到着
イナリとローズは駆け足でもなく、さりとてゆっくりでもなく、伯爵邸へ到着した。
石壁でぐるりと周囲を囲んだ、見上げるほどに大きい三階建ての豪邸だ。
ここにやってくるまでに、二人は話をした。他愛もない身の上話を。
けれどそのおかげで、以前よりもお互いのことを知ることができた。
少なくとも前よりも、相手のことを死なせたくないと思うほどに。
「ふうぅ……」
ゆっくりと深呼吸をしながら、自分達のステータスを改めて確認する。
現在イナリのレベルは五十五、そしてローズのレベルは五十六。
レベル帯としては、上位魔族に戦うには少々心許ない。
ただ二人にはユニークスキルがあるし、道中のレベル上げも考えれば戦力的な話では問題はないだろう。
カーマインは自分の手を汚すのを嫌うプライドの高い魔族なので、彼の下へ向かうまでにまだ中位魔族は狩れる。
レベルを上げれば上げるだけ、その後の戦いが楽になる。
可能であれば屋敷内にいる魔族達は全員倒してしまいたいところだった。
既にカーマインが居る場所の見当はついている。
カーマインは間違いなく三階の領主部屋にいる。
彼は家畜と見做している人間を、高いところから見下ろすのが大好きな男だからだ。
(そっから先のことは……まあ出たとこ勝負やな)
二体目の魔族であるアルットの様子は気になるが、どこにいるかわからない以上考えるだけ無駄だ。
上位魔族達がただの人間相手に共闘することはまずないので、後のことは倒してから考えればいい。
「ほんなら、行こか」
「はいっ」
イナリはゆっくりとドアの握りに手をかける。
手すり棒を縦にしたような、豪奢な金色のポールだ。
本来なら二人がかりで開けるのだろう巨大なドアを、イナリは一人でゆっくりと開いていく。
その先にあったのは宮殿を思わせるような巨大な玄関に、吹き抜けになっている巨大な階段だ。
そしてそこには、こちらを睨んでいるいくつもの視線もあった。
「あら……どうやら大歓迎みたいやね」
イナリ達を睨んでいるのは、階段や広間の至る所にいる魔族達。
イナリは中位以上の魔族であれば名前も網羅しているが、知らない者達も多い。
おそらく下位魔族や眷属も含まれたこの屋敷にいる者達の多くが、この場に駆り出されているのだろう。
ここでイナリ達を殺すよう命じられているからか、彼らの戦意は非常に高いようで、ギラついた目でこちらを見つめている。
イナリは彼らを見て怯むでもなく、くいくいっと指を動かしながら声を張った。
「カーマインを殺す前の食前の運動にちょうどええ……かかってきぃ」
そしてイナリ達と魔族の戦闘が、幕を開けた――。




