表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/66

生業


【side マクリーア】


 私はマクリーア。

 元は辺境騎士団の従士をしていて、今は宮仕えをやめて地元の近くで冒険者をしている。

 主に活動をしているのはリベットの街で、主な狩り場はアラヒー高原。


 最低限生きていけるだけの蓄えはあるし、ここでのんびり冒険者生活をしながらどこかのタイミングで結婚でもできればいいなぁ、という具合に考えていたわけなんだけど……そんな私の人生設計は、あるお方に簡単に崩されてしまった。


「はぁ……」


 私の目の前には、地面に倒れ伏す餓狼オーチャードの姿がある。

 何度も戦った経験とそれによって上がったレベルの恩恵で、今ではもう一対一で戦っても問題なく倒すことができるようになっていた。


 イナリ様と別れて数日が経ち、私は以前のように単身でアラヒー高原で魔物を狩るようになった。

 すると明らかな変化があった。

 ……戦っても戦っても、物足りないのだ!


 あの休む時間も惜しんで戦い続けたハードワークの後では、何をしていても物足りなさを感じるようになってしまっていた。

 オーチャードを何度も倒し私のレベルが更に上がったのも、それに拍車をかけてしまっている。


 別に私は戦闘狂というわけではないんだけど……さすがにここまで歯ごたえがないと、やる気も出なくなってくる。


 いくら故郷に近いとはいえ、この狩り場ではそう遠くないうちに冒険者という職自体に飽きてしまうかもしれない。


 なあなあで冒険者稼業をしていれば、そんなことを思わなくても良かったはずなのに。

 そりゃもちろん、冒険者として仕事をしている以上強くなれたことには感謝しているけれど……本当にあの人のせいで、私の人生設計はめちゃくちゃだ。


 そしてとりあえずルーティンワークで餓狼オーチャードを倒し家に帰ったある日……私宛てに一通の手紙がやってきた。

 差出人はなんとあのイナリ様。そしてその内容は……


「ミヤビ様の容態が……急変……?」


 どうやらミヤビ様の体調が悪くなり、病気を治すために必要な素材を確保するために力を貸して欲しい、という内容だった。

 集合場所に指定されているソレラの街の地形を思い出す。

 あそこは近くに大した魔境はなかったはずだけど……けれどイナリ様が意味のないことをしないとは思えない。

 あの人が動いている以上、きっと必要な素材は本当にそこにあるのだ。


 イナリ様は嫌みを言ったり他人を嘲ったりすることもあるけれど、性根は割と善性寄り……だと、思う。私もあんまり自信を持って言えるわけではないけれど。


「よし、行こう」


 彼が助けを求めているということは、きっと本当に助けがなければヤバい局面なのだ。

 イナリ様は基本的に誰かに自分の弱みを晒すことをよしとしない人だから。


 まあだからといって……魔族と戦わされることになるだなんて思っとらんかったわ!

 前言撤回や!

 あの人はやっぱり性根が腐っとる!







 私は追いついて早々、魔族との戦いに参加することになってしまった。

 イナリ様が周到に張った罠の中に魔族を誘い込み、倒そうということになったのだ。


 戦うことが嫌で、自分の非力を理解したからこそ武官の地位を辞退したはずなのに、こうして今までで一番の危険地帯へと連れて行かれそうになっているのは、なんという皮肉なのだろう。


(嘘……本当に、こんなに呆気なく……?)


 もちろん事前に魔族の素材は見せてもらっていたため、戦って勝ったという部分は疑っていなかった。

 けれどまさか本当にこんな簡単に……魔族相手に勝てるだなんて。


 いや、けれどこれを簡単と言ってしまっては語弊がある。

 何せ私達の攻撃は実際、ほとんどダメージを与えることができていなかった。

 それでも魔族を倒すことができたのは、とにかく相性が良かったからだ。


 もちろん要因はそれだけじゃない。

 屋敷の中を改造するのにかかった時間や人手、そしてイナリ様とローズさんの支援能力。 そのどれかが欠けていても負けていた。

 あの場で誰か一人の魔力が尽きてしまっていても形勢が逆転しかねない、薄氷の上での勝利だった。


 けれどそれは、以前ミヤビ様と一緒に戦っていた時とも変わらない。

 それがどれだけの綱渡りだったとしても、最後には勝っている。


 イナリ様はそういう人で、彼がすることに私は慣れ始めていた。

 これは普通に考えればおかしなことだ。


 けれど実際、イナリ様は何でもないような顔をしてやってのけてしまう。

 それはつまりは彼が、普通の人ではないということなのだろう。


(一体イナリ様には……何が見えているの?)


 アラヒー高原にいた頃からそうだった。

 イナリ様は自分の行動に、まったく迷いというものがない。

 傍から見ていればできるわけないと思えるようなことを平気で始め、そしてそれを最後までやってのけてしまう。


 魔族を倒すなんて、できるわけがない。

 魔族相手に私が前衛を張る、そんなのできるわけがない。


 けれど違った。

 やってみれば本当にできてしまった。

 もちろんこれが全て自分の力と言い張るつもりはない。


 けれどイナリ様と一緒に居ると、私は自分が思っているよりずっとすごい人間なのでは、とそんな風に考えてしまう。


 私達はこれから、都市を落としている魔族の親玉を倒すらしい。

 普通ならできないと思うし、ありえないことだと思う。

 けれどイナリ様なら、もしかしたら……そんな風に考えるようになった私は、変わったと自分でも思う。


 イナリ様に影響されたせいか、私は前より物事をプラスに捉えることができるようになった気がする。

 そしてこれは予感ではなく確信なんだけど。


 きっとこれからも私は、彼に振り回されることになるのだろう。

 けれど不思議と、それを嫌だと思っていない自分もいる。


 キルケランの街で魔族を何体か倒したら、私は単独で行動することになる。

 そのために必要な情報は、既にもうもらっている。

 だから後はやるだけだ。


 大丈夫、私ならできる。

 だって私は……自分で思っているよりちょっとばかしすごい人間なのだと、そう思えるようになったから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ