第89話(織田信房視点)
そんな裏事情があったが、最終的には織田信忠は、朝廷や足利幕府の説得に成功して、弟の織田信房を総司令官にして、まずはポルトガル領セイロンを攻略し、更にはそれ以外のインド洋に面したポルトガルの拠点を攻略する作戦を断行することになった。
勿論、信忠による朝廷や足利幕府の説得が行われる間、信忠の意向を受けた信房や羽柴秀吉は、様々な大名や勢力に対して、ポルトガル領セイロンの攻略について協力を要請する根回しに勤しんでいる。
そして、その大雑把な結果だが。
「武田家中の反応は」
「我が父に確認したところ、かなり前向きとのことです」
「ふむ。上杉家中は」
「直江兼続殿らに協力させると、上杉景勝殿は決めたとのこと」
織田信房と真田信繁は、そんな会話を交わしていた。
「直江兼続殿は、上杉景勝殿の第一の側近の筈だが」
「その通りです」
「上杉家は、謙信殿が亡くなられた後、日本本国は景勝殿が、本国外の高山国等は景虎殿が治めるということになっていたのでは。そうしたことからすれば、セイロン島に向かうのが、直江兼続殿になるのはおかしいのではないか、という気がするが」
信房と信繁は、そのような会話を交わした。
「仰られる通りですが。それこそ武田家も他家のことは言えないのと同様に、上杉家も一皮むけば、かなり酷いゴタゴタがあり、そうしたことから、直江兼続殿の派遣を景勝殿は決められたらしいです」
信繁は奥歯に物が挟まったようなことを言った。
その言葉を聞いた信房には、ピンとくるものがあった。
「日本本国の外で景虎殿が力を付けているのが、景勝殿は気に食わず、それを止めたいと考えているということか」
ことが事だけに、少し声を潜めながら、信房が信繁に尋ねると、信繁は無言で肯いた。
信繁とて、内容が内容なので、声を出して肯定しづらかったのだ。
「上杉家の事情も分からなくもないな。ところで、武田家は、どのような協力をしてくれそうだ」
余り上杉家に拘っては、気が滅入る話になりそうなので、信房は話を意図的に変えた。
「仁科盛信殿を総大将にして、これまた、日本本国から派遣するとのこと。更には馬場や内藤、山県や春日といった若者を実戦で鍛えたいとのことです」
「ほう。武田信玄公の四天王の二代目が揃い踏みという訳か」
「その通りですな。後、私の実父も戦目付として、セイロン島に共に赴くとのこと」
「何と。それは豪勢なことだ」
二人は、そんなやり取りをした。
真田信繁の実父は、言うまでもないが武藤喜兵衛(真田昌幸)であり、武田勝頼の第一の側近と言える地位を(この世界では)占めている。
信房にしてみれば、そこまで武田家がしなくとも、という想いが先立つことだが、先程の上杉家とのやり取りから、これまたピンとくるものがあった。
「高山国に、穴山家や小山田家を送ったのを悔いているのもあるのかな」
「さて、それについては某からは申し上げられませぬ」
信房は、これ又、声を潜めて尋ねて、信繁も意味深な答えをした。
実際にその通りで、勝頼としては高山国開発の必要があるとして、自分に心服していない武田の親族衆を高山国に送り込んだのだが、彼らは高山国で米やサトウキビの積極的な栽培を行い、本国よりも裕福になりつつあるのだ。
このことを嫉視したこともあって、勝頼はインド洋作戦を展開するのに際しては、日本本国から武将等を送り込むことを決めたのだった。
信房は、信繁に言った。
「武田家も、上杉家も色々と内実は大変なようだな」
「全くその通り、と本音では申し上げたいですが。建前からは申し上げかねますな」
「全くその通りだな」
二人は、そんなやり取りをして共に考えた。
羽柴秀吉らの毛利家説得も苦労しそうだな。
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