イナリの実力
イナリ達は早速、武官達を率いてタリバーディン湿地帯へと向かうことになった。
「たしか来るのは二度目……だったか?」
「はい、前に一度連れて来てもらったことがありましたね」
イナリはいつもより厚めのブーツを履きながら、足下の悪い中を進んでいる。
ゴウク達が陣を作っていたのは、この魔境の中でも入り口付近の場所になる。
異変の原因を探るためには当然ながら先へと進む必要がある。
未ださほど調査の成されていない足場の悪い中を、イナリは鼻歌を歌いながら軽く歩いていた。
その横にはゴウクがおり、少し後ろからミヤビ・ローズ・マクリーアがそれに続く。
「ふぅ……思っていたより体力使いますね」
「足を取られるからねぇ。どやミヤビ、もし良ければお兄ちゃんが抱えて歩いたげようか?」
「それは……ちょっと楽しそうだけど、我慢します!」
「ん、そか」
一人レベルが低いため中では体力的に厳しいものがあるであろうミヤビは、その現状を理解した上で一人頑張っていた。
彼女の頑張りを無下にするのはお兄ちゃんのすることではないだろうということで、イナリはその姿を優しく見守ることを決める。
「イナリ様達はどうしてあんなに軽く歩けるんだ……?」
「は、早すぎるだろう……」
ミヤビ達の更に後ろには、今回イナリ達と行動を共にする武官達の姿があった。
今回イナリ達に同行をすることになった者達の主立った顔ぶれは、先ほどイナリに喧嘩を売られて顔を真っ赤にしていた武官の中でも立場ある人間も多かったが、彼らは武官の中で絵も立場のある人間だ。
それ故に補佐や配下といった者達も参加しており、イナリ達の後ろには三十人前後からなる若手からベテランまで幅広い年齢層の集団ができあがっていた。
「というか、なんで普通に武家の棟梁が参加してくるんですか……エイジャ脳筋すぎる、やっぱり帰ってくるのちょっと早まったかも……」
「マクリーアの言う通り、貴族家の当主さん達がこうして積極的に戦働きをするというのは、たしかに珍しいですよね?」
「そうなん? うちだとこれが普通やけどなぁ」
今回来ている武官達の中には、子爵家の当主や男爵家の当主なども平気でやってきている。 たしかに大一番の大戦というわけでもない通常の探索任務でこれだけの面子が出張ってくるというのは、ウェルドナ王国ではあまり見ない光景だ。
けれどエイジャ地方においては、これはわりと当たり前の日常であった。
エイジャでは強力な魔物などとの戦闘を常時行う必要がある都合上、武家で上に立つ人間であっても、そのフットワークが極めて軽い。
常在戦場なバーサーカーの多さにかつてのトラウマを刺激されたのか、マクリーアはブルブルと身体を震わせていた。
今では彼女の方がレベルも高く強いはずなのだが、そのことに気付いていない様子にイナリは苦笑しながら先へと進んだ。
「なんか聞いてたより魔物の数、少ないんと違います?」
「……確かにそうだな。俺達がある程度数は打ち減らしたが、にしても少なすぎる」
イナリとゴウクは二人で先導と索敵を分担して行い、周囲の魔物の気配を探っていた。
だが今のところ、先ほど聞いていたような魔物の異常発生の気配は微塵も感じられない。
それどころか通常の魔境と比べても、魔物の数が明らかに少なかった。
「……ん」
イナリがピクリと鼻を動かしながら視線を向ける。
するとなだらかな傾斜がついている向こう側のエリアから、魔物の姿が現れ始めた。
十、二十、三十……先ほどまでまったくと言っていいほどに見えなかった魔物達が、わらわらと群れになって集まってくる。
「さて、ほならやりましょか」
目の前に現れた魔物の大群を前にしても、イナリはまったくと言っていいほどに顔色を変えない。
彼の後ろにいたミヤビ達も、しょうがないなぁという顔をしながらも、緊張した様子の一つも見せずに様子で戦闘体勢に入った。
彼らを見て、ゴウクはほぅと軽く息を吐き出しながら、
「……それならまずは、お手並み拝見といかせてもらおうか」
「ええ、任せて下さい。見せますよ……僕が一体、どれくらい強くなったんか」
瞬間、イナリの姿が――消える。
そして……彼は磨き上げたその力を振るうために、言の葉を紡いだ。
「――魔剣創造」
異形の化け物の口腔を思わせる真っ暗な空間が、大きく開く。
そして先ほどまで何もなかった虚空に突如として歪みが現れ、イナリはその中へと無造作に手を伸ばした。
彼が手を引き戻した時、その手には一本の剣が握られている。
イナリが手にしたのは、対魔族戦において度々彼の主戦力となった雷の魔剣であった。
大量の魔物を相手に戦う時は、全体攻撃と状態異常攻撃両方の弾の多い雷の魔剣が適している。
炎の魔剣 レベル12
ファイアスラッシュ ファイアスラスト フレイムバースト ダークフレイム サーマルブリーダー イグニッションバースト カオスフレア(闇の魔剣使用時のみ) ホーリーフレイム(光の魔剣使用時のみ) 炎熱操作 攻撃力アップ(極大)
水の魔剣 レベル9
水流操作 魔力伝達 魔力分配 降雨 防御力アップ(特大)
光の魔剣 レベル12
ヒールソード ヒールスラッシュ バリアソード ヒールバースト アクセルソード サンクチュアリソード トランスヒール 雄姿の剣舞 遁甲の剣舞 慈悲の剣舞 回復量アップ(特大)
闇の魔剣 レベル11
ダークネスフォグ サモンダークナイト ダークヒール(光の魔剣使用時のみ) シャドウダイブ カースソード サモンデスナイト 隠密(特大)
雷の魔剣 レベル8
ライトニングソード アクセル サンダーキーン ライトニングボルテクス パラライズソード エレクトリックブラスト エレクトリックディヴィジョン ジャッジメントサンダー プラズマショット 素早さアップ(特大)
相似の魔剣 レベルなし
魔剣相似 魔剣相克
柔剛の魔剣 レベル1
明鏡止水
あの上位魔族達との戦いを乗り越えたことで、現在のイナリの魔剣のステータスは上記のように進化を遂げていた。
魔族の素材や魔石を大量に吸わせたことで、光の魔剣の成長が著しい。
ここにやってくるまでの道中でこれらを使い、ある程度使い方についても目処が立っている。
実際に使うのは初めてのぶっつけ本番だが、それは今に始まったことではない。
「カーマインと比べれば、なんてことないわなぁ……エレクトリックディヴィジョン」
雷の魔剣のアクティブスキル、エレクトリックディヴィジョンが発動する。
イナリが剣を振ると、雷の斬撃が飛びながら横と縦に伸びていき、巨大な一辺を形作っていく。
それを四度繰り返すと、彼の斬撃によって空間が囲われた。
このスキルによってイナリは自身で選択した空間に、雷を付与することができる。
バチバチと放電を繰り返すその場所に一度入ってしまえば、魔剣の習熟度が上がりレベルも六十を超えているイナリの致死の雷が侵入者へと襲いかかることになるわけだ。
だが目の前に広がる空間が自身のキルゾーンであることに気付かぬまま、魔物達はイナリ達目掛けて襲いかかろうと駆け続けていた。
「「「GYAAAAAAAAA!?」」」
そして彼らは雷によって焼かれていく。
人型の形を取っているリザードマン、その上位種であり高い近接戦闘能力を誇るリザードマンソルジャー達は隊伍を組んでいたが、一瞬のうちに黒焦げになりその場に頽れる。
中には例外もあるが、魔物の知能はさほど高くはない。
故に目の前で魔物達がやられても、先に見えているイナリ達という餌を見た魔物達は屍を踏み抜きながら前に進もうとする。
「「「GOAAAAA!?」」」
口から炎を吐き出すフレイムリザードに、その翼を羽ばたかせて空を滑空するスカイレプタイル、一際小さく俊敏さに特化しているタイニータイラント。
その全てが、一瞬の間に黒い焼死体へと変貌を遂げていく。
「な、なんだこれは……」
「魔物達が、こんなにもあっさりと……?」
みるみるうちに積み上がっていく魔物の死体を見て、先ほどまでイナリにやたらと敵対的であった者達は完全に言葉を失っていた。
彼らは決して弱くない。ゴウクが率いている部隊であることを考えれば、立場のある武官達のレベルは五十は超えているはずだ。
けれどレベルが上がり基礎的な能力値が向上したところで、こうして鎧袖一触で敵を蹴散らせるとは限らない。
極限まで仕上げたイナリのレベルとユニークスキルの合わせ技がどれだけ凶悪なのか、イナリの力をこうして目の当たりにした彼らは五感で理解したことだろう。
ちらと後ろを向きその様子を観察したイナリは、自身の思い通りにことが運んだことににやりと笑う。
こちらを見て顔を青ざめさせている武官達ににこりと笑みを返してやると、彼らの顔は面白いように青ざめた。
適正レベルが40前後であるこのタリバーディン湿地帯の魔物は、もはや今のイナリにとっては雑魚も同然。
力を信奉するエイジャ人だからこそ、こうして一度圧倒的な力を見せつけてやれば話が早いのはやりやすい。
それでもなおこちらに牙を向いてこようとするのでも、それはそれで構わない。
覚えの悪い犬を大衆の目の前で完膚なきまでにしつけてやるというのも、わかりやすくてイナリ好みだからだ。
「先ほどから気にはなっていたが……それがお前のユニークスキルか」
「ええ、ようやくまともに使えるようになってきたかなあっちゅう感じですね」
「ふっ、何がまともにだ」
そう言うとゴウクは彼にしては珍しく、小さく笑った。
滅多なことでは表情筋を動かさない彼のその変わりように、後ろにいるミヤビが思わずハッと息を飲むのがわかった。
「っちゅうてもこれだけで全部を殺せるほど甘くはないですけどね。あ、魔物達も徐々に進路変え始めましたね。ミヤビ、準備しとき。経験値の稼ぎ時やで」
「任してください!」
「マクリーアとローズは遊撃で。ミヤビがやられんように気をつけてな」
「了解です」
「わかりました」
「こんな二人のおもりなんてなくても、うちだけで大丈夫ですぅ!」
イナリのエレクトリックディヴィジョンのことを脅威だと認識したのか、それとも目の前に堆く積まれ始めた魔物の死骸を見て危険だと判断したのか、魔物達の進路が徐々にズレ始める。
エレクトリックディヴィジョンを迂回しながら進んでこようとする魔物達を前に、ミヤビ達が戦闘準備を始める。
「ふむ……総員、戦闘準備」
彼の声に従い、武官達が一斉に己の得物を抜く。
エイジャにおいて最もよく使われる得物である刀を抜いた男達が、「応ッ!」とゴウクの超えに応じる。
ゴウクは頷くと、背に負っている自身の身長を優に越えるほどの巨大な大剣に手をかけた。 布が巻かれた柄の握りを確かめると、彼はゆっくりとそれを正眼に構えた。
ミヤビ達の方へ興味深げな視線を向けたゴウクが、ゆっくりと口を開く。
「さて……我々も、負けていられんな」




