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大切


「は、僕が……?」


 きょとんとしながら自分を指差すイナリに、ローズはこくりと頷く。

 だがイナリの方からすれば、無理をしているつもりはない。

 彼はただ自分にできて当然のことを、やってのけようとしているだけだったからだ。


「妹さんについての話も聞いています。リンカ病を治す方法を知っているのには流石に驚きましたが……イナリさんですし、何も言うつもりはありません。けど……」


 そう言うと、彼女はイナリの手をぎゅっと握った。

 そしてその裏にあるものを見逃さぬよう、じっとイナリの方を凝視しながら……


「そんなに無理してまで、頑張らなくていいはずです。イナリさんはもっと自分のことを……大切にしてください」


 自分のことを、大切に。

 そんなこと、考えたこともなかった。


 イナリにはミヤビ以外にも何人か弟妹がいる。

 彼が死んでも、自分の代わりの誰かがその跡を継ぐだけだ。

 サイオンジ家の嫡男である彼は、だからこそ自分すらも俯瞰的に見ている。


「イナリさん、あなたのことを心配に思っている人がここにいるということを……どうか忘れないでください」


「……うん、わかった」


 ぎゅっと握られた手が茹だるほどに熱い。

 こちらを心配そうに見つめてくるその視線が、妙にこそばゆい。

 けれどそれら全てが、悪くなかった。


 不思議なものだ。誰ともつるむことをよしとしなかった自分が、誰かと一緒にいることで安堵するようになるとは。


「ほんなら、行こか」


「――はいっ!」


 最悪の場合差し違えてでも……と思っていたイナリは、自分の考えを改める。

 カーマイン達を倒し、無事に帰るのだ。

 ローズと、そしてここにはいなくとも頑張ってくれているはずのマクリーアと共に。







【side マクリーア】


「マクリーアが上手くやってくれなくちゃ僕とローズ、それにミヤビも死ぬ。期待しとるで」


 手渡される魔剣の感触を確かめながら、私は一人闇の中を駆けてゆく。

 隠密(特大)のパッシブスキルを手に入れたその瞬間、私はこの世界から隔離されているかのような錯覚がした。


 ありとあらゆる生き物は魔力を持っている。

 故にどれほどの達人であっても、完全に体外に出る魔力を遮断するのは難しい。


 けれどこの魔剣のスキルの力なのか、今の私からは感知できる限り、魔力がまったく漏れ出していない。


 呼吸の音すらも鼓膜に届かず、足音も聞こえてこない。

 隠密を極めるとこんな風になるのかと、少し面白く思う。


 というかそんな風に考えてないと、やってられない。


(私ができなくちゃ……イナリ様達が、死ぬ)


 心臓がバクバクとうるさい。外に音は漏れ出していないはずなのに、私の身体が激しく自己主張をしてくる。


 このキルケランの街で単独行動をするのは初めてだ。

 正直、心許ないなんてレベルではない。

 事前に居場所は聞いているとはいえ、イレギュラーというのはあるものだ。

 そして私はその全てに、一人で対応しなければならないわけで。


 けれど、それでも不安に押しつぶされずに済んでいるのは間違いなくこの手に握っている魔剣の感触のおかげだ。

 イナリ様に魔剣を渡すと言われた時は正気かと思った。


 隠密スキルは彼にとって命綱の一人である強力なスキルだ。

 あれがなくて情報収集ができていなければ、私達は今この場に立っていなかっただろう。

 そんなものを私に貸し与えてくれているということは、この戦いがそれほどまでに気合いを入れなければならない総力戦だということ。


(よし……)


 決意を新たにした私がやってきたのは、事前に眷属達がいるとされている宿舎のうちの一つだった。


 私はこれから、眷属達の居場所をしらみつぶしに探さなければならない。

 私に課せられた使命は――この街に居るカーマインの眷属を、根こそぎにすることだから。

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