変化
目を血走らせているエルナを前にしながら、イナリは目の前に自分の魔剣のステータスを呼び出した。
目の前に浮かび上がる各魔剣のステータスは、以前と比べれば大幅に強化されている。
炎の魔剣 レベル6
ファイアスラッシュ ファイアスラスト フレイムバースト 攻撃力アップ(大)
水の魔剣 レベル5
水流操作 魔力伝達 防御力アップ(中)
光の魔剣 レベル4
ヒールソード ヒールスラッシュ 回復量アップ(中)
闇の魔剣 レベル6
ダークネスフォグ サモンダークナイト 隠密(大)
熟練度を上げたことで魔剣創造の能力にもいくつかの大きな変化があった。
まず、各魔剣のスキルが一覧で表示することができるようになった。
そして二つ目に、これが一番大きな変化だが、彼は三本の魔剣を同時に使うことができるようになった。
現在の彼は三刀流であり、今も三本の魔剣を同時に使っている。
一本目はエルナの頭に刺さっている光の魔剣、そして二本目は握っている炎の魔剣、三本目は腰に差している闇の魔剣だ。
どこかの三刀流剣士よろしく口にくわえて戦うことはできなかったため、特注で作ってもらった魔剣用の鞘が二本腰に提げられている。
また魔剣のレベルが上がることで、ステータスにかかるパッシブスキルの補正は大きく増えている。
何人もの眷属達が生活をしている『夜の蝶』に入ることができたのは、レベルが6に上がったことで強化された隠密(大)の効果による部分が大きい。
このパッシブスキルはかなり強力で、自分より明らかに格上の相手であってもその存在を気取られることなく移動することができるというもの。
そこに闇の霧を発生させるダークネスフォグを絡めれば隠密性は更に増し、本来であれば夜にこそ力を発揮する眷属達の目をくらましながら、こうして奇襲を成功させることができた。
アラヒー高原でのレベルアップにより使えるスキルの数も増え、強くなった、はずなのだが……
(我ながら頑張った方やと思うんやけど……火力不足が深刻やなぁ)
イナリが横薙ぎの一撃を放てば、エルナはその細腕を軽く振った。
するとまるで暗器のように爪がジャキリと伸び、彼の一撃をしっかりと受け止めてみせる。
続いてファイアスラッシュを放つが、エルナが腕をクロスさせればその一撃も耐えられてしまう。両腕は火傷で赤い痕がついていたが、それもあっという間に塞がり始めている。
遠距離攻撃ではまともにダメージが通りそうにないので、作戦を変更する必要がありそうだ。
現在のイナリが放つことができる最大の一撃は、命中した斬撃に炎の爆発を伴わせるフレイムバーストだ。
光の魔剣を脳に突き込んでも倒せなかった以上、これをなんとしてでも当てる必要がある。
(短期決戦でなんとかするしかないもんなぁ)
ただでさえ魔物のスペックは人間のものと比べれば高い。
更に今回の場合レベルは間違いなくあちらの方が上なので、あまり長いこと戦いをしていれば厳しくなるのはこちら側だった。
仲間を呼ばれれば間違いなくこちらの負け。
更には燃えさかる娼館が潰れればまるごと生き埋めにされて死ぬ。
なるべく早く至近距離から致命傷を与え、ただちにこの場を離脱する。
それが今のイナリに残された、唯一の勝機であった。
「――シッ!」
「そんな攻撃が……効くわけないでしょっ!」
イナリのファイアスラッシュを耐えたエルナが、そのまま突貫してくる。
拳を握って放たれるストレートは明らかに素人の構えだったが、その拳速は目で捉えることができぬほどに早い。
イナリはダークネスフォグを発動させ、周囲を暗闇で覆う。
魔族に連なる眷属であるエルナにはそれほど効果を発揮しなかったが、それでも隠密スキルで気配を消したおかげで相手の目算を若干ズラすことはできた。
結果としてエルナの一撃は、イナリの顔にわずかにかするだけに終わる。
(……かすっただけでこれかい!)
だがそれでもかなりのダメージがあり、口の中には鉄錆の味が充満する。
この様子では、いいのをもらえば一撃で再起不能になりそうだ。
ヒールソードを使うか迷ったが、どうせ一撃をもらえば終わりなら相手を攪乱させた方がいいと再びダークネスフォグを発動させる。
辺りからはバチバチと火が爆ぜており、遠くからは建物の破砕音が聞こえてくる。
近くにあった支柱のうちの一本が、めきめきと音を立てながら折れていく。
本来なら焦って動き出しそうになる場面でも、イナリは動じていなかった。
激情を内に秘めた彼は、息を潜めながらチャンスが来るのを待つ。
腰の鞘に触れ闇の魔剣を魔力に還元し、彼は今一度己のユニークスキルを発動させた。
――タンッ!
「そこかあああああああっっ!!」
闇の霧の中で音のした方へ、エルナが拳を放つ。
ダメージ自体はしっかりと通っているようで、彼女の動きは最初の頃と比べれば随分と雑になっている。
エルナの放った一撃が命中する。
火の爆ぜる音をかき消すかのような、強烈な破裂音。
彼女の一撃は見事に、水の人形を弾き飛ばしてみせた。
「……えっ?」
「――ふふっ、外れや」
己の一撃が想定外の相手に当たり呆けた様子のエルナの脇をつくように、闇に息を潜ませていたイナリが真横から飛び出す。
彼が先ほど生み出したのは水の魔剣。
水を人型に整形し敢えて大きな音を出すことで、己の居場所を錯覚させたのだ。
「――シッ!」
イナリが放つのは、飛び上がって放たれた振り下ろし。
その威力の乗った一撃を防御しようと、エルナは両腕を頭の上に上げようとした。
「――な、何よ、これッ!」
しかしその動きを、イナリが粘性の水を操り押しとどめる。
それにより生じたのは、突然動きを止められてから、我に返って強引に腕を動かすまでの数秒間。
そしてそのわずかな隙があれば、イナリには十分だった。
「フレイム……バーストッ!」
彼が放った一撃が、未だエルナの頭部に残り続けている光の魔剣へと命中する。
そして質量を持った斬撃が熱を帯び……轟音を轟かせながら、爆発した。
「ぎゃああああああああっっ!!」
断末魔の叫びを上げるエルナ。
彼女の頭に刺さった魔剣は深くその身中を貫いていき……そしてそのまま、ガクッと頭を落とした。
「ふうっ……なんとか、なったねぇ……」
荒い息を吐きながらも、イナリは笑う。
こうして彼はなんとか勝利を収め……突如として身体の内からこみあげてくる熱と鼓動に、レベルアップと新たな魔剣の解放を確信するのであった――。




