第94話(織田信房視点)
こうした様々な背景事情から、コロンボ攻略を目指す織田信房率いる日本軍の攻撃が始まる前から、ポルトガル領セイロンの防衛体制は破綻する事態が起きた。
まずは、それこそコロンボ防衛に当たるポルトガル海軍の軍艦が、インド本土に救援を求める関係もあって、コロンボからインド本土に向かおうとする時点で、ポルトガルのコロンボ総督が、
「インド本土のポルトガルの面々に自ら救援を求める必要がある」
と主張して海軍の軍艦に乗って、インド本土に向かおうとする事態が起きたのだ。
確かに一面では正しい主張だが、これを聞いたポルトガル陸軍の面々が、
「コロンボ総督は敵前逃亡しようとしている」
という非難の声を挙げても当然の事態だった。
更にその非難を聞いたコロンボ総督の対応も最悪だった。
「お前らは、セイロン島死守の為に死んで当然だ。儂が何故にセイロン島防衛の為に、自ら死ぬまでの必要があるのだ」
と主張したのだ。
確かにセイロン島防衛に当たるポルトガル陸軍の兵の過半数がいわゆる傭兵奴隷である以上、奴隷はセイロン島防衛の為に悦んで死ね、というコロンボ総督の発言は当然と言われてもおかしくはないが。
実際に、その言葉を聞かされるポルトガル陸軍の兵の気持ちからすれば、コロンボ総督の発言は断じて許し難いとしか、言いようが無い発言だった。
こうしたことから、コロンボ総督の発言を聞いたセイロン島防衛に当たるポルトガル陸軍の兵の逃亡が相次ぐ事態が起きたのだ。
(実際問題として、司令官が敵前逃亡をする中で、何故に兵は悦んで死んで当然になるのか。
従業員は悦んで会社の為に過労の果てに死ね、と日本のブラック企業の経営者がいうのも同然の発言と言われても当然のレベルの話だったのだ)
ともかく、そういった背景事情もあって、コロンボ総督がインド本土に向かった後、コロンボ防衛に当たるべきポルトガル陸軍の兵、その多くが傭兵奴隷だが、の逃亡が多発する事態が起きた。
彼らにしてみれば、コロンボから逃げ出して、住民に紛れ込むことで、自らの命を守ろうと行動しただけだったが、そのことはコロンボ防衛に当たるポルトガル陸軍の面々の連鎖崩壊を招く行動としか言いようが無かった。
約二千の兵がコロンボ防衛に当たる筈だったのが、それこそ櫛の歯が欠けたように兵が逃亡していくのだ。
それを実見したポルトガル陸軍の他の兵が、我が身可愛さに自らも相次いで逃亡するのも当然だった。
こうした背景から、コロンボ近郊に上陸して、コロンボ占領を目指した織田信房率いる日本軍は、あっけにとられる事態が起きてしまった。
「あれがコロンボを守るポルトガル軍の城塞とのことだが」
「我が父からも、そう聞いております」
「どう見ても、空城ではないか」
「某の目にもそう見えています」
織田信房と真田信繁は、そんな会話を交わした。
更に言えば、他の日本陸海軍の面々も、ほぼ同様の会話を交わすことになった。
実際問題として、織田信房が率いる日本陸海軍がコロンボのポルトガル軍の城塞を攻撃しようとする時点で、ポルトガル軍の守備隊は霧散していた。
それこそ、日本陸軍1万以上がコロンボ近郊に上陸した、という情報が、ポルトガル陸軍の守備隊の面々の息の根を完全に止めることになった。
これまでの日本の行動から、コロンボの城塞に籠城して負けては、守備隊の兵全員が殺され、火葬にされる運命が待っている。
そうなっては、死者全員が無間地獄に堕ちるのだ。
それならば、敵前逃亡した方が遥かにマシではないか。
そう守備隊の兵士の多くが考えるのも当然で、勝算絶無と考えた兵士は逃げてしまったのだ。
織田信房にしてみれば思わぬ結果で、セイロン島は日本が制した。
最後の辺りが分からない方もおられると、作者の私は考えるので補足説明します。
史実でもそうでしたが、16世紀のこの当時のカトリックは遺体を火葬にされては、死後の復活はなく、最後の審判の後は永遠の地獄に堕ちる、と説いていました。
そして、日本の軍勢は、カトリック信徒の遺体を伝染病予防の観点から全て火葬にしていました。
つまり、日本の軍勢に敗れたカトリック信徒は、無間地獄に堕ちる状況にあったのです。
更に言えば、5倍の日本軍にポルトガル軍に勝算があるか、というととても立たない現実が。
こうしたことから、ポルトガル軍の兵が逃亡する事態が起きました。
(敵前逃亡したら、最後の審判で天国行きの可能性が少しはあるのに、敵前逃亡せねば無間地獄に絶対に堕ちる公算大。
私だったら、敵前逃亡します。
それと同様の考えに、ポルトガル軍の兵は至ったのです)
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