聖女とエセ関西弁 後編
【side ローズ・アルマリカ】
キルケランの街にほど近いソレラの街にやってきてすぐ、私はこの場所もまた魔族の手に落ちかけているということを知った。
焦りながらなんとか教会の伝手を使い戦える人間を探そうとするが、教会の規模が大きくないこの場所には精々騎士見習い程度の人間しかいない。
もし私が彼らを先導し、そして彼らがまたフォア達のように死んでしまったら……そう考えれば、他の人達の力を借りる気にはなれなかった。
私はスラム街を中心に布教活動をしながら、情報収集を始めることにした。
スラム街は街の底だが、それ故に色々な情報が入ってくる。
私財を使って炊き出しをしたり、地道な布教活動をしながら手に入れたのは、魔族らしき人間がいる場所の情報。
魔族達が居る場所はわかっている。
けれど私個人はほとんど戦闘能力を持たない。
この街にいる高ランクの冒険者達はそのほとんどが出払っており、まともに戦える人間はいなかった。
唯一伝手を使って話をすることができたBランクの冒険者も、私が話をした次の日には街を出て遠くへと逃げてしまっていた。
もし私が下手に戦ったせいで、この街が灰燼に帰すことになれば……そう考えれば、下手に動くこともできず、私は自縄自縛に陥ってしまう。
だから『夜の蝶』が突如として燃え上がった時に、私は自分の目を疑った。
そこから慌てて飛び出してきた人間がサイオンジ家の嫡男だと知った時には、正気を疑った。
サイオンジの家名を知らぬ者は、このウェルドナ王国にはいないだろう。
その武名と当主の圧倒的な強さは、王国中で語り草になっている。
彼の存在は、キルケランの街の魔族を倒せる可能性がないかと、藁にもすがる思いで活動を続けていた私が見つけることができた、ただ一つの光明だった。
故に私は、彼と行動を共にすることにした。
イナリさんはとても、その、なんというか……変わった人だった。
性格がひん曲がっているというか、性根が腐っているというか……とにかく人を食ったような性格をしていて、どれほどの窮地に追い込まれても飄々としている。
けれど彼の一番おかしなところは、やはりその尋常ではない知識量だろう。
イナリさんが持っている魔法やスキルに関する見識は、長年の聖職者達の知識を蓄積させてきた聖教のそれををしのぐほどのものだった。
更にはあらゆる教会の情報を閲覧できる私をしのぐほどの魔族に関する情報……なるほどこれがサイオンジ家の嫡男になることなのかと、驚かずにはいられない。
おちょくられたり煽られたり、正直一緒にいて額に青筋が立つこともゼロではないけれど、それでも彼は戦いに関してはどこまでもプロフェッショナルだった。
彼は一見すると無理なことを平然とした顔でやってのける。
まるで自分は正解を知っているかのように、まだ誰も入ったことのない暗闇の中へ足を踏み出すのだ。
そして全てが終わった時に、私はそれが全て道理に沿ったものであるということに気付く。
気付けば私は一人で立ち向かうことができなかった眷属相手に身を守ることができるだけの力を手に入れていた。もちろん彼はどんどんとレベルを上げ、既に単身で複数の眷属を相手取ることができるほどの力を手に入れている。
彼と一緒にいると、強さというのは多面的なものであることに気付く。
レベルが高いこと、使えるスキルが強力であること。それらは強さというものの、ほんの一部分でしかない。
出会ったばかりの彼は、眷属相手にも苦戦するほどの強さしか持っていなかった。
純粋な強さで言うのなら、フォア達のような聖騎士にも劣るほどだっただろう。
けれどそれでも、イナリさんは間違いなく私が今まで見てきた人達の中で、一二を争うほどに強かった。
彼の強さは、眩しいほどの心の強さだ。
時折じっと見ているのがつらくなってしまうほどに、彼は眩しく、輝いている。
彼は強くなることに貪欲だった。
それは私から見れば、狂気的にも思えてしまうほどに。
何が彼をそこまで駆り立てるのかはわからない。
きっと彼のことだから、聞いても教えてくれはしないだろう。
(けれど、それでも……)
同じ死線をくぐるうちに、私は気付けば彼のことを目で追うようになっていた。
この感情の正体はわからない。
憧れなのか、思慕なのか、それとも……。
彼の背中は、どこまでも遠い。
私はそれに追いすがるのがやっとで、少し近づいたかと思った時には更に距離を離されてしまっている。
彼の後をついていけば……私も強くなれるのだろうか。
彼のように、強く。
「よし、ほんならそろそろ行こか。下位魔族は前哨戦やからね。ちゃっちゃと全滅させて平和を取り戻したろう。そんでその後からが、本番や」
イナリさんはなんでもないような顔をして、新たな死地へと向かい始める。
私はそれに遅れないように、必死になってついていく。
この先にあるものがなんなのかはわからない。
けれど全てが終わった時、きっと私は、新しい自分に生まれ変わることができる気がする。そんな漠然とした予感だけがあった。
不思議なことに、自分より強力な魔族達と戦うことに不安はなかった。
私の前を平気な顔をして駆けていくイナリさんの後を追いかけていれば、そんなことを考える余裕はない。
けれど――彼と一緒に戦えば負けるはずがないと、そんな風に思うようになったから。
私は少しずつ、前を向くことができている気がする。




