第15話
「何、武田信玄本隊は美濃へ侵攻しただと」
「間違いありません」
「父(の徳川家康)にそれを速やかに伝えよ。それからすぐに義父(の織田信長)殿を救援できるように、出来る限りの準備を」
「はっ、直ちに準備に掛かりましょう」
1572年9月、私は岡崎城にて正直に言って泡を食いながら、上記のようなやり取りを使者や部下とする羽目になっていた。
何で武田信玄が美濃に攻め込んでいるのだ。
山県昌景隊が信濃から奥三河へ、そして遠江へと侵攻してきたのは、駿河方面から侵攻する武田信玄本隊に呼応して松平(徳川)家を遠江で崩壊させるためと自分やその周囲は読んでいたのだが。
実際には、そのように松平(徳川)家に判断させて、松平(徳川)軍主力を遠江に足止めする信玄の作戦だったようだ。
「父は大丈夫でしょうか」
私達夫婦の二人目の子を妊娠している妻の五徳は、私が使者や部下とやり取りをしている合間を縫って、心配そうに私に問いかけて来た。
「大丈夫だ。義父上が信玄入道如きに負ける訳が無い」
と私は軽口を叩いて妻の五徳の気を軽くしようと努める一方で、私たち夫婦の現状を思わず顧みた。
私としては、妻との間に少しでも早く子作りに励まねば、義父の信長に難癖を付けられて殺されると考えて、自分が男になり、妻が女になったのを知ってすぐに子作りに励んだのだが。
その結果が、現状を招いている。
妻の五徳は満13歳になる前なのに私たちの間の長女を産み、二人目を現在は妊娠中だ。
私の前世だったら、私は幼女に対する性的犯罪者になるのは間違いない話だな。
とはいえ、私としては居直りたい。
それこそ前田利家の妻のまつは、満12歳になる前に初子を産んでいるのだ。
(実際に義父の信長からは、何年も前に結婚しているのに、利家より子どもを作るのが遅いとは、お前は生真面目すぎる男だ、と本気で思っているのか、からかわれているのか、私が返答に困る書簡が届いたのが現実だった)
ともかく私と五徳はお互いに10歳になる前に親から結婚を強いられた身なのだ。
そして、結婚している以上、それなりの関係をお互いに早期に結ぶのは正当行為なのだ。
だから、全く問題ないと言いたいが。
それこそ、私の前世では難癖を付ける人は幾らでもいた。
それこそ未成年者が喫煙したり、飲酒したりする描写があるマンガは、架空世界の描写だからと言って決して許されない、未成年者の犯罪を誘発する危険があるとして発禁にしろ、と世間から袋叩きにされて、実際に出版社が自主規制していた現実がある。
そうしたことまで考えあわせると、私は性的犯罪者になるのだろうか、とまで考えてしまうが。
とはいえ前世のことまで考えるとキリがないのが現実だ。
それにそうしないと自分は殺される以上は正当防衛的行為だ、と自分は考えることにしていた。
閑話休題、それはともかくとして、自分は石川数正を始めとする部下達と現状を受けて、信玄の考えについて話し合う事態になった。
「恐らくですが、信玄としては駿河湾を始めとする駿河から尾張に至る沿岸部(の制海権)を我々が握っていることから、内陸部の侵攻になる信濃から美濃への侵攻作戦を強行することになったと私は考えます」
私の弓の師でもある平岩親吉が話し合いの場で、そうまずは主張した。
「どういうことだ」
私は意味が一瞬、分からなかった。
「確かに信玄の立場でも駿河方面からの侵攻は行いづらいですな」
小浜景隆もそう言いだした。
私は首を捻ったが、続いての石川数正の主張に蒙を啓かれた。
「沿岸部を我々が抑えている以上、東海道沿いに武田軍が進軍するのは困難ですな。我々が東海道沿いを襲撃して、補給が困難になる危険性が高い現実がある」
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