第92話(織田信房視点)
ともかく、こういった背景事情から、ポルトガルの軍艦は分散せざるを得なかった。
だが、こういった状況であっても、これまではポルトガルの軍艦は質的優位を持っており、インド洋におけるシーパワーを誇示することができていた。
何しろ竜骨を備えており、更に大砲を舷側に大量に並べた帆船、ガレオン船をこの当時のインド洋で保有していたのは、ポルトガルしか無かったと言っても過言では無かったからだ。
(史実だと、この後の17世紀において、オランダやイングランドがインド洋に侵出するようになり、ポルトガルの軍艦の質的優位は完全に失われていくことになる)
だが、この世界では日本がマニラを攻略して、マニラ・ガレオン船等の様々な技術を自家薬籠中の物にしたことから、ポルトガルの軍艦の質的優位は、史実よりも早く失われることになった。
更にポルトガルにとって、頭が痛い問題になったのが、インド洋交易によってポルトガルが上げる利益よりも、インド洋に展開するポルトガルの陸海軍を始めとする様々な拠点の維持費が高くなる事態が少しずつ起こり出したことだった。
これは当然と言えば当然の話で、香辛料を大量に産出するモルッカ諸島等は、日本の植民地になっており、他にもあった東南アジアのマラッカ等のポルトガルの拠点は、日本に因って全て奪われるという事態も起きていた。
更にこれまでの関係から、日本及びその友好国は、ポルトガル商人に対して香辛料や他に明の絹を始めとする様々な産物の禁輸措置を積極的に講じるようにもなった。
こうなっては、ポルトガル商人がインド洋における交易で利益を上げるのが困難になるのは、自明の理としか言いようが無かった。
そして、インド洋に面した各所において拠点の開発はしていたものの、それ以上の後背地の確保まで策した植民地開発をしていなかったポルトガルにしてみれば、交易の利益が失われては、陸海軍の維持費等の確保が困難になるのは当然のことだった。
そうなると、インド洋の各地のポルトガルの拠点で、官僚や軍人の給料は遅配どころか欠配が当たり前になり、更には官僚や軍人の衣食住は出来る限り自活せよ、という命令が祖国から届くようになる。
21世紀の日本人ならば、こういった状況でも祖国に対する忠誠を絶対視するだろうが。
この当時のインド洋にいたポルトガル人に、そのようなことを望んでも無理があった。
日本等から積極的な攻撃を受け、命懸けの戦いを強いられる中で、祖国は報酬を払う余裕はない、報酬は自分で稼げ、と言って来るのだ。
こうなっては、多くのポルトガル人が、祖国の為に命を懸けられるか、という考えに至るのも当然としか、言いようが無かった。
織田信房を総司令官とするセイロン島攻略作戦は、そういった状況が起こり、深刻化しつつある中で発動される事態が起きた。
このために織田信房以下の日本の面々にしてみれば、こんなことで良いのか、という想いさえする作戦の経過をたどることになったのだ。
ともかく、シンガポールに集った日本軍は様々な面々が寄り集まった結果、陸軍だけで1万を超えており、海軍や補給部隊まで細かく数えて行き、更にインド洋で積極的な海賊行為に既に勤しむ面々までも加えると5万人近い数を誇るようになった。
更にこういった状況を、織田信房らは隠さずに周囲に積極的に知らせるようなこともした。
そのためにセイロン島で織田信房らを迎え撃とうとするポルトガル軍の面々は、こういった噂話を事前に見聞きすることになり、上記のような事情から給料の欠配等が起きつつあったことも相まって、命あっての物種だ、と織田信房らがセイロン島に上陸する以前から腰砕けになっていたのだ。
話中で日本の軍勢が補給部隊を含めて5万人近い、というのは多すぎ、と言われそうですが。
史実の朝鮮出兵では、戦闘員だけで約16万人が投入されたとか。
それからすれば、距離の問題があるとはいえ、シンガポール等の前進拠点まで整備されていることからしても、そうおかしな数字ではない、と考えます。
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