第59話
だが、ここまでの状況、対ポルトガル、スペイン戦を決意する事態に日本が陥ったのは、それなり以上に暗躍するモノが様々にあったのも、又、事実ではあった。
例えば、この1582年当時に大和一国を足利幕府から任されていたと言える松永久秀は、
「先年の1567年に東大寺の大仏殿が焼かれた件だが、あれは畿内の宣教師が三好三人衆の軍勢の中にいたキリシタンを扇動した結果だ。儂は懸命にそれを止めようとしたのだが。本当に力及ばず、幕府に申し訳ない想いがしている。何しろ東大寺の大仏は、それこそ源頼朝公が懸命に再建された代物、それをキリシタン共は焼いたのだ、断じて許される話ではない」
と公然と周囲に言って回っている有様だった。
最もこの松永久秀の話が何処まで信用できるかというと。
私の義兄の織田信忠殿自身が、
「まあ、あ奴の話は半分以下に聞いておけ。本当のところは分からん」
と言っているのが現実だった。
だが、その一方で根も葉もない話という訳では無かったようだ。
実際に宣教師の一人のルイス・フロイスの書籍「日本史」を、私が読んだところによれば、東大寺の大仏を焼いたのは、三好三人衆の軍の中にいたイエズス会の教えを受けた熱心なキリスト教の信徒である、と誇らしげに書いてあった。
ルイス・フロイスのこの記載は、伝聞によるモノを書いたもので、何処までが信用できるのか、と言われれば、私としても全面的には信用しかねる、としか言いようが無いが。
実際にルイス・フロイスが自らの書籍でそう書いている、というのは、キリスト教の宣教師やその信徒達が、日本の国家鎮護のために造られた東大寺の大仏が焼かれたことを、自らのしたことだと積極的に誇っている、断じて許されない話だ、と多くの日本人を怒らせることだった。
(この辺り、史実を交えてこの世界なりの真実を述べると。
東大寺の大仏が焼かれたのは事実ですが、誰が焼いたのかは完全に闇の中で、それこそ三好三人衆と松永軍の交戦中に、どちらかの失火により焼けてしまった、というのが恐らく真実です。
ですが、キリスト教の宣教師やその信徒達が、東大寺の大仏を焼いたのは自分たちの仲間だ、と誇ったことが、多くの日本人の怒りを呼ぶことになりました。
又、この時、三好三人衆側には筒井氏等の興福寺の衆徒達も加担しており、流石に自らの失火で東大寺の大仏が焼けたとは言いづらく、責任を他に転嫁する必要もありました。
こうしたことから、キリスト教の信徒達が放火した、と筒井氏等も言う事態が起きました)
ともかく、宇佐八幡宮に加えて東大寺の大仏までも、キリスト教の宣教師やその信徒達が焼いた事実があると言うのは、キリスト教の宣教師やその信徒達に対する大規模な迫害を、多くの日本人に自発的に引き起こすことになってしまった。
それこそ日本人によって多くのキリスト教の宣教師が逆磔になり、更に遺体は焼かれた末に灰になって、川や海に流される事態が引き起こされた。
(尚、私の聞いた話によると、多くの宣教師が磔になるのはキリストに対して畏れ多い、逆磔にしてほしい、と言ったとのことで、この世界の宣教師の信仰の篤さは狂信としか言いようが無い、としか私には思えなかった。
同じことを多くの日本人が思ったようで、そうしたことから、宣教師の遺体を焼いて灰にして、川や海に流すまで至る事態が多発したようだ。
だが、それが日本国外に伝わるにつれて、日本人はキリスト教徒に対する大規模な迫害を行っている、断じて許すな、という意見がキリスト教諸国に広まり、他の欧州諸国とも戦争に至ったのは、私にとって予想外としか言えない事態だった。
本当に何でこうなったのか、と私は想う)
この話ですが、それなりに史実を織り交ぜています。
実際にフロイスの「日本史」には、東大寺の大仏を焼いたのはキリスト教徒という記載があるそうです。
又、聖ペトロ十字で検索すれば出てきますが、聖ペトロは逆磔で殉教したという伝説があります。
そして、史実と異なり、この世界の日本は広く世界に赴いていますので、世界に誤解が広まるのです。
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