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魔境


「うーん、風が気持ちええね」


「そ、そうですかね……?」


 ドーワン相手の大立ち回りを起こした次の日、イナリはアラヒー広原へとやってきていた。

 そのすぐ隣には、剣を構えているマクリーアの姿がある。


 彼女はゴウクが話を聞けと言った元武官……早い話が、アラヒー広原の魔境探索におけるお目付役であった。


(そんなのいらん……と言いたいとこやけど)


 引率をつけられるというのは子供扱いを受けているようで嫌なのだが、考え無しで魔境に突っ込むよりはマシだと思うことにした。


 イナリは誰かに頭を下げて情報を聞き出したりすることに致命的に向いていない。

 冒険者の生の声が聞ける機会など、ほとんどないに違いない。

 せっかく来てもらったのだから、使い倒さなければ損というもの。


「やっぱり魔境はええね。油断すればまるごと持ってかれそうな殺気感じるわ」


「はぁ、そういうものでしょうか……?」


「なんや、マクリーアは戦うの好きやないの?」


「うーん……好きというより、これしかできることがないので仕方なくという感じでしょうか……家事や裁縫のスキルがあれば、私だって……(ぶつぶつ)」


 瞳から光が消えダークサイドに落ちかけているマクリーアを見て笑っていたイナリの目は、突然スッと細められる。

 彼は魔剣創造を使い炎の魔剣を生み出すと、両手に握り構えを取った。


「それじゃあ、とりあえず僕の戦いの様子を見といてくれる?」


「えっと……はい、わかりました」


 イナリはぐるりと右側に回ると、そこに置かれている大岩に身を寄せた。

 そしてすっと顔の右半分を出しながら、現れた一体の魔物の姿を観察する。


「プギィ……」


 そこにいたのは豚頭の異形――オークであった。

 全身はピンク色で、蓑のようなものを腰回りに巻いている。


 手に持っている武器は錆びた鉄剣だ。恐らく冒険者から剥ぎ取りでもしたのだろう。

 体躯はおよそ二メートル前後と、イナリよりかなり大きい。


 身体の至る所から血管が浮き出ており、全体を覆う脂肪越しにもその身体が筋肉質であることがわかる。


 オークのランクはD、未だ登録を終えFランクになったばかりのイナリからすれば一応格上にあたる。

 ただオークはこのアラヒー広原で生計を立てる冒険者の主な収入源の一つであり、討伐自体はさほど難しい得物ではない。

 最初に戦うのにちょうどいい相手と言えるだろう。


「プゴォ……」


 どうやらオークは餌になる獲物を探しているようで、きょろきょろと辺りを見渡していた。 さっと後ろを振り返ってみると、そこに既にマクリーアの姿はない。


 この高原は岩や斜面など、身を隠す場所は案外多い。

 だがイナリには彼女がどこに隠れているか、数秒ほど確認をしないとわからなかった。

 マクリーアの隠形がそれほどに優れているということであり、自分がそれだけ未熟だということでもあった。


(隠密や隠形系のパッシブスキルをいくつか持っとるんやろな。……あれ、となると武官って言ってもどっちかといえば諜報とかそっち系の子なんやろか?)


 考えが脇道に逸れかけたので、意識をオークの方に戻る。

 オークはこちらに背を向けながら、何かにじっと目を向けていた。

 その視線の先にいるのは、Eランクの魔物であるゴブリンだ。


(ちょうどええ、二体まとめて食ろてやるわ)


 イナリはそのまま足音を殺しながら駆けていく。

 勢いよく疾走しているにもかかわらず、その足音は驚くほどに小さかった。

 彼が持つ闇の魔剣の持つパッシブスキルである隠密(小)による補正である。


 気付かれることなく背後を取ることに成功したイナリは、そのまま背後から闇の魔剣を首筋に突き立てた。

 そして逆の手で、走りながら精製していたもう一本の魔剣に魔力を流し込む。


 生み出すのは水の魔剣。

 この魔剣の持つスキルはパッシブスキルである防御力上昇(小)のみ。

 けれど水の魔剣は彼が当初思っていたよりはるかに優秀で、狩り向きな特性を持っている。


 刀身に魔力を流し込むことで、水は彼が意図した通りにオークの顔を覆ってみせた。

 水の粘性を上げてから、そのまま前方へダッシュ。

 オークが狙っていたゴブリンの方へと向かっていく。


「グギャギャッ!?」


 オークから逃げようとしていたゴブリンは、突如として現れた乱入者によって明らかに動揺していた。

 その隙を突くように魔剣を使いさっくりと処理をする。

 Eランクの魔物だと流石に相手にならないようで、ゴブリンは一撃で倒すことができた。


 くるりと振り返ると、そこには息ができずに暴れ回るオークの姿があった。

 下手に入って怪我をするのも嫌なので、火魔法を使って処理をすることにした。


 魔剣創造の習熟度と魔剣のレベルを上げるためには炎の魔剣を生み出してファイアスラッシュでちくちくと削ってもいいのだが、今回の探索はある程度の長丁場になる予定だ。


「――ファイアランス」


 彼の指先から生じた炎の槍がオークの胴体に突き立ち、その全身を焦がしていく。

 ここ最近は使う機会が減ってはいるが、イナリは魔法学院の入試で五指に入る程度には魔法も得意としている。


「……んん?」


 わずかに感じる違和感。

 攻撃魔法を使うのはかなり久しぶりだったが、以前よりも発動が滑らかになり、威力も上がっている気がした。

 魔法の練習は腕が鈍らない程度にしかやっていなかったので、考えられる要因は一つしかない。


(魔剣のレベルを上げると、魔法の威力も上がるってことなんやろね……多分)


 魔剣創造は本来敵キャラであるイナリが使うユニークスキルであり、わかっていない部分も多い。

 どうやらこのスキルには、まだまだ隠された力がありそうだ。


「うわ、エグ……」


「ねぇマクリーア、何か言いたいことあるんなら言ってもええんやで?」


 気付けば背後に現れていたマクリーアのあまりな一言に、イナリはくるりと振り返る。

 その様子を見たマクリーアはさっと顔を青くしてから、ずんずんと前に進み始めた。


「こ、このアラヒー高原の強い魔物ですよね! こっちにいますから、こっちに! この先・輩・冒険者であるマクリーアについてきてくださいね!」 


「……変わっとるなぁ」


 自分が変わっていることに自覚のないイナリは、毒気を抜かれ言われるがままついていくことにした。


 こうして変わり者二人は半日ほどかけてアラヒー高原を周り、出現する魔物のおおよそを確認してからリベットの街へと戻るのであった。

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