潜入
「ほぉ、あれがキルケランの街か……見るのは初めてや」
ソレラの街を出て半日ほど。
ろくに休みも取らずに進み続けたことで、イナリ達の目にようやくキルケランの街が見えてきた。
「一見何も起こってないように見えますね……」
「ローズはどういうのを想像してたん?」
「えっとそれは、空が紫色になっていたりとか、街の上空に魔物が行き交っていたりとか……」
ローズの言っている通り、少なくとも遠目で見る限りでは、街の様子に異常は見られない。
けれど逆を言えば、近くに魔族が潜伏しているというのに何も起こっていないということ自体が、何よりの異常だ。
目を凝らして確認するが、少なくとも頭上や地中に魔物が隠れ潜んでいるようなことはなさそうだった。
人の行き来は少ないようだったが馬車も数台ほどは並んでおり、見たところ門には衛兵達の姿も確認できた。
「キルケランの街にようこそ」
「楽しんでいってくれ」
レベルが上がり強化された聴覚を使い、音を拾う。
作り笑いを浮かべている衛兵達の様子は、どこかぎこちなかった。
イナリが目配せをするとローズはこくりと頷きを返す。
どうやら衛兵達は既になんらかの状態異常にかかっているらしい。
遠目から確認するだけでは眷属化されているかまではわからないが、普通に乗り込めば自分達の情報は魔族達の伝わるところとなってしまうだろう。
「よし、ほんなら壁登りや」
ということでイナリ一行はぐるりと迂回し、城壁のある区画へとやってきた。
石造りの城壁なのでわずかに凹凸はあるが、上れるほどのものではない。
イナリは垂直に切り立った城壁を見上げてから、そこに足をつけ、二歩三歩と駆け上がってみる。
多少キツくはあるが、問題なく上れそうだった。
彼はぴょんっと跳ね下りてから頷いて、
「うん、問題なさそやね」
「今の、どうやればいいんですか?」
「右の足を出して身体が落ちるよりも早く左の足を出す。それを繰り返せばいいだけ。どや、簡単やろ?」
「……これって、仕組みを聞いても理解できない私がおかしいんでしょうか……?」
「いえ、イナリさんがおかしいだけだと思います」
「そんなことないで。急にレベルが上がったから理解できてないだけで、もう僕らの身体能力は人外の域やから」
ステータスクォーツで確認したところによるとイナリ、ローズ、マクリーアのレベルはそれぞれ四十六、四十七、四十四だった。
これは既に冒険者としてはAランクに相当するほどのレベルであり、イナリが言っている通りその身体能力は半日野を駆けても息を切らさないほどに向上していた。
「うーん……でも、できるかなぁ……?」
「もう一回見せるで」
頭を抱えた様子のマクリーアに、お手本を見せるためにイナリが駆け出す。
思い切り足を城壁に突き刺すと、バキッと音を立てて石に亀裂が入る。
身体が落ちる前にもう一歩と繰り返していけば、あっという間に城壁の上まで上ることができた。
マクリーアはその様子をジッと見てからこくんと頷き、見よう見まねで壁を登り出す。
既にレベル四十を超えている彼女の脚力によって、イナリと同様に壁を蹴って登っていくことが可能であった。
「えっと……とても私にはできそうにないんですが……」
ただ同じくレベルが高いとは言っても、ヒーラーであるローズには流石にこの芸当は難しい。
イナリは城壁の上から、ぴょろっと何かを垂らす。
よく見ればそれは彼が魔剣から出した水だった。
網目のように拡がった水が、がしっとローズを掴む。
そして……
「ひゃああ……んん゛っーー!?」
思わず声を上げそうになったローズの口も慌てて水で塞ぎ、イナリはそのままの勢いでローズを引き上げ、共にキルケランの街へ向かって飛び降りたのだった――。




