一人
「……静かやねぇ」
本来であれば交易の要衝として賑わっているはずのキルケランの街は、その喧騒をどこかに置き去りにしてしまったかのようにひっそりと静まりかえっていた。
ただ中にいる人達が完全にいなくなっているわけではない。
店も普通に営業しているし、道を行き交う人達も少なくない。
けれど不思議と、街全体に活気がないのだ。
「ローズ、どう思う?」
「多分ですけど、軽い幻覚状態にあるんだと思います。恐らく外の街に出ればここであったことは忘れてしまうんでしょう」
「なるほど、そうやってバレへんようにしてるわけか」
イナリは出発する前に、腰に提げている二本の魔剣を鞘ごと二人に差し出す。
ローズもマクリーアも事前に話は聞いていたので、その剣を躊躇なく受け取り腰に提げた。
――魔剣の貸与。
イナリが魔剣創造の熟練度を上げたことで手に入れた、新たな能力の一つである。
イナリは相手に魔剣を貸与し能力を選択することで、魔剣によって得られるスキル群を他人と共有することができるようになったのだ。
ただしこれを行い貸し与えたアクティブスキルは自身では使えなくなり、パッシブスキルはスキル自体の能力が下がるというデメリットがある。
今回イナリは二人に隠密(中)の入った闇の魔剣を貸し出した。
故に彼本人のパッシブスキルも隠密(中)まで下がってしまっている。
(結局一人で戦うんが一番強い……なんとも僕らしい能力やないの)
イナリはそう自嘲しながら思う。
恐らく呪いの中でもイナリはこの力を手に入れていたはずだ。
それでも彼は結局、最後まで一人で戦い続けていた。
ゲームの中の彼は、頼れる仲間に出会うことができなかったのだろうか。
それとも仲間を作っても、最後には一人で戦うことを選んだのだろうか。
(ただまあ……一人やないってのも、案外悪ない)
イナリはダークネスフォグを使い二人を闇の中に隠した。
この中で最もスニーキングに適しているのはイナリだ。
彼が最初にゲーム知識を頼りに街の魔族達の位置を割り出す。
そして上位魔族にバレるまでに中位魔族を可能な限り狩り、そして決戦に挑むのだ。
「ほんなら行ってくるわ。後のことは、事前に話していた通りに」
イナリはこくりと頷く二人を見て笑う。
なぁ、ゲームの中の僕。
こうして誰かに背中を預けるのも、なかなか悪くないもんやで。
イナリはそう心の中で独り言ちてから、闇の魔剣によって新たに手に入れたアクティブスキルを発動させる。
「シャドウダイブ」
彼は目の前にある影に、その身を埋めてゆく。
まるで液体のようになった影の中にすっぽりと収まると、闇はトプンと軽い音を鳴らした。
闇属性アクティブスキル、シャドウダイブ。
影の中に潜り込み闇夜に溶け込むという、ただそれだけの魔法だ。
だがこのシャドウダイブはわりと使い勝手のいい魔法の一つで、主人公勇者リオスですら覚える闇属性スキルの一つになっている。
このスキルの特徴は、簡単に言えば魔物避けである。
効果時間はさほど長いわけではないのだが、このスキルを使っている間は、魔物達が自身のことを認識できなくなる。
それがこの世界ではどのような風に再現されるのかという答えが、今のイナリの姿だ。
(うん、相変わらず融通が利いて、使える能力や)
イナリは完全に影の中に入り込み、その中を自由に移動していた。
今の彼に肉体の感覚はない。
影の中は重力が軽いからか、彼は背中に翼が生えたように高速で影の中を駆けることができる。
(おっとっと、危ない危ない)
イナリの目の前に現れたのは、辺りをサーチライトのように照らす大きな光源だった。
物見用の塔から光が照射されているので、恐らくは警戒用に用意されている魔導ランプだろう。
一瞬シャドウダイブを警戒しているのかとも思ったが、このスキルは本来であれば終盤に手に入るクラスのもの。恐らくは普通に夜襲を警戒してのものだろう。
その証拠に光は動くことなく固定されていて、物見塔には衛兵らしき男達の姿が見えていた。
影のないところにやってくると、シャドウダイブは解除されてしまう。
けれどこのように影が途切れるパターンも、もちろん事前に想定済みだった。
「よっと」
タイミングを見計らい、イナリは再びシャドウダイブを発動させる。
魔力が抜けていく感覚があったかと思うと、次の瞬間には彼の足下にある影がうねうねと動き出した。
拠られて細くなった影は柳のようにしなったかと思うと、一気に向こう側の軒先まで伸びてゆく。そしてその影を渡り向こう側まで向かったところでもう一度操作して出した影を消す。
シャドウダイブは影渡りだけではなく、自身で新たな影を作り出すことも可能なスキルであった。
光源があり影のない場所も、新たに影を作り出せば移動することが可能だ。
ただあまりやりすぎれば流石に怪しまれかねないので、使いどころは慎重に吟味する必要がある。
実際にやってくるのは初めてだが、キルケランの街の様子はゲーム知識で把握している。 恐らく上位魔族がいるであろう場所、その近くにいるであろう小間使いの中位魔族達のいる場所。
そして他の中位魔族や彼らに付き従う下位魔族や眷属達のいる場所。
およその予測はついているので、あとは気取られぬように内情を探るだけで良かった。
イナリは何度もスキルを使いながら、キルケランの魔族達の様子を丸裸にしていく。
ただ上位魔族を相手にすればシャドウダイブを看破される危険性があるため、確認するのはあくまで中位魔族達の縄張りまでだ。
シャドウダイブはかなり燃費の悪いスキルなのでゴリゴリと魔力が減っていく。
イナリの魔力量は生まれてから数えるほどしか魔力切れになったことがないほどに多いが、それでも調査を打ち切る頃には残量が半分を切る程度になっていた。
ただこの世界は、レベルが上がることで体力と魔力が全快する仕様になっている。
故に精神力がもつ限りは戦うことが可能であり、イナリは一度合流してからは上位魔族と戦うまでノンストップで突っ走る心算であった。
(うーん、できればここであれも見つけたいとこやったけど……流石にそう上手くはいかんか)
ここにいる上位魔族が、イナリが想定していた通りにカーマインだったので、勝ちの目は十分にある。
カーマインを倒すために必要なあれは、残念なことにイナリが調査した範囲では存在していなかった。
恐らくだが彼がかなり周到に隠しているのだろう。
その捜索は、マクリーアに頑張ってもらうしかなさそうだ。
(それにもう一体の上位魔族が……よりにもよってアルットとは。こりゃ先にカーマインを倒してレベル上げても、厳しい戦いになりそうや)
イナリは一度戻り、二人と合流。
単独で行動している魔族から狩っていくことを決める。
こうしてキルケランから魔族の手から解放するため、三人は動き出し始めた――。




