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「誓約を破った……だと?」


 誓約――それは神への祈りと己に課す制約の代わりに、それに倍するメリットを与えられるという上位魔族のみの持つ特殊な力である。

 本来であれば自分以外に知られることのない誓約は、正しく上位魔族にとっては生命線である。

 故に彼らは自分の誓約を、たとえ同じ上位魔族であったとしても話すことはほとんどない。

 けれど実際に誰に話したことがなくとも、この世界の人間の中でただ一人……イナリだけはそれを、攻略情報という形で知っている。


「カーマイン、お前の誓約は愛する人と共に在ること。恋人と愛し合っている限りは、たとえ何度死んでもよみがえることができる」


「――っ!? き、貴様、なぜそれをっ!?」


「人嫌いは自分が愛した人間の女性が、周囲の人間から執拗に虐められ殺されかけていたせい……理由を聞けばかわいそうに思わなくもないけど、別に何百何千と人を殺していい理由にはならんよなぁ」


 カーマインが己に課した誓約。

 それは愛する人と共に、一生を添い遂げるというもの。


 彼が愛を誓ったのは、かつて人間の女性だった一人の眷属だった。

 彼女がいる限り、カーマインはたとえ何度死んでも愛のためによみがえる。


 中身さえ知っていれば、その誓約を崩す方法は簡単だ。

 つまりは彼が愛を誓った眷属を、倒してしまえばいい。


 カーマインはどこに出ている場合でも、必ず彼の心臓となる眷属の女性を引き連れている。 ただその眷属は幻術系のスキルを使い姿を変えているため、探すのが難しいのだが……どうやらマクリーアがきちんと倒してくれたらしい。


「さあ、これでお互い残機なしの、正真正銘の一本勝負や」


 イナリが一歩前に進めば、カーマインは一歩後ろに下がった。

 己の誓約が打ち破られたことを理解したのだろう。

 彼の顔からは先ほどまでの余裕は消え去り、その顔には明らかな焦りが見えた。


 イナリの全身に、柔らかな白の光が降り注ぐ。

 後ろから飛んできた回復に、彼はにやりと笑みを深めた。


 いくら回復魔法を使っても、全身から失われた血が全て戻るわけではない。

 体調は万全にはほど遠く、気を抜けば倒れてしまうほどに肉体的にも精神的にも疲労困憊な状態だ。


 けれど不思議と身体が軽い。

 今ここにいる仲間と、遠くで自分と同じく戦ってくれている仲間。

 彼女達に支えられているという事実が、イナリの戦意をどこまでも向上させる。


「逃がさへんよ、吸精鬼カーマイン。お前の死に場所は……ここや」


 イナリの連閃が、カーマインへと突き立っていく。

 先ほどまでは余裕綽々で攻撃を食らっていたカーマインだったが、今の彼の動きは明らかに精細を欠いていた。


「光、あれ! 逃がしませんよ、カーマイン!」


 空へ飛び上がり逃げ出そうとする動きを、ローズが聖域を展開することで防ぐ。

 ピラミッド型の光の中で、イナリはカーマインへと攻撃を加え続けていく。


「ちいいいっっ!」


 カーマインも必死になって応戦を続ける。当然ながらイナリも無傷ではない。


 けれど一度も死を意識したこともなく、高みから相手を見下ろしていたカーマインと、常にその身体を危機に晒しながら戦い続けたイナリの覚悟の差が、最後には勝敗を分けることになる。


「食らい……イグニッション、バースト!」


「があああああああああっっ!」


 カーマインの全身を、白炎が焼き焦がしてゆく。

 屋敷は完全に焼け落ち、イナリは飛び上がってから着地する。


 彼が降り立ったその場所には……息絶えたまま二度と復活することのない、カーマインの死体があった。

 その死に顔は自分に起きたことが理解できていないからか、強張って硬直していた――。

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