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私闘


 春……それは出会いと別れの季節。

 希望に胸を弾ませる若者達が、夢を抱いてきらきらと目を輝かせて都会へやってくる時節だ。


「おぉ、これが王都か……でっけぇ……」


 桜の舞う並木道を、一人の少年が感嘆のため息をこぼしながら歩いている。

 赤髪の勝ち気そうな瞳をした少年は、不安に瞳を揺らしながら周囲に視線を巡らせている。

 まだ何者でもない彼は、初めて見る都会の光景に圧倒されながらも地図の通りに目的地へと向かっていた。


「おお、新入生か、学院ならあっちだよ!」


「ありがと、おっちゃん!」


 彼が着用しているのは、仕立てのしっかりとした青色のブレザーだ。

 服を見た街の人達は、彼のことを尊敬の眼差しで見つめながら親切に接してくれる。


 そのブレザーが難関校であるウェルドナ王立魔法学院の制服であることを、彼らは知っているからだ。


「父ちゃん、母ちゃん、待っててくれ……きっと俺は、ビッグな男になってみせる!」


 少年はその名をリオスといった。

 出身の村を抜け出して王都の魔法学院までやってきた彼の事情は、少々特殊である。


 この王立魔法学院には、外部スカウト制度というものが存在している。

 簡単に言えば、学院試験という枠組みでは採られることのない天才達を採用するために作られた制度である。


 リオスはそのスカウト制度によって学院への入学を認められた少年だった。

 そして彼の入学を推薦したスカウトマンは、校長の右腕とも呼ばれている魔導師だった。


 彼自身、一体自分の何がすごいのかはよくわかっていない。

 世界中を飛び回る極めて優秀なスカウトマンに才を見出されたのだから、きっとすごいのだろう。リオスとしてはそれくらいのことしかわかってはいなかった。


 ちなみに家は学院の学費を払えるほど裕福な家ではなかったが、リオスはスカウトマンの持つ権限によって、学費から日々の生活費まで全て学院持ちとなっている。


「うわぁ、すっげぇ!」


 おじさんに言われた通りの道を進んでいけば、その先にはウェルドナ王立魔法学院が見えてくる。

 今までに見たことがないほどに巨大な敷地と、その中央にある真っ白な校舎。


 田舎者丸出しで目をキラキラとさせているリオスは、あらかじめもらっていた学生証を見せて中へと入った。

 学院の敷地はとても広く、校門から校舎まで行くのにも数分はかかりそうだ。


「まだ時間あるし、一通り見て回ろうかな」


 これからの学院生活に胸を弾ませながら、リオスはゆっくりと歩き出す。

 学院生の制服は全学年で共通だが、なんとなく見ているだけで彼らが先輩なのか同級生なのかはわかった。


 上級生の生徒達は既にこの学院に慣れていて、自然体で過ごすことができているからだ。   

 いつかは自分もあんな風にできるんだろうか……などと考えながら、生徒達の波をかき分けていく。


「ん、あれは……」


 すると校舎の周りをぐるりと回っている彼の目の前に、あるものが見えてきた。

 そこにあったのはかまぼこ情になった、平屋建ての大きな建物だった。


 近づいていくと、耳慣れた剣が風を切る音が聞こえてくる。

 そして更に距離を詰めれば、火魔法の爆発音まで聞こえてくるようになった。


 どうやらここは、生徒達が自主的に練習するための練習場らしい。

 入り口を見てみると、どうやら修練場という名前がついているようだ。


 こっそりと中を覗いてみてまず目に入ってきたのは、入り口から見て奥側にあるぐるりと周囲より一段高くなっているステージだった。


 そこでは二人の生徒らしき人物が向かい合っていて、それを周囲にいる人間達が取り巻いて眺めている。


(あれは私闘……って感じでもないな。ということはもしかして……リンチの類いか!?)


 目の前で始まろうとしている戦いは、リオスから見れば戦う前から勝敗が決まっている出来レースにしか見えなかった。


 まず一人目、左側にいるのはかなり大きな身体をした少年だ。

 リオスより一回りほども大きいタッパをしていていかにも強そうだが、彼の顔は血の気が引いて真っ青になってしまっている。


 そしてもう片方の右側にいるのは、リオスと同じ程度の身長の、ほっそりとした細身の男子生徒だった。


 黒髪を短く切り揃えた、糸目の少年だ。

 少し着崩した制服を身につけており、動作の一つ一つのいやに余裕がある。


 それを見た大男は縮こまってしまっていて、あれではまともに剣の一つも振るのが難しそうだ。


 この修練館の中に漂っている空気感に、リオスは覚えがあった。

 村の悪ガキ達が弱い者いじめをする時のあれにそっくりなのだ。


 一方的な戦いを見ることができると高揚しているような、なんともいえない嫌な感じがしたのだ。


 リオスは弱い者いじめが嫌いだ。

 だから彼はよってたかって弱い者をいじめようとする村の悪ガキ達を、腕っ節一つで懲らしめてきた。


「――ちょっと待った!」


 そんな経験があるからか、気付けば彼は無意識のうちに声を出していた。

 今にも戦いを始めそうだった二人の視線がリオスの方へ向き、当然ながら戦いを観戦しに来ていた者達の視線も彼へと向く。


 一気に寄せられた視線の圧に思わずうっと喉を鳴らしながら、それでもリオスは声を張り上げる。


「いくら天下の魔法学院だからといって、やっていいことと悪いことがある! よってたかって一人をいじめるなんて、学院生の風上にも置けないぞ!」


「ねぇ、部外者は黙っといてくれんかな?」


「――うわあっ!?」


 突然聞こえてきた声に思わず後ずさるリオス。

 気付けば彼の隣には、一人の女生徒が立っていた。


(い、一体いつの間に……というかこの子……身のこなしにまったく隙がない。下手したら俺より強いかも……)


 黒髪を腰の辺りまで伸ばしている少女のオニキスの瞳は、こちらの全てをのぞき込んでいるかのようだった。

 つややかな髪に輝く瞳、そして端正な顔立ち。


 十人が見れば十人が振り向くような魔性の美貌を持つ少女に、思わず二の句が継げなくなるリオス。


 そして目の前の彼女はただかわいいだけではなく、かなり高い能力を持っている。

 ここ数ヶ月ほどは魔導師からみっちりと鍛えてもらっていたからこそ、今のリオスには彼女の強さが理解できた。


「あんなぁ、兄ぃはわざわざうちのために……」


「いいんや、ミヤビ。……ねぇ、そこの君。ほんなら君がこいつの代わりにこっちに来たらええやん」


 ステージの上にいる糸目の少年が、くいくいっと手でこっちに来いというジェスチャーをしてくる。


 リオスは再び義憤に駆られ、隣の少女のことを忘れてずんずんと歩き出した。

 彼がステージの上に立つと、周りの注意が逸れたのを見計らい大男はそそくさと逃げ出した。


「名前、覚えとるよ。後できちんと話しにいくから」


「ひ、ひいいいいっっ!!」


 脱兎の如く逃げる大男。

 しんっと場が静まってから、糸目の少年が何かを投げてくる。

 それは先ほど大男が投げ捨てた木刀だった。


「よし、ほんなら……やろうか」

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