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ゴウクの独白


 ゴウク・サイオンジ。

 護国の守護神として国内外より高い評価を得ている男は、このウェルドナ王国にいる人間の中でも最強に近い人間の一人と言える。


 だが強すぎるからこそ、彼の日常は常に多忙であった。

 常に三つの魔境を監視しながらも、同時に国内外へも目を向けなければならないその重責は常人の想像を絶する。


 彼は普通の人間であれば吐いてしまうようなプレッシャーの中で、恐らく国内でも一二を争うほどにみっちりと詰まったスケジュールをこなし続けていた。


 けれど彼はそんな状況下でも、折りを見て自身の子供達の様子を見ることを忘れなかった。 サイオンジ家には養子を含み三人の男児と二人の女児がいる。


 そしてその中でゴウクが最も目を掛けて育ててきたのが、長兄でありサイオンジ家の嫡子であるエセ関西弁糸目貴族ことイナリ・サイオンジであった。


 他の子供達もいるが、やはりそれでもイナリを下ろしてまで彼らを嫡子として饐えようとは思わなかった。

 よりよいポジションを狙おうとする奸臣から純粋にサイオンジ家を思い忠告をしてくれる忠臣まで実に何人もの家臣がイナリではなく別の人間を跡継ぎにするよう口にしたが、ゴウクはついぞ一度もその言葉に頷いたことはなかった。


(ユイの子供というのも大きいが……やはりイナリしかいないだろう)


 ゴウクは滅多なことで人に言うことはないが、自身がサイオンジ家の人間としては不出来であるという自覚を持っていた。


 サイオンジ家はウェルドナ王国の大貴族の中では、かなりの新参者に分類される。

 彼が治めるエイジャ地方が王国に編入されたのは未だ百年も経っておらず、未だ自主独立の気概は著しい。

 統治する側のサイオンジ家としては自家に忠誠を持ってくれるのは嬉しいが、彼らが王にさして敬意を持っていないという現状は、一王国貴族として考えると素直に喜ぶわけにもいかないところであった。


 由緒正しき宮廷貴族達からすれば新興貴族などと揶揄されるサイオンジ家は、それ故に難しい舵取り迫られることも多い。


 ゴウクは歴代でも最強と言われるその実力で全てを封殺している。

 けれど彼の父や祖父は彼ほどの力は持っておらずとも、それでも着実にサイオンジ家を存続・隆盛させてきた。

 なぜそんなことができたかといえば、彼らがエイジャ人らしい利発さと口の上手さで領地を取り仕切り貴族社会を生き延びてきたからである。


 ゴウクは彼らのような器用さは持ち合わせてはいなかった。

 だから彼は強くなった……いや、強くなるしかなかったのだ。


 ゴウクの見立てではサイオンジ家を継ぐに相応しいのは、やはりイナリを置いて他にいなかった。


 もちろん強さが必要なのも間違いないが、自身が例外なだけで、基本的にサイオンジ家の当主はただ強いだけでは務まらないものだからだ。


 実際今はゴウクが強すぎることもあり尚武の気風が強いが、父である先代の頃はそこまで戦力に全振りをしてはいなかった。


 極論を言えば本人がそこまでの強さがなくとも、武家の人間を頼っても良いし、外から優秀な人材を連れてくれば良い。

 大貴族というのは、得てしてレベルやスキルと言った表に見える強さ以外のものが求められる場面の方が多いのだから。


 だが実際にサイオンジ家をイナリに継がせるとなると、やはり実力の面は気になるところではある。


 実際問題イナリの実力は、娘であるミヤビと比べても劣る程度のものしかない。

 新たなユニークスキルでも開眼すれば話は変わるが、もしそうでなくなるとしたら……多少の無理をしてでも、パワーレベリングをする必要はあるかもしれないと考えていた。


 ゴウクはただ己の力だけを分不相応に上げるパワーレベリングには基本的に否定的な意見を持っているが、それでも仕方がないことはある。

 彼がイナリから面会の要請を受けたのは、そう思っていた矢先のことであった。


(まさか、イナリが以前の俺と同じ事を考えていたとはな……)


 王立ウェルドナ魔法学院を退学する。

 実はかつてゴウクも、同じ事を父に頼み込んだことがあった。


 このままではサイオンジ家を継ぐに足る人間にならないと父に直談判した彼は、そのまま父の口車に乗せられる形で休学という形を取ることになった。

 あまり口が達者ではない今回ゴウクが今回イナリを丸め込むことができたのは、その時の経験あってのことである。


 正直なところゴウクはここ最近、イナリのあまりよろしくない噂をいくつも聞いていた。 そのうちのいくつかは事実でもあったのだろう。


 だが彼と相対してみて、ゴウクはやはり自身の判断は間違っていなかったことを確信する。 自身を見る彼の目には、自信と自負があった。

 サイオンジ家を率いるに足るだけの何かを、間違いなく彼は持っていた。


 それを今まで感じることができなかったのは、ゴウクの見る目のなさが原因か、いやあるいは……。


「……俺ももう少し、家族との対話の時間を持つべきなのかもしれんな」


 そう考えるようになったゴウクだったが、そこから先の展開は正しく疾風怒濤と言うべきであった。


 イナリがアラヒー高原で力をつけたところまでは知っていたが、ミヤビが難病であるリンカ病にかかったというところまではわかったが、そこから先の足取りは彼であってもほとんど掴めなかった。


 だが気付けば全てをイナリが解決してしまい、なぜか元聖女であるローズ・アルマリカを連れて自身のいるタリバーディン湿地帯へとやってくるという。


 内心秘かに楽しみにしていたゴウクはイナリと再び相まみえ……男子三日会わざれば刮目して見よという言葉の意味を、真に理解した。


 彼は以前会った時とは完全に別人へと変化を遂げていたからだ。


「久しぶりです、父さん」


 そう言って笑うイナリの表情には、以前にはない力強さがあった。

 自らの実力に絶対の自信を持つ者が持つ独特の雰囲気、ゴウクがかつて戦場で何度も相まみえた古強者と同じだけの圧倒的なオーラを、今のイナリは放っていた。


「……見違えたな」


 以前会った時から、まだ半年程度しか経っていない。

 それほどわずかの時間でこれだけの強さを身に付ける……それがどれだけ異常なことであるか、ゴウクにはよくわかる。

 恐らくミヤビを助けるために、相当な無茶でもしたのだろう。

 でなければ頭の良いイナリが、恐らくは相当のリスクを負ってここまで急激に強くなる必要はない。


 まったく、子供というのは本当に見ていないうちに勝手にすくすくと育っていく。

 そんな当たり前のことを一人の親としてさびしくも思っていることに気付き、まだ自分にもそんな感情が残っていたことに、ゴウクは少し驚いた。


「ミヤビも、元気そうで何よりだ。病後の経過はどうだ?」


「ええ、はい。おかげさまで何にも問題なく。今日もこのまま一緒に討伐戦に参加させてもらうつもりです」


「そうか、それなら良かった」


 病み上がりだから休んでおけ、などと言うほどにゴウクは甘い男ではない。

 どんな状況でも戦えるだけの力は、いざという時に絶対に必要になってくる。

 なので彼女が多少厳しそうな状態であっても、できる範囲で戦闘には参加させるつもりであった。


 けれど今のミヤビの状態を見ていると、体調はしっかりと万全な状態に戻っているようだ。 聞けば彼女もイナリ達と共にアラヒー高原で戦闘を繰り返してきたという。

 顔から甘えが抜け始めているミヤビを見て、彼女がどのような成長をしてきたのもまた楽しみに思うゴウクであった。


(しかし、まさかリンカ病にかかってから魔術師として復帰が可能になるとはな……)


 そもそも現在治療法が確立されていない難病であるリンカ病。

 即座に死んでしまうような病気ではないものの、体内で魔力が膨れ上がっていくことで最終的には魔力が弾けてしまい、魔法を使うことができなくなってしまう、魔術師にとっての天敵として長い間忌み嫌われてきた魔法である。


 イナリがその特効薬を作ってしまったのも驚きだし、ミヤビがかかってから即座に着手してあっという間に作ってしまったその手腕にはもっと驚いた。

 そのあまりの手際の良さ、まるで元からレシピを知ってでもいたかのような……。


(――なんて、それは考えすぎか。いかんな、これでは隙あらば娘自慢をするあいつ(・・・)と大差ないではないか)


 頭を振りながら、ゴウクは改めて自身の二人の子供達に目を向ける。

 そしてその横に目を向けてみれば、そこには一人の少女の姿があった。


「お初にお目にかかります、サイオンジ辺境伯。私第二十二代聖女を務めておりましたローズ・アルマリカと申します」


「ええ、ご高名はかねがね」


 気付けばイナリの仲間になっていたという先代聖女ローズ・アルマリカ。

 神聖教における聖女とは実質的な力こそ持たないものの、その偶像としての大衆からの高い人気はたとえ辺境伯であるゴウクであっても軽視できるものではない。

 一体なぜ彼女が仲間になっていて、そしてさも当然といった形でイナリ達と行動を共にしているのか。

 そして彼女の後ろにいるもう一人のメンバー、後ろにいたイナリの世話役を頼んだはずの

マクリーアがなぜあれほどまでに強くなっているのか。


 スッとイナリに視線を向ければ、わかっているといった感じでひらひらと軽く手を振られた。


「少し長い話になるけど、まあ聞いてくださいな」


 そう言ってイナリの口から、一体彼が何を行い、成したのかが語られる。

 その話を聞いてゴウクは改めて確信を深めた。


 やはりサイオンジ家を継ぐ人間は、イナリしかあり得なかった。

 そう思っていた自分の目に狂いはなかったのだ、ということを――。

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