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怪異滅殺系⭐︎魔法少女三連星〜きさらぎ駅編〜

作者: 奈良乃鹿子

 ふと、虫の知らせが過ぎって偶然目が覚めた。


 がたん、がたん、と音が規則的に響いている。外を鳴り響く轟音はおそらくトンネルのせい。ということはこの電車は現在トンネルの中を走行中ということか。


花梨は手に持った買い物袋を取り落とさないように再度握り直しながら薄らと目を開いた。


 ぼんやりと涙を張った視界を左右に向ける。両隣に座っている結海と沙羅はまだ目を覚ましていないようだった。どうやら3人揃って寝こけていたらしい。珍しいこともあるものだ。ふわあ、と欠伸をひとつして車内を見渡して、で。


 花梨はこてりと首を傾げた。何故って車内にあれほどいたはずの乗客が一人残らず消えていたから。耳を済ましても電車の揺れる音とトンネルを風が擦る音しか聞こえない。


 頭に過ったのは降り過ごしと車庫行きの可能性。というかまあそれしかありえないだろう。


 花梨は溜息をひとつ吐くと、まずは左隣ですうすう寝息を立てている沙羅の頭を叩いた。若干不眠症の気すらある沙羅は一発目の攻撃でびくんと肩を揺らして両眼を開く。花梨は残念そうに構えていた2発目の拳を下げた。


「……っい、って、え? 何? なに? 到着するまでは起こさないでくれって言ったじゃん」

「おはよう沙羅。残念ながら到着どころか通り過ぎちゃったみたい」


 そう花梨が周りを指し示せば、寝起きのぼんやりした表情のまま沙羅はゆっくりと首を動かして周囲を見やった。まだ半分しか開いていない瞳がしっかり時間をかけて瞬きをする。回転の早い頭は寝起きでもすぐに状況を掴んだのだろう。ひどく面倒くさそうにぐしゃりと頭を掻き乱した沙羅は、のっそりと息を吐いた。


「……全員寝過ごしたか」

「ボクが起きた時にはもうボクたち以外の人は皆いなくなっていたの。困ったね。とにかくまだ門限の時刻を過ぎていないといいんだけど」


 そう花梨はスマホを取り出して時刻を確認したけれど、どういうわけかスマホの画面に映る表示は見事に全て文字化けしていて読み取れない。これではメッセージを送ることもできないだろう。というかそもそも電波も通じていないような気がする。最悪だ。


 右手に引っ掛けたままのビニール袋がカサカサ言うのがウザったくなって、花梨は小さく舌打ちをした。もし寮母にそんなところを見られてしまえば確実に一週間は罰則を喰らうだろうが、今ここには結海と沙羅しかいないのだから問題ない。


 それにイエス・キリストも電車内で舌打ちをしてはいけないとは言っていなかった気がするから大丈夫。


 そう花梨が脳内で聖書のどの箇所にも舌打ちに関する言及がなかったことを丁寧に確認している間に、沙羅は結海を叩き起すことに成功したようだった。


 案外この3人の中で最も寝汚い結海は一旦眠ると滅多に起き出さない、けど、流石につむじ周りのツボをぐりぐり容赦なく押されればのその目を開く。少しずり落ちた眼鏡越しに人でも殺しそうなくらい機嫌の悪い瞳が見えた。


「……なん……で、すか」

「朝だよ結海」

「その寝起きの目付き、いい加減誰かに通報されるよ。てか私が通報する」

「……は?うるさ……」

「沙羅、残念ながら電波が通じてないみたい」

「嘘!? じゃあ通報できないじゃん」

「うるさ……」


 地面を這いずるようにそう呟いた結海は、眼鏡を直そうと3回指先が空を掻いて4回目でやっとフレームに指先が触れた。普段ならまともに動き出すまでにあと30分はかかるので今日は破格だ。


 頑張ったねえと花梨は結海の寝癖まみれの頭をぐしゃぐしゃ撫でた。いっそう結海の顔は引き攣った。




 花梨と結海と沙羅がこうして3人で学外に出掛けるのはこれが初めてではなかった。


 花梨たちの通う山奥の全寮制学園は、基本的に特別な許可がない限り外出を許可されない。それも当たり前で、この魔法という神秘が途絶えてから久しい現代日本では花梨たち魔女は極力人と接触せず生きることを強いられているのだ。


 だからこの世界で生まれた数少ない魔女たちは幼いうちから学園に送り込まれて、魔法をまともに制御できるようになるまで閉じ込められる。


 では何故花梨たちは外出許可が得られるのか。話は単純。花梨たちがとてつもなく優秀な魔女だからである。


 魔術コントロールはお手のもの。蝋燭に優しく点火することも、街一つ吹き飛ばすことも瞬き一つで容易くやってみせる。そんな化け物じみた魔女が花梨と結海と沙羅だった。


 なのでそんな花梨たちの行動を教師側もまともに制御できておらず、もはや逆に諦めて利用している節があった。


 とかく最近の花梨たちは、学校の空き教室で菓子パしたり寮で徹夜ドラマ鑑賞会をしたり深夜に1枚の毛布に固まってくるまりながらホラゲをプレイしたりと充実した日々を過ごしていた。たまにこっそり学園を抜け出しては街に繰り出して本屋巡りだってするし、放課後に人気のカフェでお茶をしながらテスト勉強を一緒にしたりもする。そんな友達的ななにかなのである。

 

 で、そんな友達的ななにかである花梨たちは本日は学園長のお使いに駆り出されていた。何やら学園長が取り寄せの難しい貴重なインクを切らしたとかで、放課後に寮で第38回ナンジャモンジャ選手権を行っていたところの花梨たちに突撃訪問をかまして雑用を押し付けたのである。


 花梨はまあキレた。なんてったってあともう少しで花梨の勝ち逃げが叶う局面だったし。結海もキレた。必死の形相で「ネオ砂時計撲殺事件!」とかカードに向かって叫んでいるところを目撃されてしまったので。沙羅もキレた。単純に学園長が嫌いだったので。


 というわけで楽しいゲームの時間を邪魔されてブチ切れた花梨たちにたじたじになった学園長は、対価として某有名カフェのドリンクチケットをそれぞれに5000円分捧げて雑用を押し付けて逃げていったのだ。




 そして今、無事にインクの入手に成功した花梨たちは、ほぼ無人の電車の中で困惑して首を傾げていた。


「えっと、駅員は乗車しているボクたちに気づかずに車両を車庫送りにしちゃったのかな? 職務怠慢じゃない?」

「明らかに確認不足ですね。どうします? クレーム入れて運賃返還させます?」

「結海は黙ってな。守銭奴は嫌われるよ。……それでどうする? 電波は繋がらないし、とりあえず停車するまで待つ?」

「そうだね……。流石に電車から飛び下りる訳にも行かないし、」


 と花梨がそこまで口にすると、真っ暗に沈黙していた車内の電子表示板がじ、と嫌な音を立てた。配線を組み違えて火花が飛んでしまった時のようなアレだ。花梨が反射的に音の方向へ杖を構えて振り返ると、表示板は相変わらずばちばちと嫌な音を立てながらその文字列を表示した。


「きさらぎ、駅?」


 次は、きさらぎ駅。その文字列を正しく読み取ると同時に、静まり返っていた車内にノイズ混じりのアナウンスが響き始める。異常事態を察知する嗅覚は3人とも人より優れている自覚があった。


 花梨と同じく立ち上がってペンを構えた結海と沙羅は、花梨の死角側を庇うように背中合わせになる。


「沙羅さん」

「魔女の気配は私たち以外はなし。時間かかるかもしれないけど探知魔法使っとく?」

「やめるべきだと思う。異常空間での魔法行使は魔力を大幅に消耗させる。温存するのが最適解だよ」

「同意見です。ひとまず花梨さんの攻撃魔法は万が一のためにも温存しときましょう。……怪異案件ですかね?」

「恐らく」


 沙羅の確信を持ったその返答に、結海と花梨はほぼ同時に溜息を吐いた。


 怪異。異常現象。正式名称で言うならば幻想魔力生命体。一個上の先輩の言い方を借りるならおばけちゃん。まあ魔女なんてのを目指していればそのような存在に絡まれることは多々ある。彼ら怪異にとってみれば魔力を潤沢に持つ花梨たちのような存在はいいオヤツなのだ。


『次は〜きさらぎ〜きさらぎ駅〜』

「うるさ」

「耳馴染みのない音だね。キサラギ? この辺の地名じゃなさそうだけど」

「少なくともこの県にそんな地名なかったくない? 駅新設された?」

「なわけないでしょう。ど辺境のローカル線ですよ。減ることはあっても増えることはないでしょう」


 そう嘯いた結海は、列車の進行方向を見据えて目を細めた。


「……ライトが見えてきました。恐らく駅です」


 耳障りな風切り音が少しづつ小さくなる。すなわち減速。がたん、がたん、と日本の鉄道網に使われている最新鋭の車両にしてはうるさすぎる音を立ててやっと電車は停車した。


 どうやら目的地はトンネルを抜けた先にあったらしい。ついさっきまで1面真っ暗だった窓越しの景色は、見たこともない田舎の無人駅へと様変わりしている。


『終点、きさらぎ駅〜お降りの方はお気をつけて……』


 ノイズ混じりのアナウンスとともに扉が開く。降りるべきか。無言で視線を交わした花梨たちは、ひとまず怪異の思う通り下車することを選んだ。まだ相手の正体も目的も見えていないうちはその意志通りにことを進めたほうが安全性が高い。

 

 暖房の効いた車内から1歩出るとひゅう、と冷たい風が頬を撫でて花梨は今が冬であることを思い出した。空を見上げても太陽はとっくに沈みきったあとのようで、微かな星あかりと頼りない蛍光灯だけが光源だ。


 縁のあたりが欠け始めているコンクリート製のホームに3人揃って足を乗せれば、花梨たちをここまで連れてきた電車はピシャリと扉を閉めて走り去っていく。


「……降りない方がよかったですかね?」

「いや、あのままこれ以上知らない場所に連れられるほうが不味かったと思うよ」

「そうだね。にしても今何時? 私たちが電車に乗ったのは3時頃だったよね? この日の沈みっぷりを見るに最低でも1時間以上は電車に乗っていたことになると思うんだけど」

「今日の日没時刻何時ですっけ」

「16:31。付け加えて言うなら今日は新月じゃないからこの空に月が見えない以上この場所の時間関係はぶっ飛んでる。星の位置もこの時期の日本じゃありえないね〜。私たちが寝ている間に超大規模な天体移動があったか、私たちが空間型怪異に呑まれてるかの2択ってとこ」

「選びようのない2択やめてください。……星の位置から逆算して大体の現在地割り出せたりします?」

「出来るけど意味なくない? どうせ時空間がねじ曲がってるって結論出るだけでしょ」


 そう沙羅が吐いた溜息は白色の煙となって消えた。打つ手なし、出来ることなし。

 

 ひとまず花梨はくるりと駅全体を見渡した。とても小さな無人駅で、ホームには駅名の書かれた看板といくつかの壊れかけの椅子くらいしかない。探索をしようかとも一瞬思ったが、この狭さともののなさでは無駄打ちに終わりそうだ。


 次に花梨が視線を向けたのはホーム下の線路。その無言の目の動きに同調するように、結海は大きく頷いた。


「定石通り探索とかダルいですし、もう適当に脱出しましょう」

「……あんたたちにしては無鉄砲じゃん」

「だってここ、何もないじゃないですか。何がキサラギだか知りませんけれども見知らぬ怪異のルールに合わせてやる義務はわたくしたちにはありません」

「線路を歩いて移動するのはルール違反だけど……」


 まあ仕方ないよね、と花梨はにっかり笑った。寮母もいないことだし、割り切りと見て見ぬふりは大事。そもそも最初にルール違反を犯して花梨たちをこんな場所に送り込んだ怪異が100で悪い。正当化終了。


 花梨は蛍光灯で薄く照らされたホームから躊躇うことなく真っ暗な線路に降り立った。次いで続くように結海、最後に沙羅。暗闇のせいで両隣に花梨を挟むようにふたりがいることは分かるが、その姿はよく見えない。


「思ったよりも暗いね……光源魔法使う?」

「勿体ない気がする。結海は夜目効くでしょ。行けそう?」

「まあ割と。でもわたくしだけ見えててもお二人が見えてなければはぐれたら終わりですよ。手でも繋ぎます?」


 そう多分冗談で結海から出された手を花梨はひったくるように握り返した。は?え?と右側から聞こえてくる動揺の声を無視して左側からも手探りで腕をひっ掴む。ついでに両側の隙間に何かが入る余地がないように思い切りふたりの身体を花梨の方に引き寄せてしまえば完璧だ。外から見ればほぼ二人三脚状態だが、非常時故致し方ない。


「よし、これではぐれる心配はないね」

「正気?」

「わたくしこれじゃ右手しか使えないんですけど」

「私は左手しか使えない」

「ボクは両手とも使えない」

「なんで最大火力のあんたが自分から攻撃手段手放してんの」

「手放してはないよ。杖はポケットに入っているから手に持たなくても攻撃できるし」


 そもそも杖をわざわざ手にして相手に向けて振るのは魔法コントロールの補助的意味しか持たない。コントロールが不十分な魔女のためのものなので、優秀な花梨にはそんなものは必要ないのだ。なので花梨のこの体勢は極めて合理的であり、一切の問題を孕まない。正当化2回目、成功。


 花梨はひときわ大きな声をあげてさっき電車が行き去った方と逆の方向へと大股で足を進めた。


「さあ行こ!!!ボクに無駄な時間を使わせないでよね!」

「もしかしてなんですけど花梨さんビビってます?」

「行くよ!」

「花梨ってゴースト系別に苦手じゃなかったよね。単に暗闇が無理なタイプ?」

「行くよってば!!」

「はいはいわかりましたよ。でもわたくしの手を握り潰すつもりがないならもうちょっと力抜いてください」


 そう結海は諦めたように呟くと、先へ進もうとする花梨と肩を並べててくてくと砂利を踏み始めた。左側の沙羅も呆れ半分の様子を隠そうともせずに、けれど花梨の手を振り払うことはなく付いてくる。線路の上を三人一直線に並んで歩くタイプのホラゲ、あったっけそんなの。あるなら今度先輩に貸してもらおう。


「一寸先は闇……」

「なんですかそれ」

「ことわざ。来週のテスト範囲。人間界知識、2単位だよ」

「うわ〜そういえば来週か。わたくし苦手なんですよね、おとぎ話もテスト範囲ですっけ」

「そうだよ。イッスンボウシと、あとなんだっけ」

「シンデレラ。魔法使いが出てくるから大事って先生言ってたし絶対テスト出るよっ……って!!」


 ひ、と一瞬引き攣った声が沙羅から上がって、次いで即座に炎魔法が発動する。無言詠唱だ。すわ敵襲か、と慌てて身を固めた花梨に対して、結海は気にも留めずに息を吐いた。


「沙羅さん、光源魔法もケチっているのにまさかこの場にいる虫全てを1匹1匹燃やし尽くすつもりですか?」

「は?虫?」

「そりゃこんな見るからにド田舎の大自然なんですから虫の1匹くらい見逃して差しあげては? 慈悲の心が足りてませんね」

「あんたが虫にも慈悲を向けるっていうなら私は金輪際結海には関わらない」

「……虫?」


 確かに沙羅が病的に虫を嫌っているのは知っているけど。けど、でも、それ今か?というのが花梨の感想だった。なんてったってこっちは明らかにヤバい怪異に明らかにヤバい場所に連れさらわれているのだ。虫より先に燃やすべきものがある。

 

 けども、そうしたド正論がこういう時に通じないのはよくわかっているので花梨は口にチャックをすることにした。ていうか沙羅のその行為の不合理性を指摘したら普通に花梨がふたりの手を握り締めていることの不合理性で反論されそうな気がしたので。これが建設的な大人の態度、司法取引である。


「……魔力が枯渇しない範囲なら許可してあげる」

「この程度の魔法じゃどう頑張っても魔力使い果たすのは無理でしょ。事実上の無制限公認じゃないですか」

「さて無駄口叩いてないで進むよ〜早く脱出しないとね〜」

「そろそろトンネルに差し掛かる頃かな」

「何事もなく抜けられればいいんだけどねえ」

「……こういう時だけ団結する」


 結海の不満げな言葉を宥めるように繋いだ右手をぶんぶん振り回したら、やれやれ、なんてわざとらしい言葉と共に肩を竦められた。つまりはお咎めなし。では再びテスト対策にでも戻ろうかと花梨は口を開きかけて。


 りん、


 足が止まる。冷や汗が伝う。花梨が認識したのはそこまでで、あとは反射的に身体が動いていた。


竜の息吹(ドラゴンブレス)!!!!!」


 途端先程の沙羅が発動したものとは比べ物にならないくらいの勢いで炎が花梨たちの目の前を走り抜けていった。


「は?」


 沙羅のじっとりとした青色の目が花梨を見ている。花梨は誤魔化すように口笛を吹きつつ目を逸らした。

 

「鈴の音がしたからとりあえず攻撃した」

「は?」

「それわたくしも聞こえました。明らかに前方のトンネル側から聞こえましたよね。祭囃子みたいな」

「……怪異?」

「たぶん?」

「万が一怪異じゃなくただの通りがかりの人だったらわたくしたち殺人罪で逮捕ですね」

「よくよく考えれば、こんな時間に通りすがりで太鼓と鈴鳴らしてるやつなんてどう考えても普通じゃないんだからどっちみち燃やしても問題ないか」

「そんなことはないです」


 結海のその念の為のツッコミはスルーされた。とりあえず花梨の放った業火に巻き込まれていれば人間だろうが怪異だろうが消し炭になるのは確定事項。なんにせよ音は止まったので対処には成功したということだろう。


 花梨はなんとなく釈然としなげな結海と沙羅の手をまた引いて、何事も無かったかのようにさくさく進み続けた。この分ならこのキサラギ駅だとかいう怪異はさほど強くは無さそうだし、十分対処できそうだ。





 のんびりだらだら真っ暗闇の線路を手を繋いで歩く、というのもこれでなかなか飽きるもので、トンネルの中腹くらいに入るころにはとっくに花梨たちは緊張感を失っていた。

 

「錬金術材料としてのミント新種の育成について」

「手づくり蠱毒かんたんレシピ集」

「兎の呪術的意図〜10の実践例〜」

「イマジネーションは全てを変える!」

「類感魔術は如何にして生まれたか」

「か、か……科学と魔法は同居しうるか」

「か……」

「か攻めですね。ギブアップします?沙羅さん」

「か……可逆性原理の、」


 と沙羅がそこまで口走って、ふと視線を真横に投げた。赤色の虹彩が確かにそれを睨みつける。


「あぶないよぉ」


 掠れ声。耳元に響いている。花梨はぴたりと背筋を凍らせて結海と沙羅の手を殊更に強く握りしめた。花梨は意外とこの手のじっとり系ホラーが苦手だ。三人でホラゲをプレイする時も二人のプレイを見ながら布団の中で震えているのが常だし。


「あぶないよぉ、お嬢さん方」

「うるさい黙れジジイが。誰のせいでこんな危ない橋渡らされてると思ってんの。あんたらが私たちをここに呼び込んだせいでしょ。誘拐罪で訴えるから」

「あぶないよぉ、線路の上はあぶないよぉ」


 だって、と背後の怪異の気配が一層強まった。


「こんなふうになっちゃうからねぇ」


 真っ暗闇で、互いの鼻先すらもまともに見えなかったはずの暗闇の中で、その男の輪郭がくっきりと浮かび上がった。


 油で濡れた髪に、ぎらぎらとこちらを見ている濁った黒目。口元からは血が垂れていて、よく見れば片耳は吹き飛んでいた。首が不自然に折れ、肋骨が肉から突き出し、そして。


「……ひっ」


 花梨は反射的に目を逸らす。

 男の下半身は吹き飛んでいて、今もその断裂面からはダラダラと真っ赤な血と黒々とした内臓が溢れ落ちていた。


「あぶない……」

黒球爆散シュヴァルツェンショック


 沙羅の一切気負いも感情も入っていないその一言で、文字通り男は塵芥に消え果てた。


「まーじでうるさい。ジジイの長話って一番萎えるよね。てか弱すぎ。私たちをどうこうしたいならあのジジイ5000は持ってこないと」

「流石に絵面が汚すぎません?」

「確かに。一人でも結構酷かったもんね」


 ねー、と沙羅と結海が顔を見合わせて同意している中、花梨は溜息を吐いた。そういえばこの二人ってグロもスプラッタもなんでもアリの人間だった。感性がぶっ飛んでいるし、根本的に嗜虐趣味。花梨には理解し難いが、まあ。


 まあ結果オーライ、と花梨は色々考えるのはやめにして、さっきまで男が立っていた場所から視線を外すとまた意気揚々と歩き出した。花梨は良くも悪くも切り替えが早かった。よくも悪くも。


「……今の怪異、なんだったんだろうね」

「さあ。なんかこの場所、あんまり系統立ってないっていうか、いろんな怪異がごちゃごちゃ集まってるだけっぽくない?」

「わかります。雑魚の巣窟って感じ。正直もう飽きてきちゃいましたもん」


 結海の欠伸混じりのそんな言葉に応えるように、一面の暗闇が少しだけ晴れ始める。遠くの方に見える光の一筋。間違いない。トンネルの出口だ。花梨たちは互いに顔を見合わせると、手を繋いだままの二人三脚状態で勢いよく走り出した。





 そこは確かに出口だった。花梨たちが道を進んでいる間にいつのまにか時刻は夜を過ぎて朝を迎えていたようで、山嶺の向こうに微かに上りかけの朝日が見える。花梨たちはどっと疲れたように肩から力を抜くと、数時間ぶりに繋いだ手を離した。怪異からの脱出成功、だ。多分。


「長かったねえ」

「今日だけで何歩歩いたと思います? ちょっと痩せたかも」

「とりあえず帰ったら学園長に文句言いに行こ。こんなの追加でスタバチケ一万円分は必要っしょ」


 その沙羅の言葉に大きく頷いた花梨はさて帰ろうとまた足を踏み出して、それから首を捻った。


「ん?」

「なんですか? まだ何かあると?」

「向こうから車の音が聞こえる」


 微かなエンジン音とタイヤの擦れる音。間違いない。ここがどういう場所かはよくわからないが、こんな早朝に一般人の車が通りかかるくらいには人気のある場所なのだ。花梨は今日一番に顔を青ざめさせると、素早く呪文を詠唱した。


「箒よ、来たれ!」


 とりあえず三本。学園の用務室から無断で召喚したから後で怒られるかもしれないが、それよりも今この場でぼさっと立っていたらもっと怒られることになるので致し方なし。


「結海、沙羅、逃げるよ!」

「了解!」

「ナイス花梨!」


 三人は素早く箒にまたがると、車がこれ以上こちらに近づく前に上空へと飛び立った。ギリギリセーフ。花梨たち魔女はまだ、外出は許可されているといえど一般人と勝手に接触することは許されていないのだ。


 そもそもこんな時間に少女三人だけで彷徨いているところを目撃なんてされたら確実に通報される。それで警察になんて連れて行かれたらもう最悪だ。花梨たちには住民票やら身分証やらそんなものはないので、大トラブルに発展するだろう。


 花梨は飛び上がった上空から、トンネルの前で停車した車を見下ろした。真っ黒な霊柩車のようなその一台から一人の男が降りてくると、不思議そうに周囲を見渡す。花梨たちがいないのが不思議なのだろう。というか。


 花梨は真横を飛ぶ沙羅と苦笑いを浮かべた。


「あれも怪異じゃん」

「だね。慌てて逃げなくても良かったかも」

「まあ結果良ければいいんですよ。余計な接触はない方がいい。早くこのまま学園帰りましょう。寮母サマが今頃ブチギレてるでしょうし」

「うわ〜それ言われると帰りたくなくなる」


 沙羅のそんなぼやきを聞き流して、花梨は重心を前へと傾けた。確かに日が完全に昇る前に学園へと帰った方がいい。空を飛んでいるのも下手に目撃されたらマズイし。


 そんなこんなで帰還した花梨たちが、トンネルの中に置き忘れたインクのせいで学園長にこっぴどく怒られるのはまた別のお話。


 

 

よければ長編も書いてるので読んでみてください〜

『死にたがりの不死者は今日も足掻く』

https://ncode.syosetu.com/n7168jh/


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