第55話
そんなこんながあった1582年のある日、私は義兄で足利幕府の管領を務める織田信忠殿の下に、呼び出されて赴くことになっていた。
「すぐに来てくれるとは。色々と多忙だろうに、礼を言うぞ」
「いえ、(足利幕府)管領でもある義兄上から呼ばれた以上、私がすぐに駆け付けるのは当然です」
私と信忠殿は、京の都で逢って早々にそのようなやり取りをすることになった。
「それはともかく。スペインとポルトガルが同君連合を組んで、何れは一国になると聞いては、日本に対して両国が侵攻して来る危険は極めて高いと考えざるを得ない。実際にポルトガルの軍艦は日本の船舶に対して、カルタス(通行証)を持たぬことを理由に海賊行為を行っており、更にスペインも同様のことを行う可能性が高いとあっては黙ってはおれぬ」
「誠にごもっとも」
義兄の言葉に、私は頭を下げながら言うことになった。
「更に言えば、島津氏から内報があった。キリシタン共は、公然と九州各地で神社仏閣を焼き討ちしており、多くの神主や僧侶が殺されているとか。彼らに言わせれば、異教信仰を潰すのは神の教えに従う絶対の正義だとのことだ。今のところは、ほぼ九州以外ではそのような事態が起きておらぬが、このまま行けば、キリシタン共は伊勢神宮や本願寺等の神社仏閣を公然と焼き討ちしかねぬ。更にそれが絶対の正義と訴えるだろう。このようなこと、天照大御神の末裔である今上陛下が治める日本で赦される行為だ、と考えられるか」
「いえ、断じて赦されませぬな」
義兄の言葉に私は即答するしかなかった。
私自身が、何処まで歴史がズレているのだ、と考えざるを得ないが。
この世界の日本が積極的に海外侵出を図ったことが、スペインやポルトガルの強硬姿勢を引き起こしたのだろう。
更にその為に、日本人のキリスト教徒の過激化を招いてもいるのだろう。
「ともかく、朝廷と幕府の多くの面々が、キリシタンの過激化を憂慮すると言うよりも、激怒しつつある。畿内のキリシタンの多くが、南蛮人の宣教師の扇動に応じて、伊勢神宮や本願寺等を速やかに焼き討ちしろ、それが神の真の御心に沿うことだ、とまで言い出しているらしい」
「えっ」
更なる義兄の言葉に、私は驚愕するしかなかった。
何でそこまでの事態が起きているのだ。
「此処までの事態になった以上、日本中に(キリスト教の)禁教令を朝廷の意向もあって、幕府は出すことになった。朝廷と言えど、伊勢神宮の焼き討ちを言われては、禁教令を出さざるを得ない」
「誠にその通りです。断じて許されませぬ」
義兄の言葉に、私は即答した。
というか、この世界の南蛮人の宣教師の言動に、私自身が激怒していた。
伊勢神宮を始めとする日本の神社を焼き討ちするのが、絶対の正義だと。
日本の神道や仏教を、何とこの世界のキリスト教は考えているのか。
更には本願寺等を始めとする仏閣を焼き討ちされて日本人が黙っている、と本当に南蛮人の宣教師達は考えているのか。
手前らは、文字通りに龍の逆鱗に触れて、虎の尾を踏んだのだ。
このことを一生かけて、後悔して償うことになるだろう。
言葉は悪いが、そこまで私は考えざるを得なかった。
「更にここまでの事態が起きた以上は」
そこで、義兄は言葉を切って、次の言葉を逡巡する態度を示した。
実際に暫く経って義兄が発した言葉に、私は驚愕せざるを得なかった。
「スペイン、ポルトガルとの戦争を(日本は)考えざるを得ない。義弟として全力を尽くしてくれるか」
「全力を尽くしまする」
義兄の言葉に思わず即答した後、私は思わず自分で自分の舌を噛み切りたくなった。
スペイン、ポルトガルと戦争するだと。
史実の朝鮮出兵以上の難題になってしまった。
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