説明
月日が流れるのは早く、イナリがリベットの街にやってきてから、早いもので既に一ヶ月の時間が経過していた。
「ふわあぁ……毎度のことながら帰り際はしんどいなぁ。マクリーアもそう思わん?」
「そ、そうですね……。それなら早く帰ればいいだけな気もしますが」
「それだと魔物が狩れんやんか。時間がもったいないて」
アラヒー広原から帰るイナリの背中には、どっさりと大量の戦利品が担がれている。
その脇をそれより更に大きなリュックをパンパンにしながら歩いているマクリーアは、少し戦慄しながらもなんとか相づちを返す。
(な、なんで一月でここまで冒険者に順応してるわけ!? この人ってただの貴族のおぼっちゃんじゃなかったの!?)
イナリがやってきてからというもの、マクリーアの日々は驚きの連続だった。
同行しながらさりげなく危ない魔物から離していればいいと思っていたのだが、なにせこの辺境伯家の長男はとにかく危険なところにガンガン自分から首を突っ込んでいく。
『レベル上げには必要なことやから。見敵必殺はゲームの基本よね』
(基本なわけないやろ! 冒険者はゲームちゃうねん! 負けたら終わりの一回勝負やねん!)
頭の中に浮かんできたイナリの言葉に、軍属になってからはあまり口にしなくなった方言でツッコみながら、マクリーアはこの激動の日々を思い返す。
イナリは自分で言っていた言葉の通り、文字通りにこのアラヒー高原の魔物達を皆殺しにする勢いでひたすら狩りまくっていた。
たとえそれがこの中で最も弱いスライムの魔物であっても必ず焼き殺すその執拗な様子は、何年もの間冒険者稼業をしているマクリーアからしても異常の一言に過ぎる。
『雑魚い魔物も貴重な経験値なのには変わらんからね』
などとイナリは言っていたが、通常冒険者をやっている人間はそんな考え方をしない。
彼らは生きていくのに必要な分の金を稼いだら、疲れで動きと判断が鈍る前にさっさと帰る。
たしかに戦闘の数はこなせるかもしれないが、それで判断を誤って死んでしまっては元も子もない。何事も命あっての物種だという考えが普通なのである。
けれどイナリは違う。
彼はどれだけ疲れていても見た魔物は必ず倒し、その全てを倒していく。
そして吸収が可能な素材は全て魔剣に吸わせていき、疲れを感じればヒールソードで自ら自分を斬って癒やしていくのだ。
あの剣で回復できるのは肉体的な疲労だけなので、精神的な疲労に関してはどうしようもないはずなのだが……どうやらそういった常識的な話は、彼には通用しないらしい。
(あのユニークスキルもめちゃくちゃよ。条件があるとはいえ、使えば使うほど強くなっていくスキルなんて聞いたことがない)
ユニークスキル持ちの割合は、全体の一%にも満たない。
けれど戦闘を生業にする冒険者という業界においては、名を轟かせている人間は大抵の場合ユニークスキルを所持していることが多かった。
マクリーアにもユニークスキル持ちの知り合いは何人もいるが、正直なところイナリの持つ魔剣創造はそれらとは一線を画している。
スキルを使用し、魔物の素材を吸収させていくことで持ち主と共に強くなっていくスキル。今はイナリもスキルも育っていないのでまだまだ発展途上ではあるが、これが成長した時に一体どんな大輪の花を咲かせるのか……それが少し気になり、それ以上に恐ろしくもあった。
(それに……)
たしかに彼の持つユニークスキルは強力で、その成長性も抜群だ。
けれどマクリーアが感じている異様さはスキルだけではなかった。
むしろ彼の精神性の方が、マクリーアからすれば特異に思えてならなかった。
イナリがアラヒー高原で冒険者を始めてからというもの、彼はただひたすらにレベルアップのための研鑽を続けていた。
日が出ている間は、そのほぼ全ての時間を魔物狩りに費やし、空いている時間でユニークスキルの習熟度上げを続ける。
寝ている時間は全て鍛錬に費やしているような状態だ。
普通この年代の子はなかなか自分を律することができないものだ。
マクリーアも彼くらいの年齢の頃は、遊んでいた記憶しかない。
だというのに本来は学生をしているはずの彼は脇目も振らず、遊ぶ時間さえほとんど取らずに、朝早くから日が落ちるまではずっと魔物の討伐をし続けている。
傍から見ていてそのストイックさは、恐怖すら感じるほどであった。
「ねぇ、そろそろいけるんとちゃうかな。あのボス相手にしても」
「……そうですね、ただ前衛が二人だと少し厳しいかもしれませんが」
「あー、後衛かぁ。今更仲間募んのも面倒やし……ソロで倒せるようになるまで粘るべきかなぁ」
アラヒー高原の魔物が絶滅するのではというほどの勢いで戦い続けている甲斐はあり、既にイナリのレベルは二十を超えていた。
適正レベルが十三前後とされているこのアラヒー広原では、もはや狩り場として物足りなくなりつつあり、レベルの上がる速度もここ最近は明らかに鈍化している。
たしかにイナリが言っていたボス――このアラヒー広原の捕食者の頂点の魔物相手に戦うのにはいい頃合いかもしれない。
ただマクリーアからすると、現状で挑むには少し戦力が足りていない気がした。
前衛二人で挑むには、あの魔物は少々相性が悪い。
可能であれば後方から継続的にダメージを与えられる後衛が欲しいところであった。
「……ん、なんか変やな」
「そうでしょうか?」
「妙な感じや……多分やけど、誰かに見られてるな」
アラヒー広原を抜けリベットの街のギルドに戻ってきたイナリ達。
マクリーアは気付かなかったが、イナリはどこかから視線を感じているらしい。
すわ刺客かと戦闘態勢を取る二人だったが……近寄ってくる少女の姿を見て、イナリはすぐに警戒を解いた。
「兄ぃ、会いたかったですぅ!」
「そない大げさにせんでもええやろ……ミヤビ」
彼らを遠くから観察し、そしてやってきたのは――王都からものすごい勢いでこちらにまでやってきたイナリの妹、ミヤビであった。
ミヤビはイナリに抱きつき、その肩に顔を押しつけながらすんすんと匂いを嗅ぐ。
そして満足したらスッと真顔になり、マクリーアの方を向く。
その瞳からはハイライトが消え、その視線には明らかに殺気が乗っていた。
「ねぇ兄ぃ……この女、誰? 説明……してくらはりますよね?」




