レベル
この世界における経験値とは、すなわちその生き物が経験してきたことの総体である。
故に短期間で促成栽培をされたレベルが高いだけの魔物よりも、長い年月を生き延びてきた個体を倒した方が得られる経験値は圧倒的に多い。
魔族は元が魔物であり進化を重ねて魔族へと至ってきた。
故に彼らは、同レベル帯の魔物と比べても、倒すことで得られる経験値が膨大であった。
「ぐわああああっっ!!」
「よし、これで四体目っと」
イナリの雷の魔剣で刺し貫かれた中位魔族が、体内から雷で燃やし尽くされ炭となって消えていく。
レベル四十二の時はあれほど硬いと思っていた魔族の防御は、今はそこまで絶対に超えられない壁というわけでもなくなっている。
この世界においてレベルの壁というのはかなり絶対的で、それ故にレベルを上げることさえできればここまで戦いというものが変わるのだ。
中位魔族のレベルは、およそ五十前後の者が多い。
イナリ達ははぐれの中位魔族を続々と屠っていた。
既に単身で行動する中位魔族は刈り取ってしまっており、今は勢いそのままレジスというを屠り、その配下の下位魔族と眷属達をしっかりと倒し尽くしたところである。
「うーん……こんなにあっさりと倒せてしまっていいんでしょうか」
そういって剣を振り血糊を飛ばすマクリーア。
彼女の周囲には、下位魔族達の死体が細切れになって散らばっている。
「問題ないんちゃう? にしても、流石やね」
今回キルケランに来て一番伸びたのは、イナリではなくマクリーアかもしれない。
通常レベルが急激に上がりすぎた場合、向上する身体能力や突如として上がる知力のために、人は以前と同様に身体を動かすことができなくなる。
このレベル酔いと呼ばれる症状が、マクリーアにはほとんど出なかった。
彼女は元々辺境伯家で武官として働いてきた経験があり、その頃から鍛錬を欠かすことなく続けてきている。
レベルが上がり剣を振る速度が上がったとしても、それが元の身体を動かす感覚の延長線上にあることには変わらない。
彼女はどれだけ急激に強くなったとしても、自身の動きをすぐに修正してあっという間にスペックの上がった肉体を使いこなすことができるようになっていた。
たゆみない鍛錬を続けてきたからこそできる芸当である。
「今のマクリーアなら、うちに戻ってきても十分やれるんちゃう?」
「そうかもしれませんけど……あそこにはもう戻りたくないですね……」
どこか遠い目をしながら、そう呟くマクリーア。どうやらエイジャの魔境ではかなり刺激的な体験をしてきたらしい。
ただ今の彼女であれば、たとえ一番必要とされるレベルが高いと言われている鬼哭街へ向かっても、十分な活躍をすることができるはずだ。
魔族を狩ることでレベルの上昇は止まらず、ここにいる三人は既に全員がレベル五十を超えている。
ここまで来るとなかなかレベルが上がらなくなるものなのだが、同レベル帯である中位魔族の経験値が膨大であるおかげで、まだレベル上げをする相手を探すのには苦労せずに済みそうだった。
「次はどうしますか?」
「僕としては、もうちょっと中位魔族を狩っておきたいかなぁ。まだスキルが上手く身体に馴染んどらんし。今なら二体組のところに向かっても十分互角以上にもってけるやろし」
ちなみに身体の動きになれるのが早いのはイナリも同様だが、彼の場合は魔剣のレベルの上昇如何で戦う際のスキル構成などが大きく変わるため、最適化にはマクリーアより長い時間がかかる。
「やれることがありすぎるのも問題なんですね」
「まあ、できることがないよりずっとええよ」
そう笑うローズに笑いかけるイナリは、魔剣のレベルアップに伴い更に使えるアクティブスキルの量が増えた。
肉体のレベルアップに伴って新しい魔法もいくつか習得はしているのだが、今のところそれらを使う機会はあまりなさそうだ。
というのもイナリがレベルアップで覚える魔法はその全てが汎用的なもので、正直性能的には魔剣のアクティブスキルに劣るものがほとんどだった。
(レベルアップしていくことを想定されとらんから、肉体のレベルアップで得られる技はモブキャラと同じ汎用系……みたいな感じなんやろなぁ、多分)
嫌な事実だったが、実際そうなのだから受け入れるしかない。
イナリの頼みの綱はユニークスキルだけ、そんなことは最初からわかっていたはずだ。
彼としては上位魔族との戦いの前に新たな魔剣をいくつか解放しておきたかったのだが、今のところその気配は微塵もない。
新たなスキルを手に入れ肉体の性能は向上しているが、ゲームで対峙するイナリのように相手に絶望感を抱かせるほどの実力はまだ手に入れられていなかった。
ただそれでも、三人ともレベルが上がることで以前よりも強力なスキルや魔法が使えるようになっている。
マクリーアはスペックが上がりアクティブスキルの数が増えることで、早く強いフェンサータイプの成長の仕方をしている。
そしてローズの成長は、魔剣創造というユニークスキルがあるイナリから見てもめざましかった。
彼女はレベルが四十を超えてからというもの、誇張抜きでレベルを一つ上げるごとにパッシブスキルが増えたり、強化されていった。
更には最上位魔法もいくつか覚えており、その中には死んでいない限りは体力を全快させる全回復まであったのだから、イナリとしても流石に苦笑いするしかない。
(レベルアップごとに手に入る技の構成が凄まじいもん。僕がモブキャラの構成としたら、彼女は間違いなくミナと同じ聖女構成になっとるんや。このままレベル上げてったら、一人で魔王とか封印できるんちゃう?)
「あ、イナリさん」
そんなことを考えていると、気付けばローズがイナリのすぐ隣にまでやってきていた。
彼女はそっとイナリの頬に触れる。
すると、心臓の鼓動の音が大きく跳ねた。
(……なんなんやろ、これ)
ローズは上位以上の回復魔法を発動させる時、対象の相手に触れている必要がある。
イナリとしては中位までの回復でも十分事足りると思うのだが、ローズはなぜか時に最上位の回復魔法を使ってまで彼を全快しようとする。
当然ながらその度に、ローズはイナリに触れることになる。
すると彼女に触れられる度に、全身が心臓になってしまったかのように大きく身体が脈打つのだ。
身体の奥底から届くその鼓動の理由が、イナリにはわからなかった。
(……別に惚れとるわけやないと思うんやけどなぁ。こういう清楚なタイプって、僕の好みちゃうし)
僕はどっちかと言えば話しやすい子がええんよな、などと考えながら視線を下げれば、そこにはふるふると長いまつげを揺らしながら、こちらを心配そうに見つめているローズの姿があった。
「またあちこちに傷がついてます……光あれ」
触れた指先から光が生まれ、イナリの顔を優しく包み込んでいく。
温かな光に包まれているうちに傷はあっという間に治ってしまった。
「軽い切り傷やのに、そんなレベルの高い回復魔法を使わんでもええんちゃう?」
「ダメですよ、放置して化膿でもしたら、回復魔法でも治すのに手間がかかるんですから」
「はぁ、私もそろそろ相手がほしい……」
なぜか卑屈になり始めたマクリーアとオカンのようにこちらに世話を焼いてくるローズを見て苦笑しながらも、また新たな獲物を狩りに街を行く。
上位魔族との戦いの時は、もうすぐそこにまで迫っていた――。




