をもらうことはない。

 ただカウンター気味に攻撃を当てても、レベル差があるせいか勝負を決めきるほどのダメージを与えることができない。


(このままではジリ貧やなぁ……よし、前に出よか)


 このままではドーワンを削りきるより、自身の魔力がなくなる方が早い。

 そう判断したイナリが選択したのは、相手のメイスの攻撃範囲へと足を踏み入れることだった。


「――シッ!」


 当然ながらドーワンの攻撃は激しくなる。

 イナリが攻撃を放っても平気な顔をしながらぶんぶんとメイスを振り回す姿は、まるでオーガを始めとした化生のようだった。


 ドーワンの大ぶりの一撃。

 それがフェイクであることはわかった。

 であれば彼の狙いは、一体どこにあるのか。


(来るのは……足技ッ!!)


 メイスの一撃を外すと同時、体重の乗った膝蹴りがイナリへと襲いかかる。

 イナリは炎の魔剣を一度魔力に還すと、続いて魔剣創造を発動。

 右手に光の魔剣を生み出しながら更に前に出た。


 そして飛び上がったドーワンの蹴撃を、そのまま左の腕で受ける。

 ベキリと骨が折れる音が鳴り、ドーワンの顔がにやりと歪む。

 けれどその感情の動きすら、イナリにとっては勘定のうちであった。


「ヒールソード!」


「――なっ!?」


 彼は折れた手に向け、己の右手に握る剣を振るう。

 斬りつけられた左手が発光を始め、回復効果が発動。

 治った腕のコンディションは万全とは言えないが、骨は繋がっていれば上等だった。


「すうううっっ……」


 イナリは一度大きく息を吸い、腰を下げ構える。

 同時に光の魔剣を再度還元し、虚空を握った。

 そして空間が割れ、炎の魔剣が顕現する。


「おおおおおおおおっっ!! ファイア……スラッシュ!」


 蹴りから着地の体勢に移り無防備な状態のドーワンへファイアスラッシュを発動。

 飛炎がドーワンに命中し、再びくぐもった声が鳴る。 

 更に事前に前に出ていたイナリは、手首を捻り下げた剣を切り返す。


 斬ッ!


 逆袈裟に放たれた一撃は、魔力を込めることで炎をまとった魔法剣となる。

 飛ばした斬撃では大したダメージを与えることができずとも、炎を纏った鉄剣で物理的に叩かれれば効かぬ道理はない。


 イナリの放った斬撃は見事命中し……そのままドーワンは地面に倒れ伏した。


「――勝者、イナリッ!」


 戦闘が終わると同時、イナリは全身から力をみなぎってくるのを感じた。

 今までに何度か感じたことのあるそれは、レベルアップのサインだった。


(うん、間違いない。僕の力は通用するし、それに僕は……まだまだ強くなれる)


 強くなれる実感に、イナリに浮かぶ笑みが深くなる。

 こうしてイナリは鮮烈なデビューを果たし、売られた喧嘩を必ず買う狂犬として、新人の中では頭一つ抜けた存在としてその名を轟かせることになるのであった……。

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