第19話
この時代のことなので正確な時計等は無く、それこそ基本的に日の傾き等の感覚で時刻を測るしかないのだが、午前中に始まった織田(及び松平等の連合)軍と武田軍の合戦は、正午過ぎに織田軍側が劣勢になったことから、織田軍側は退却を始めることになって、武田軍も数時間の戦闘で疲労気味だったことから、織田軍側を追おうとしない状況にあった。
そう、ある意味では戦場ではあったが、お互いに気が抜けたような間合いが生じていたのだ。
幕府奉公衆はそういった心の隙を衝いて、私の義父の信長の本陣を奇襲したのだ。
まさか、この期に幕府奉公衆が寝返るとは。
この為に織田軍側の多くが壊乱したが、私が率いる松平(徳川)軍が義父を救え、と急行したことが、この後の更なる事態を招いた。
義父を救おうと、私自ら太刀を振るって兜首2つを得ることになった。
本来なら本陣でどっしり構えないといけないのだが、それどころではなく自ら太刀を振るっていた。
本来なら、人を初めて殺すのを躊躇うのだろうが、義父が襲われているという衝撃が、その躊躇いを吹き飛ばす事態を引き起こしていた。
平岩親吉を結果的に先鋒にして、私が率いる松平(徳川)軍は義父を懸命に救おうとしたのだが、それは結果的に間に合わなかった。
私が我に返ったとき、
「無念です。織田殿は既に討たれておりました」
涙ながらに平岩親吉は、私の前で報告していた。
「せめて仇は討てたのか」
放心しながらの私の問いかけには、奥山休賀斎が答えた。
「織田殿を討ったのは、明智光秀とのこと。その者は私が討ち果たしました。尚、織田殿の首は奪い返すことに成功しました」
「そうか」
「どうすべきかな」
私は義父の織田信長がまさか亡くなるという事態に、どうすべきか本当に分からなくて周りの者に問いかけたが、周りの者が助けてくれた。
「ここは岐阜城に入るべきかと」
石川数正が声を挙げ、平岩親吉らも賛同の声を挙げたので、私達は岐阜城に入城した。
だが、やっと入城した岐阜城内は混乱していると言っても過言では無かった。
何しろいきなり主君が討ち死にしたのだ。
城内にいる面々が混乱しない訳が無かった。
更に言えば、この場にいる織田家の最高の重臣といえる佐久間信盛も、主君の信長が戦死したことから放心状態に近い有様を呈していた。
「いけませんな」
石川数正は、そっと私にささやいてきた。
それを聞いた私も岐阜城に入城して、取りあえずは安心できると考えていたのだが、初陣から更に義父が戦死するという状況の興奮が冷めるにつれて、これは安心できぬ、という考えが込み上げてきた。
「どうすべきだ」
「この際、強引に(織田家の)舵を執られるしかないでしょう」
「大義名分が立つのか」
「貴方は織田殿の仇を討たれたのです。更にこの場にいる織田家の親族衆の中では筆頭といってよい立場にある。大義名分は立ちます」
「確かに」
黒いと言えば黒いが、速やかに状況を判断した石川数正の言葉に私は同意せざるを得なかった。
この岐阜城にいる織田家の親族衆の中で、私は織田信長殿の長女の婿である以上、親族衆筆頭ということができる。
(岐阜城内には、織田信忠等の信長殿の息子は誰もいなかった)
更に松平(徳川)軍が、信長殿を討った幕府奉公衆の一人である明智光秀を討った以上、私はその功績を振りかざすこともできる。
確かにこの岐阜城内の織田軍の総指揮を執ると私が言いだせば、佐久間信盛でさえも異議を言うことはできない話だ。
そして、今、岐阜城内の織田軍の総指揮を私が握れば、それは既成事実化して様々な影響を周囲に及ぼすだろう。
そうなったら、私の父でさえも私の行動を止めるのが困難になるのでは。
私はそこまで考えた。
ご感想等をお待ちしています。