第50話
「如何為されるおつもりで」
私の怒りを察した小浜景隆は、私に問いかけた。
「言うまでもない。日本の船を南蛮が襲うと言うのならば報復するまでよ。向こうが攻撃を仕掛けてきた以上、報復せぬ訳にはいくまい」
私はおもむろに言った。
「どの程度までの報復をお考えで」
「朝廷や幕府が何処までやるかに掛かっておるが。私としては南蛮が日本の船を襲うのを止めぬ、というのならば、日本の国内外の南蛮の拠点を焼き払い、そこにいる南蛮人を追い払うまで」
「そこまでされますか」
「そうせねば、南蛮は日本の船を襲うのを止めぬ、と私は考えるが。私は間違っているか」
「いえ、誠にその通りかと」
「南蛮がこれは自国の国王の命令である、という以上、南蛮は日本に戦争を仕掛けてきたということに他ならぬ。戦争を仕掛けられた以上、己の身を守る為に戦うのは当然のこと」
「誠に仰られる通りです」
小浜景隆と私の話はそこまで進んだ。
「取り敢えずは、そのようなことが起きているのを朝廷や幕府に伝えよう。そして、それに対して戦争の決意を朝廷や幕府に固めて貰う必要があるだろうな」
私はそう言ったが、小浜景隆は他にも言いたいことがあるようだ。
「何か言いたいことがあるのか」
どうにも気になった私が問いかけると、小浜景隆は腹を括ったようで、私に問いかけて来た。
「御父上(家康のこと)との仲がよろしくない、というのは本当ですか」
「そうだと言ったらどうする」
私は、そう答えざるを得なかった。
実際、色々な意味で私と父の関係は悪化する一方になっている。
私は基本的に商工業重視で、父から見れば農業軽視にも程がある不肖の息子だ。
その一方で、私からすれば、父の農業重視の考えは時代に完全に合っていないのだ。
例えば、納税方法一つ取っても、私と父の考えは食い違っている。
父は基本の納税方法は、米を中心とする物納を基本とすべきと考えている。
だが、私は基本の納税方法は、何れは文字通りの金納にすべきと考えている有様だ。
私としては、まずは銭納(実際に貫高制という銭による基本納税を北条家等は取っていた)に、更には銀納から金納へと徐々に切り替えていこうと考えている。
しかし、父は米を中心とする物納による納税が妥当だ、という考えを譲らないのだ。
他にも日本の国外に積極的に侵出し、それこそ武力行使も辞すべきではない、という私の考えに対して、父は海外への侵出については絶対反対の態度を崩さない。
日本の統一が成れば、その後は「鎖国」して引き籠れば良いではないか、と父は言うが、そんなことをしては、私の世界史知識からすれば、百年以上に及ぶ誤りになるのは必至だ。
積極的に外国へ打って出て、それこそ太平洋からインド洋に至るまで「日本のバスタブ」にしてしまうのが、日本にとって妥当な世界戦略なのだ。
小浜景隆が黙ってしまった後、少し経って私は口を開いた。
「昨年、私には弟が生まれた。父は私を疎んじており、土岐氏の末裔である西郷局を側室にして、それから生まれた弟を、何れは自分の跡取りと考えているようだ」
「それで、どうされるおつもりですか」
「うん。父が弟を可愛がって、徳川家の家督を継がせるというのならば、私は父の考えに従うまで」
「それはなりませぬ」
私の言葉に対して、小浜景隆は憤りを込めた声を挙げた。
「まだ乳児といってよい子を、徳川家の跡取りにしようとは。徳川家の跡を執るのは信康殿が当然の話、それこそ織田信忠殿や武田勝頼殿、上杉景勝殿を始めとする周囲の面々もそう考えられましょう」
小浜景隆は、私を懸命に諫めようとした。
「良いのだ。父が西郷局に溺れて、弟に徳川家を継がせたいなら私は従う」
私は寂しげにそう答えた。
尚、次の話で明かしますが、主人公の態度は擬態です。
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