崩壊
イナリはホッと息をつく間もないまま、急ぎエルナの死体に魔剣を突き立てていく。
素材を吸収したのは、光の魔剣と闇の魔剣だった。
二つの魔剣のレベルが上がった感覚があり、イナリは思わずにんまりと笑う。
どうやら光の魔剣は、特定の魔物の素材を吸収するらしい。
眷属の素材が吸収できるのであれば、恐らくは魔族の素材も吸収できるだろう。
光属性は魔物に対して特攻を持っているため、光の魔剣のレベルがどれだけ上げられるかが、今後は肝要になってきそうだった。
(レベルは……おお、五つも上がっとる)
ステータスクォーツを見れば、そこには三つの星が刻まれている。
この一戦だけで、彼のレベルは三十に上がっていた。
それに……と視界の端を見れば、そこには今回の戦果がずらりと並べられている。
炎の魔剣 レベル7
ファイアスラッシュ ファイアスラスト フレイムバースト ダークフレイム(闇の魔剣使用時のみ)火炎操作 攻撃力アップ(大)
水の魔剣 レベル6
水流操作 魔力伝達 防御力アップ(大)
光の魔剣 レベル5
ヒールソード ヒールスラッシュ バリアソード 回復量アップ(中)
闇の魔剣 レベル7
ダークネスフォグ サモンダークナイト ダークヒール(光の魔剣使用時のみ) 隠密(大)
雷の魔剣 レベル1
ライトニングソード アクセル 素早さアップ(中)
確認してみれば炎の魔剣だけではなく、今回使った魔剣は軒並みレベルが上がっていた。
魔剣のレベルアップによる新たなアクティブスキルも解放されており、それにイナリ自身のレベルアップによる魔法の習得も重なっていた。
(ほう、雷の魔剣……ようやっとゲームに出てきた魔剣がお出ましやな)
新たに解放された雷の魔剣は、最初から二つのアクティブスキルと、中補正のパッシブスキルがついていた。
恐らくは上の四つの魔剣と比べて、強力な魔剣になるのだろう。
(今まで魔剣がなかなか解放されんで焦れてたんやけど……ひょっとするとと単純にレベルキャップ的な問題だったのかもしれん)
新たに覚えた魔法が雷魔法のチェインライトニングであることは、新たな魔剣が雷の魔剣であることと、決して無縁ではないだろう。
アラヒー高原でレベル上げをしても、使えるスキルが強化・増加することはあっても、新たな魔剣が解放されることはなかった。
それをイナリは魔剣を解放するには特殊な条件を満たす必要があるからだとばかり思っていたが……もしかするとそうではないかもしれない。
今回雷魔法を覚えた段階であっさりと新たな魔剣が解放されたことから推測するに……新たな魔剣自体がイナリのレベルが上がり、魔法を覚えないと解放されないような仕様になっているのではないだろうか。
呪いにおいて負けイベント担当であり、最初から高レベル帯で出現するイナリ。
彼の魔剣の解放は、ゲームで設定されているだけのレベルになって初めて使うことができるようになっている……などと考えるのは、流石に妄想が過ぎるだろうか。
(まあ、そっちを考えんのは後でええか)
色々と試さなければいけないことも多そうだったが、今はそんなことを考えている余裕はない。
イナリは水の魔剣を使い自分の周囲を消火してから、急ぎ娼館を出ることにした。
(さすがに……ちょい疲れたわ)
魔剣創造で使用する魔力は、同規模の魔法を放つのに比べると極めて少ない。
更に言えばイナリの魔力は同年代と比してかなり多い部類ではあるのだが、それでも今のイナリには明らかに魔力を消費しすぎていた。
還元すればロスはほとんどないとはいえ、大量にアクティブスキルを使用すれば、当然ながら大量の魔力を使用することになる。
本当ならレベルをガンガン上げるためにこの娼館の眷属を根こそぎにしたいところだったが……少なくともそれができるほど魔力が余裕はなさそうだった。
(とりあえず……逃げよか)
炎の魔剣の新たな力、火炎操作を発動させてみたい衝動にぐっと駆られるが……魔力消費が激しかった場合大変なことになりそうなので、水の魔剣で退路を作りながら退却を開始する。
こうして初の眷属討伐は無事に成功し……
「エルナ様ッ! エルナ様ーッ!」
(うわっ……連戦はキツいて!)
イナリが既に傾き始めていた屋敷を抜け出すために一階へ続く階段へ向かおうとしたタイミングで、彼の目の前に突如として一人の男が現れる。
闇に隠れて観察していたイナリは、叫びながら周囲を走り回っている男が『夜の蝶』の副店長である眷属のアリコンであることに気付く。
(闇の魔剣で……ダメや、こんな状況じゃ暗闇ができたら逆に目立つ)
辺りが燃えさかる炎で明るくなっている以上、闇の魔剣のスキルも半減どころではないだろう。
イナリの強みであるパッシブスキルを活かした隠密術も、この火炎の中では使えそうにない。
「――何奴ッ!?」
どうするべきか考えあぐねている間に、アリコンが彼の存在に気付いた。
駆けてくる彼を見ながら、イナリは瞬時に思考を巡らせた。
今から眷属と連戦して勝てる可能性は……恐らくかなり低い。
既に魔力の残量は三割を切っており、しかももし戦うのなら先ほどの奇襲ではなく真っ向勝負ということになる。
いくらレベルが五上がったとしても焼け石に水、恐らく高確率で自分は敗北を喫することになるだろう。
「――ちいっ、こうなりゃイチかバチかや!」
イナリは新たに手に入れた炎の魔剣の力――火炎操作を発動させる。
瞬間、焔がうねりを上げながらその火力を増す。
だがこれではまだ、イナリが求める火力には足りていない。
「フレイム……バーストッ!」
イナリは即座に炎の魔剣を使い、足下にフレイムバーストを発動させる。
炎が爆ぜ、衝撃に足場が音を立てて崩れ出す。
やってくる浮遊感と、遅れてやってくる破砕音。
二人が視線を交わした状態で……娼館『夜の蝶』は、音を立てながら倒壊していった。




