空の魔族
空を飛ぶことは、何も鳥類だけに許された専売特許ではない。
むしろこの世界では空は鳥ではなく、魔物達の住まう領域だった。
地上から見上げていてはわからないが、空には数多くの魔物が飛び交っている。
そんな魔物達の跋扈する空を飛翔するのは、一体の魔族だった。
「はぁ、まったく魔族使いが荒いよあいつは……」
翼を羽ばたかせながら空を飛んでいるのは、先ほどカーマインからソレラの街の観察を言いつけられた中位魔族のデルソルだ。
魔族には普通の人間と変わらぬ擬態用の見た目と、力を発揮するための真の姿という二つの顔を持っている。
空を飛んでいるデルソルの姿は、当然ながらそのうちの後者であった。
現在彼の頭には、鷲を思わせる鋭い嘴のついた鳥の頭がついている。
全身がみっちりとした毛に覆われており、手は五本指だがそれぞれに鋭いかぎ爪がついている。
「ああ、まったくついてないぜ。ソレラの街がどうなろうが知ったこっちゃないっつうの」
デルソルは元は、一人で単独行動をする孤高の魔族だった。
けれどある日カーマインに出会い、彼の運命は大きくねじ曲げられてしまった。
移動速度と空を行ける稀少性に目をつけられてしまったせいで、彼は体の良い連絡役として、世界中を行き来しなければならなくなってしまったのだ。
「ああ、また空から人を殺してぇなぁ……」
デルソルとて正直言えばこんな使いっ走りをやめて、もっと自分がしたいことをしたい。
空から急降下して赤子を攫い両親の目の前でバリボリと咀嚼するのは彼のライフワークの一つだった。
新婚夫婦の旦那の胸に風穴を開けてやれば、それだけで胸がスカッとして気分の良い一日を過ごすことができたのだ。
人間相手の狩りは、魔物を相手にするより万倍面白い。
自分が理解する言葉で命乞いをしてくる者を一方的に嬲り殺すことができる愉悦は、他のものでは代えがたいほどの快楽をもたらしてくれる。
だがカーマインの命令には従わないわけにはいかない。
そんなことをすればどんな目に遭うか……反抗的だった中位魔族達の末路を見てきたからこそ、彼はカーマインの命令には絶対服従する姿勢を崩さない。
「さってと、それじゃあちゃっちゃと仕事をこなすとしますかね」
バサリと翼を動かすと、風魔法によって生み出された推進力で身体が一気に前に押し出される。
視界はみるみるうちに移っていき、あっというまに目的地であるソレラの街にまで辿り着くことができた。
街から見えない位置で着地し、見た目を人間フォルムに変更し街へと向かっていく。
自由に空を飛んで構わないキルケランの街とは違い、ソレラの街ではあまりおおっぴらに空を飛ぶわけには行かない。
故に実際に街に入り、情報を収集する必要があるのだ。
実地での調査も慣れたもので、彼は旅人のふりをして問題なく街へと潜入することに成功する。
(ふむ……一見すると何も変わっていないように見えるな)
デルソルは連絡役として、この街にも何度かやってきたことがある。
その時にできた魔族の伝手を辿るため、彼はスラム街の方へとゆっくりと歩いていった。
当然ながらもしもの時のために常に空を飛ぶ用意はしている状態だ。
彼は一応の警戒をしながらも、特に気張った様子もなく裏道を歩いていく。
たとえ敵がいるとしても、デルソルで苦戦するような相手がこんなへんぴな街にいるはずもない。
「たしか……あっちだった、かな?」
デルソルの目的地は、このスラム街を取り仕切っているギャングのヴァルファミリーのところだ。
スライムの魔族であるヴァルはいわばこの街の顔役。
彼に話を聞くことができれば、数日連絡が滞っていた理由も判明するはずだ。
彼はヴァルファミリーのシマに入り、彼が住んでいた屋敷へと向かう。
屋敷が燃えたりしているようなこともなく、以前と変わらぬ様子で佇んでいる。
デルソルは中に入ると、構成員らしき黒服の男に話しかける。
「ヴァルはいるか?」
「へい、中に」
ギャングの顔役と言ってもヴァルは所詮は下位魔族、立場はデルソルの方が上のためへりくだることはしない。
デルソルは黒服の案内に従い、先を進んでいく。
そして一際大きな扉の前までやってくる。
何度もやってきたことのある、ヴァルの部屋の扉だ。
「おいヴァル、てめぇ連絡を途絶えさせるなってあれほど……は?」
デルソルはドアを蹴破って中へと入り……そしてぽかんと口を大きく開けた。
そこにいたのは彼が知っているヴァルではなく……目の細く嫌みな笑みを浮かべた男だったからだ。
男は手に持った剣の切っ先をデルソルへと向けると、笑みを浮かべ……
「初手から全力や――ライトニングボルテクス」
稲妻が炸裂し、デルソルの身体を貫いた――。




