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眷属


『ねぇ知ってる? 実は最近○○の街に暮らすうちの子と連絡が取れないのよ。あなた、何か知らないかしら?』


 一見するとただの世間話のテキストにしか見えないこの一文。

 実はこれは『コールオブマジックナイト』において、あるランダムイベントが進行中であることを指す唯一の文言となっている。


 そのイベントとは――吸精鬼による都市陥落である。


 放置していると街にいる者達全てが魔物になり、更にはそれが周囲の街に伝播し……場合によってはストーリー攻略に必要なキャラさえも魔物化することでストーリーの進行が事実上不可能になるという、極めて凶悪なイベントだ。


 パッチによる修正があったおかげで途中からは発生する確率が極めて低確率に変更され、また主要キャラは神の加護によって保護されるようになったため害悪度は大分マシにはなったが……それでもストーリーと関係がないわりに被害規模が大きすぎるイベントとして、呪い界隈では有名であった。


 イナリがキルケランへと向かうのは、辺境伯家の諜報網を使うことで都市陥落イベントの兆候を知ることができたからである。


 イナリにはそこにいる魔族のとある素材が必要だった。

 上位魔族の吸精鬼が持つ吸精魂魄……それこそがミヤビのかかったリンカ病を治すことができる、唯一のアイテムだからだ。







「うぅん、さてどう動くべきやろか……」


 イナリは手慰みに水晶を握りながら、街道を眺めていた。

 今彼がいるのはキルケランの街の隣に位置しているソレラの街へと続く街道だ。

 既に視線の先には、ソレラの街の城門が見えている。


 彼がクルミのようにコロコロと転がしているのは、実家から無許可で持ってきたステータスクォーツである。


 わずかに魔力を流してみれば、水晶には十を示す幾何学模様に似た星のマークが二つと一本線が五つ浮かび上がる。

 すぐにレベルを知ることができるこのアイテムは、今回のイナリの頼みの綱のうちの一つであった。


(うちにも二個しか持っていない超がつくほどの貴重品やけど……この非常時だししゃあなしっちゅうことで)


 彼が吸精鬼イベントを乗り越えるためには、街に入ってから自分のレベルを常に把握しておく必要がある。


 吸精鬼イベントを今のイナリのような低レベル帯でクリアしようとするのなら、都市の中にいる魔物達を弱い順に眷属・下位魔族・中位魔族・上位魔族と素早く倒していく必要がある。

 気取られる前に勝てる相手と戦い、成長し続ける必要があるからだ。


 一手間違えれば即座に死ぬ……今から行われるのはそういった手合いであり、一つのレベルの違いが生死を分けることになるだろう。

 ミスが許されないからこそ、イナリは万全を期して挑むつもりであった。


「……っと、気が逸っていかん。まずは情報収集からや」


 分かれた街道の先に続いているであろうキルケランの街、そこにいるであろう上位魔族。

 その姿を幻視しながらじっと見つめながらも、イナリは一度ソレラの街に入ることにした。




 ソレラの街の様子は、幸いそこまでおかしくはなっていなかった。

 人が住んでいるにもかかわらず誰一人として街中に出ていなかったり、夢遊病患者のような者達がそこら中をほっつき回っていることもない。


 いきなりキルケランに乗り込まないのは、現在のあちらの都市陥落イベントの進行状況を確認しながら、今後の基本方針を練るためである。

 既にキルケランが陥落済みなのか、また魔族達の数と規模はどれほどなのか。


 『コールオブマジックナイト』においてもこのイベントは都市を陥落させる魔族の嗜好や強さなどがまちまちなかなりランダム性の高いものだったので、事前の情報収集は必須だった。


 呪いをやりこんだ自分であれば、隣街の浸食度合いなどを見ておおよその見当をつけることができるはずだ。

 彼は妹のためと自分に言い聞かせ、とりあえず露店の立ち並ぶ方へと歩いていく。


「おっちゃん、この果物一つちょうだい」


「あいよ、銅貨三枚だよ!」


 八百屋でリンゴに似た果物を一つ買い、口に含む。

 品種改良がされていないためかそれほど甘くはなかったが、時間短縮のために駆けてきたイナリの喉の渇きを潤すのには十分なだけのみずみずしさがある。


「おっちゃん、景気はどない?」


「最近はどこも景気が悪くてなぁ……隣のキルケランと比べりゃあまだマシだがよ」


「……キルケランの街がどないしたの?」


「ああ、何でも最近街の様子がおかしくて、まともに機能してないらしいぜ。ご禁制の薬が流行っているせいか街の中にも変なやつらが増えてる、とかなんとか」


「……そっか、ほなまたね」


 イナリはその後も聞き込みを続けた。

 慣れぬ作業に最初は心をすり減らしたが、正直なところ途中からはそんなことを気にしていられる場合ではなくなっていた。


「ふうぅ~……ハハッ、わろけてくるわ」


 調査を終え、近くの宿を取ってベッドに倒れ込む。

 得られた情報とそこから導き出された結論に、イナリは思わず乾いた笑い声をあげていた。


(キルケランの街が既に陥落済みで、既にこの街にも眷属と下位魔族が配置されとる。となるとまず間違いなく、あっちには上位魔族が複数おるはずや。魔族達がいつしびれを切らして王国中に拡がってもおかしないとなると……あかん、想定してる中でもいっちばん最悪のパターンやん)


 レベル二十五で上位魔族に挑むというただでさえ高難易度の討伐に挑戦しようとしているイナリだったが、現実は彼の想定よりも更に下を行っていた。


 だがだからといって、彼の行動指針がブレることはない。

 たとえそれがどれだけ無謀なものであったとしても、ミヤビを助けるためにはやるしかないのだ。


(……けど逆に言えば、これはチャンスでもある。今は中位以上の魔族の乱入が無い状態で眷属と下位魔族を狩れる、またとない好機や)


 恐らく今のイナリが中位魔族以上と戦えば、間違いなく一方的に殺されることになる。

 だが少なくともこの街においては、その心配をしなくてもいい。


 現時点では眷属相手なら手段を選ばなければ勝負にはなり、下級魔族を相手にすれば勝つのはほぼ不可能でも、逃げることくらいはできる……といった塩梅だ。


 自分より上位の魔族に来るべきのための潜伏を言いつけられているはずの下位魔族達が、全てをかなぐりうってまでこちらを殺しに来ることはない……はずだ。


「よし、ほんなら疲れを取ったら、早速動こか」


 イナリは人のいなくなる夜までゆっくりと身体を休め、集めた情報を下に行動を開始することにした。


 まず向かう先は既に突き止めている眷属の居場所――娼館『夜の蝶』である。

 眷属は今後戦う魔物達の中では最弱だが、それでもまだイナリからすれば格上の相手である。


 イナリは油断することなく、闇の魔剣を使いその身を漆黒で覆い、夜の街に溶けてゆく――。

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