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天敵


 この世界で、魔境とは魔物が生息する地域のことを指している。

 ただ魔物が存在している場所は、何も魔境だけに限らない。


 本来は野生動物しかいない森林に突然発生的に魔物が生まれることもあれば、魔境を抜け出した魔物が野良の魔物として街道に出る事例なども少なくない。


 基本的に魔物は低ランク帯の種族であっても、人間に対して害をなす。

 それは彼らの存在の根幹に、人間に対する憎悪が植え込まれているからだ。


 その事実は五歳児並の知能しか持たぬゴブリンでも、高度な知能を持つ個体であっても変わらない。


 ……いやむしろ、そのような高い知恵を持つ個体こそが、最も悪辣なのだ。

 彼らは人間を侮蔑し、家畜と捉え、それを嬲りその尊厳を冒すことに愉悦を見出す――生来の人類の天敵なのだから。



 ウェルドナ王国中央に位置している交易都市キルケラン。

 魔境にほど近く物資の中継を主な財源としているこの地域には、現在深い闇が根を下ろしていた。


 キルケランの町並みは表向きは何一つ変わらず、ウェルドナでも随一の美しさを誇ると言われる一面オレンジ色の屋根を持つ家々も、以前と同様に立ち並んでいる。

 その屋根のうちの一枚が、いきなり大きく陥没し、弾けて割れる。


「ふむ……」


 破壊をもたらした者は壊れた屋根の上に立ちながら、じっと佇んでいる。

 それは身体に闇を纏っており、その額には一本の蒼い角が生えていた。


 その者と夜の街との境界は非常に曖昧で、その存在感はその場にいるとわかっていても見失ってしまいそうなほどに希薄だった。

 彼は暗闇にその身を溶け込ませながら、眼下に広がる町並みを見つめている。


「ククク、鬼ごっこも悪くないが……いささか飽きてきたな」


 男とも女とも取れる中性的な声をしたその何かは、にやりと笑う。

 その笑みはあまりにも邪悪で、端正な顔立ちをしている分、よりその異常性が引き立っていた。


「さて……次はどんな筋書きにするのが楽しいかな?」


 その視線の先にいるのは、二人の人間。

 壮観な顔つきをした全身甲冑の大男と、幸の薄そうな顔をした、修道着に身を包む一人の少女であった。





 この世界における国教はその名を聖アラム教と呼ばれ、通称聖教の名で親しまれている。

 聖教はピラミッド式の上意下達の組織作りが成されているが、その中にたった一人だけ、ある役職の者はピラミッドの外に置かれることになる人物がいる。

 その役割を担う人間を、人々はこう呼ぶ。

 神に愛された清らかなる子――聖女と。




「――聖女様、お逃げくださいっ!」


「そんなこと、できるわけがないでしょうっ!」


 夜の街を駆ける二つの影があった。

 一人は全身甲冑を着込んだ偉丈夫、そしてもう一人はその顔に憔悴の色を隠せないでいる少女――今代の聖女ローズだ。


 聖女はこの世界の根幹に大きく関わる存在であり、『コールオブマジックナイト』において最終的にラスボスである魔王の弱体化に大きく寄与することとなる、神に選ばれた少女のことを指す。

 では彼女が『コールオブマジックナイト』のヒロインかと聞かれれば、その答えは否である。


 ヒロインである少女が聖女として選ばれることになるのは、今から一年以上ほど後の話。

 つまりそのタイミングで、聖女は代交替をすることになる。


 彼女――ローズはゲームにおいて先代聖女として、その名前だけが出てくるキャラクターである。

 だがここは『コールオブマジックナイト』の世界ではあっても、この世界の人達にとっては紛れもない現実。故に時は現在進行形で流れ、物語は紡がれてゆく。


 ローズと彼女を守るための聖騎士であるフォアは、各地を巡回しながら布教と教化を行う聖騎士団……そのただ二人の生き残りであった。


「まさか魔族共があれだけ強力とは……聖女様は急ぎ援軍をお呼びください。このままでは……この街がっ!」


「援軍と言われても……聖騎士団は既に壊滅状態です。今から領主に援軍を頼んだところで……」


「それでもです、聖女様。私達は今、あなたを失うわけには――っ!?」


 フォアが咄嗟に剣を振り上げると、薄暗がりの中に火花が散った。

 突如として現れたのは、蒼い角を持つ人型の化生――魔物の進化の最終到達系である魔族であった。


「フフフ……楽しませてくれよ」


 魔族の男が手を振り下ろせば、その爪が瞬時に伸びフォアの胸元へと襲いかかる。

 それを防げば、再び火花が上がった。

 剣とぶつかり合っても、爪に傷がついた様子はない。


 魔族は爪を伸縮自在に操り、一つまた一つとフォアへと傷をつけていった。


「――光あれ!」


 聖女ローズは光魔法を使い魔族を弱体化させ、フォアの傷を治していく。

 けれどお互いの腕の差は歴然で、フォアの身体には回復しきれず傷が増えていく。


 高速でめまぐるしく続く戦いの中、先に限界を迎えたのはフォアの持っていた鋼鉄の剣であった。

 彼は剣を投げると、腰に提げていた小刀の柄に手をかける。


「聖女様ッ!」


「……くっ!」


 ローズはそのまま踵を返すと、闇夜の中を駆けていった。

 その様子を魔族の男は、醜悪な笑みを浮かべて見つめていた。


「やらせるものか……我々は、お前達魔族には屈しない!」


「そんなに気張らなくても、殺すつもりはないよ。今のところは……だけどね」


「一体どういう意味だ?」


「聖女は撒き餌さ。彼女が各地を巡り敵を討つための仲間を募れば、それだけ強くて美味い餌達がやってくる。ああ……考えるだけでよだれが出てくるよ」


「貴っ様ぁっ!」


 激昂し、小刀を振り上げるフォア。

 彼の一撃をするりと避けた魔族は、その胸に鋭利な爪を突き立てる。


 血が噴き上がり、フォアの意識が遠のいていく。

 高笑いを続ける魔族の男を視界に収めながらも、彼の脳裏には先ほど闇の中に消えていったローズの姿が浮かんでいた。


「聖女、様……」


 そのままフォアはドサリと倒れ、その瞳から光が消えていく。

 そんなフォアの亡骸を、魔族の男――カーマインはぐしゃりと踏み潰した。


 魔族は人間を侮蔑している。

 カーマインにとって人間とは、すなわち狩りの対象であった。

 人が犬追い物をするのと同じように、彼は人に自発的に動いてもらいながら狩りを楽しむ。


「あー……やっぱり人間っていいよなぁ。自己犠牲に執着心……本当に愚かで、慈しんで、壊したくなるよ」


 かつてフォアだったそれを軽く啄みながら、カーマインは嗤う。

 街に彼の声が木霊するが、それを聞きつけてやってくる衛兵はいない。


 この街キルケランは既に、カーマインが陥落させているからだ。

 ここは彼にとっての箱庭であり、そして人間を追い立てて狩るための狩り場であった。

 彼は更なる餌を求め、聖女を街の外へと脱出させた。


 ――それが本来であれば生まれなかったはずの、とある縁を結ぶことになるとも知らずに。

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