仲間
「なあんだ、そういうことでしたか。誤解させんといてくださいよぉ」
「か、勘違いが解けて何よりや……」
感情が抜け落ちた様子のミヤビを宿へ連れて行き、懇切丁寧に説明をした結果、誤解はきちんと解くことができた。
どうやら彼女は自分が見ていない間に、イナリに女ができたと勘違いしていたらしい。
ギルドでイナリ達のことを見ていたのは、マクリーアのことを見定めるためだったのだという。
詰め寄ってくる姿がかなり鬼気迫るものだったせいで、イナリは少し腰が引けていた。
(でも、そない怒ることないと思うんやけどなぁ)
イナリは辺境伯家の嫡男だが、一応現状で婚約者が決まっているわけではない。
立場的に子供を作るわけにはいかないが、火遊びをする程度なら何も問題はないはずなのだが……先ほどミヤビの様子を見れば、正直な気持ちを口にする勇気はなかった。
「ミヤビはこれからどうするつもりなん?」
「もちろん、兄ぃと一緒におるつもりですよ?」
何を当たり前のことを、と言わんばかりの様子のミヤビ。
その両腕はイナリの右腕をがっちりとホールドしており、その完璧な笑顔には有無を言わさぬだけの凄みがあった。
王都で仲直りをしてからというもの、ミヤビはいつもイナリにかなりべったりとくっつくようになっている。
ミヤビは美人だしかわいい妹でもあるのでもちろんやぶさかではないのだが、イナリも一応思春期の男子。
現時点でも美少女であり、将来的にはとんでもない美人になりそうなミヤビにずっとくっつかれていると、やはり心が安まらない。
「いい加減離れぇな」
「いやです」
「これ以上するなら、僕ミヤビのこと嫌いになんで?」
「兄ぃがうちのこと嫌いになるわけないから、離れません」
「はぁ、これや……マクリーアも何か言ったってぇな」
「な、仲がいいのは大変素晴らしいことかと!」
先ほど殺気混じりの視線を叩きつけられたマクリーアは、ピシッと姿勢を正しながらただそう言うだけであり、まったく使えないお目付役だった。
まあ父の配下の彼女に何かが言えるわけもないので、当然と言えば当然なのだが。
「といってもなぁ……今はええけど、ずっと一緒にいるわけにはいかんで。僕はこれからこのアラヒー高原のボスを倒して、次の魔境に行くつもりなんよ」
「ならうちも兄ぃについてきます。うちのユニークスキルがあれば、足は引っ張りません」
「うーん、たしかにそれはそうなんやけどなぁ……」
ミヤビがあまり王都を離れすぎるのは、教育的にあまりよろしくないだろう。
家庭教師から教わらなければいけないことはまだまだあったはずだ。
このまま自分についてきたせいで魔法学院の試験に落ちてストーリーから外れていく……というのはあまりよろしくはない。
かわいい妹をみすみす勇者に渡すつもりはないが、かといってストーリーラインが外れてしまうほどに逸脱をしてしまっては自分の優位性がなくなってしまう。
兄としてはなかなか難しいところだった。
「家庭教師なんて必要ありません。だって……ほら、うちの近くにはこんなに優秀な教師がおりますし」
くいくいっと袖を引っ張りながら、上目遣いでこちらを見つめてくるミヤビ。
思わず喉の奥をヒクつかせるイナリは、ふと落ち着き、たしかに一考には値するかもしれないとそうなった場合の未来を予測してみることにした。
(ふーむ……たしかに、僕が教えるっちゅうのもありやな。僕の時間は少し取られることになるけど、信頼できて将来性抜群な後衛が手に入ると思えば、そう悪いことでもない。教える時間に魔剣創造の熟練度上げでもしといたら、時間のロスもほとんどないわけやし)
ミヤビがついてきたいというのなら、なるべく彼女の言うことは聞いてあげたかった。
今まで構ってあげられなかった分、兄として妹をかわいがってやりたいという気持ちも強かったからだ。
「ええよ、僕がミヤビの教師したる」
「ほんまですか!? おおきに、兄ぃ」
「ただやるとなったら手は抜かんで? 朝から日が暮れるまではみっちり魔物との戦闘、日が落ちてからは寝るまで勉強、もちろん基本的に休みはなしや」
「もちろん、どんとこいです! うちも兄ぃには負けてられまへんし」
言っていることはかなり厳しいはずなのだが、ミヤビはそれでも嬉しそうに頷いた。
どうやらイナリに厳しいトレーニングメニューを言い渡されるのも織り込み済みだったようで、あまりにあっさりと受け入れるミヤビをマクリーアが目を見開いて見つめている。
「それならさっそく、アラヒー高原に行こか。日が暮れかけやけど、軽く案内したる。……旅疲れで動けないなんてやわなこと、もちろん言わへんやんな?」
「当たり前やないですか。兄ぃにもうちの力を見せてあげます」
二人は颯爽と高原へ歩き出し、マクリーアはそれに慌ててついていく。
既に夕日が落ち始めているが、二、三回戦う程度なら問題はないだろう。
ミヤビの持っている力がどれほどのものなのかを楽しみにしながら、イナリは帰ってきたばかりの街を抜け再び高原へと向かうのであった……。




