軍議
「失礼した、では軍議を再開しよう。負傷俺の息子であるイナリが参加することになったため説明が重複するところもあるかもしれないが、許してくれ」
そう言ってゴウクがスッと視線を向けた先にいるイナリへ、ゴウクの配下である武官達の視線が集中する。
(うわぁ、めちゃくちゃ敵意感じるなぁ……)
自身に向けられる視線は、正直なところあまり心地の良いものではない。
こちらを訝しげに見ているのならまだ良い方で、中にはこちらに露骨に敵対的な視線を向けてくる者すらいる状態だ。
そしてそんな自身の配下の様子を、ゴウクはジッと見つめていた。
表情の変化が少ないのでわかりにくいが、イナリには彼が面白そうにしていることはすぐにわかった。
『この程度の難事は、乗り越えられるだろう?』とでも言いたげな視線を向けられ、イナリは父も含めた全員に彼流の嫌みったらしい笑みを浮かべる。
(やってやろうやないの……今後のことを考えれば、配下の掌握に時間をかけてる暇なんかあらへんし)
イナリが参加する軍議の議題はもちろん、このタリバーディン湿地帯における作戦行動に関するものだ。
タリバーディン湿地帯――サイオンジ家が抱えている四つの魔境の家の一つであり、その名の通り広く広大な湿地帯が広がっているエリアである。
湿地帯は主食作物として米を栽培するエイジャ人とは非常に相性がいい。
そのためもしこの魔境を解放することができれば、サイオンジ家にとっての何よりの福音となるであろう。
けれど現在のところ、サイオンジ家の勢力はこの湿地帯を完全に攻略することができないでいた。
その原因はここに生息する魔物達の性質による。
「えっとたしか……ここに出現するのは各種リザードマンや、魔法やスキルを操る蜥蜴型の魔物達なんでしたよね?」
「ああ、湿地帯という足場の悪い状態での行軍はかなりの困難を伴う。行軍のペースが遅くなることはもちろんだが、ブーツの中に汚水が入ったまま歩かせ続けていれば足が腐ることもある」
タリバーディン湿地帯の討伐推奨レベルはおよそ40。
これは残るカルヴァドス大樹林鬼哭街と比べれば低いが、この魔境から魔物を追い出して解放することは未だできていない。
その理由はこの魔境の踏破性の悪さによる部分が大きい。
この湿地帯の大きさはかなり広く、火魔法で全ての水分を飛ばしてから進むというのも現実的ではない。
また足の腐食を始めとした病気のリスクも高く、回復魔法の使い手を使ってゴリ押しできるほどの余力は戦力を三つの魔境と有事の際の領軍という形で分散させているサイオンジ家に、そんな余裕はない。
故に今までのこの魔境は基本的に既にある程度コントロールができている領域の守護と、その周囲への浸透作戦しか行ってこなかった。
「けれどその作戦を変えざるを得ない自体が起こった……っちゅうわけですね」
「ああ、恐らくだが……あちらのドラゴンになんらかの動きがあったと見ていいだろう。ここ最近、前年比と比べて数倍以上の魔物が魔境を飛び越えて領内へ侵入しようという動きが見られるようになった」
だがそんな現状に異変が起きたのは、つい一月ほど前の事だという。
以前と比べて襲来の密度とやってくる魔物の強さが明らかに上がり、現状の防衛能力では長期間の防衛戦に耐えられないと現場が判断。
救援信号を受け取ったゴウクと彼自身が率いる領軍が緊急でこちらにやってきて、対策を講じようという流れであったようだ。
「現時点で、とりあえず押し寄せてくる魔物の撃滅は完了している。今行っていたのは、今後我々がどう動くべきかという判断を行うための軍議だ」
イナリは流石に仕事が早いとこくりと頷きを返し、口を開かずに軍議の様子を確認させてもらうことにした。
「やはり根源的な対処をする必要があるのではないでしょうか?」
「だがドラゴンの下まで行き刺激をしてしまっては更なる被害を招く必要がある。それではない元も子もないからこそ、ここは慎重に……」
どうやら会議の内容は、大きく分けると二つに別れているようだった。
一つ目は現状維持を続けて異常事態が収束するのを待つべきだという慎重派だ。
戦力の保持という観点から見ればこちらの意見も正しいが、イナリにはいささか消極的に思えてしまう。
もう一方が、湿地帯を進んでいき今回の異変の元凶を特定すべしという積極派だ。
イナリとしてもこちらに賛成だ。
ゴウクはどちらの意見にも耳を傾け、腕を組みながらジッと瞑目している。
会議は喧々諤々と続くが、終わる気配を見せない。
それならばと、イナリはスッと自分の意見を述べることにした。
「イナリ様、何か?」
「うん、なんで皆そないにビビってるんかなって」
「……なっ!? それは一体どういう意味ですか!」
「いかに跡継ぎとは言え、言っていいことには限度がありますぞ!」
武官の中には、イナリに対して良い印象を思っていない者も多い。
ここにいる者達は実力は確かなのだろうが、イナリの実力に関しては懐疑的な者も多いのは明らかだった。
ここで舐められてはダメだ、とイナリの直感は言っていた。
サイオンジ家の跡取りとして彼らから認められるためには、自身の力を彼らに認めさせる必要がある。
であれば大口を叩いてしまうのが、一番手っ取り早い。
「僕らで湿地帯の異変の原因を探ってくる、皆は黙って待っててええですよ」
「デカい口叩くな、このアホが!」
「せや、そんなことばっかり言うとったらいてこましたるど!」
「ほなら、僕らで一緒に行きましょう。まさかこれだけ言われて行かないなんて軟弱なことを言うやつは、サイオンジ家の武官におらへんよね?」
「……ああ、わかった。我らも同行しよう」
エイジャ弁が出て語気の荒くなった同僚達を見て、慎重派の人間も渋々ながら頷かざるを得なくなった。
イナリの目論見通りである。
(プライドの高い武官の皆は操りやすくてええなあ)
こうしてイナリはにやりと笑いながら、ちゃっかりと武官達を引き連れた状態でタリバーディン湿地帯へと向かう算段をつけることに成功するのであった――。




