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鼓動


「あ……え……?」


 ローズがゆっくりと顔を下に向ける。

 そこには彼女が見慣れていて、けれど一度も触れたことのない闇の魔剣があった。


 ドクンッ!


 身体が激しく脈打った直後、その胸から血が流れ出してきた。

 慌てて回復魔法を使うが、胸に刺さっている剣があるせいで治しきることができない。

 治した端から血が飛び出してくるせいで、彼女の修道着はあっという間に血に染まっていた。


「うーむ……素晴らしいな、この身体は」


「誰、ですか……あなたはっ!?」


「俺? 俺は……上位魔族のラガブーリンってもんだ、類型的にはエンヴィーファントムの魔族だな」


 戦闘が始まった際にイナリが感じた違和感は、間違っていなかった。

 彼が戦おうと相対している相手は、アルットではなかったのだ。

 今ローズが話している相手はイナリであって、イナリではない。


 アルットは既にあの時点で、上位魔族であるラガヴーリンに寄生されていた。

 ラガヴーリンは魔物に寄生しその能力を底上げして共生する魔物、エンヴィーファントムの魔族である。


「俺達エンヴィーファントムは精神に寄生してその身体を乗っ取る。こりゃ憑依ともまた違ってな、宿主の使えるスキルなんかもまるっともらうことができるのさ」


 いつもとは異なりうっすらと目を開く彼の目は、怪しく光っていた。

 それを間近で見たローズは、剣を引き抜かれると同時にごぽりと吹き出た口から血の塊を吐き出す。


「だが俺ら精神体の魔物ってのは生命エネルギーを直接吸い取る吸精鬼とはめちゃくちゃ相性が悪くてよぉ。カーマインが居る間はまともに息もできやしなかった。あいつを殺してくれてありがとうよ、おかげで好きに動けるようになったぜ」


 イナリに寄生したラガヴーリンが剣を引き抜く。

 彼はそのままサモンダークナイトを発動させ、血まみれのローズの身体を二体の黒騎士に拘束させた。


「最初はな、聖女様。あんたの身体をもらおうと思ってたんだ。何せ聖女って存在は特別だからよ。その身体を奪って数年聖剣の到来を遅らることができりゃあ、俺達魔族側は相当有利になる。それに聖女として人間勢力の深いところまで入りゃあ、色々と悪巧みもできるだろうしな……けどそうはしなかった。なぜかわかるかい?」


 のしかかられながら眉間に皺を寄せるローズが、ラガヴーリンを見上げる。

 彼を見上げるローズの瞳は、潤みながら揺れていた。


 ラガヴーリンの方も答えを求めているわけではなかったのだろう。

 彼は振り返るとローズの答えを聞くよりも早く、ガバッと手を大きく広げて飛び上がる。

 普段のイナリではしないような、大仰な所作だった。


「そりゃあこの身体の魔族との親和性が、あまりにも高すぎるからだ! カーマインを殺せるほどのユニークスキルに、元から魔族か何かだったみてぇなとんでもない魔力との親和性の高さ! アルットなんかの比じゃねえぜ、この身体がありゃあ俺はどこまでだっていける!」


 興奮からその目をギラつかせているラガヴーリン。

 彼はそのままくるりと後ろを振り返り、仰向けに倒されているローズを見下ろした。


「つぅわけで……死んでくれや、聖女様」


 ラガヴーリンが剣を構えたまま、前に出ようとする。

 するとその足が一瞬、ピタリと止まった。


「……おいおい嘘だろ。意識は完全に奪ってるはずだぜ」


「イナリ、さん……」


 イナリは精神を乗っ取られて尚、半ば無意識の状態で抵抗を続けていた。

 ラガヴーリンは数秒ほど止まると、再び動き出す。

 けれど先ほどまでと比べると、その動きはいやにぎこちないものだった。


「ちっ、強すぎるってのも考え物だな……完全に掌握するまでには、まだまだ時間がかかりそうだ」


 舌打ちをしながらも、ラガヴーリンがローズの下へと歩いてくる。


「新しい身体でやる初めての殺しって、やっぱり心が躍るんだよなぁ。乗っ取った身体のやつが持ってた大切なものをぐちゃぐちゃに踏み潰してやるのは……何度やってもたまんねぇ」


 彼は剣を振り上げると、そのままローズの頭に突き刺そうと振り落とした。

 けれど上手く身体の制御が利かず、その剣はかわりにローズの肩へと深く突き立ち、その身体を貫通した。


 ドクンッ!


 ローズの身体が強く脈動する。

 そしてそれとタイミングを同じくして、闇の魔剣が強く明滅し始める。


「イナリ、さん……」


 ローズは黒騎士の腕の拘束から逃れ、その手を己の身体から飛び出た魔剣の切っ先へと触れた。

 自身の血で染まっている剣を、彼女は愛おしげに撫でる。


「帰ってきてください、イナリさん……」


 彼女はきっとこの世界の誰よりも、下手をすればイナリ自身よりも、彼のことを信じていた。


 真っ暗な水の底から自分を引き上げてくれた彼のことを。

 自身が持つ聖女としての力を開花させて彼のことを。

 普段は飄々としているくせに時折弱さを見せる、決して完璧ではない彼のことを。


 それでもローズは、誰よりも信じていた。


「――イナリさんッ!」


 ――ドクンッ!


 ローズが叫ぶと同時……彼女の身体に突き立っている闇の魔剣が輝き出す!

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