第73話
何を甘いことを言っている、と私の脳内の一部はささやくのだが。
それこそ力による解決しかない、話し合い等の外交交渉は一切無駄だ、という意見が高まり過ぎた結果が、私の前世の日本が、満州事変から大東亜戦争にまで至る破滅の路を歩む事態を引き起こしたのではないか、と言う考えが、今の私の脳内の大部で浮かんでならないのだ。
この辺り、前世も合わせれば50年以上も生きていながら、分からないとは無能にも程がある、と言われそうだが、それこそ日本人か、カトリック信徒か、どちらかが絶滅するまで終わらないかもしれない戦争をやる可能性が高い現状からすれば、私は、出来る限りは表に出そうとはしないものの、何とかならないものか、という考えを持たざるを得なかったのだ。
そうしたことを考える程、積極的に敵への攻撃を行うことで、自国の防衛を図るようなことをしては、却って敵国というか、敵勢力からの自国への攻撃が、敵や中立諸国、勢力から正当視されるようになって、却って戦争を招来し、平和から遠のく事態が起きるのでは、と考えてしまうのだ。
閑話休題、余りにも現状から離れすぎた考えをしてしまった。
それはともかくとして。
私と徳川家の家臣団との現時点での話し合いは、それなりに満足のいく終わりになったが。
もう一つ、徳川家の家臣団と私は話し合うことがあった。
いうまでもなく、茶々を私の側室に迎える件である。
私の奥向き、私的なことである以上は、徳川家の家臣団に黙って、この件を進めても構わないと私が考えるのが当然かもしれぬが。
何しろ、私の正室の五徳にしても従妹になる茶々である。
更に、それを言い出したというか、私に仲介したのが織田信忠殿なのだ。
徳川家の家臣団に黙って進めることを、私は躊躇わざるを得なかった。
対欧州諸国との戦争の話が終わったのを機に、私は更に口を開いた。
「実はな。織田信忠殿から、側室を迎えることを私は勧められている。この件について、話しておきたい。織田信忠殿が絡んでいる以上、お前達に黙っている訳にもいくまい」
「殿が側室を迎えられるですと。一体、何方を信忠殿は勧められたのですか」
この場にいる徳川家の家臣団筆頭といえる酒井忠次が、私を揶揄するかのように言った。
実際、徳川家の家臣達に私は揶揄されても仕方がない。
これまでにも、何度も徳川家の後継者を安定させる為に、側室を迎えることを、私は何度も家臣達から勧められていたが、ずっと断ってきたのだ。
それが、義兄の織田信忠殿の言葉からとはいえ、側室を迎えるとは。
家臣達から揶揄されて当然のことと言える。
私は腹を括って、具体名を挙げた。
「浅井長政殿とお市の方の長女の茶々を、織田信忠殿は私の側室として勧められた。このことについて、皆はどのように考える」
「茶々ですか」
私の言葉を聞いた酒井忠次は、絶句するような態度を示した。
この場にいる他の多くの面々も同様の態度を執った。
実際に茶々は、この場にいる面々に、それなりに知られている女人だった。
徳川家の面々の多くにしてみれば、何しろ姉川の戦いで敵として戦った浅井長政殿の長女なのだ。
その一方で、織田信長殿の妹のお市の方の長女にもなる。
戦国の世の習いといえば、そこまでだが、そういった因縁のある茶々を、私の側室として素直に迎え入れて良いと言うべきなのか。
何とも言えない空気が、この場で漂うのは当然かもしれなかった。
私は腹を括って、言うしかなかった。
「色々と考えるところはあるが、信忠殿からの斡旋だ。妻の五徳の了解を得て、側室にしたいと考えるが、皆は賛成してくれぬか」
「分かりました。賛成します」
酒井忠次の言葉を発端に、他の徳川家の面々も賛同した
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