第12話
石川数正と小浜景隆のやり取りは続いた。
「正直に申して鉄砲を買い、更に鉄砲を使うためには火薬が必要で、その火薬を造るのには木炭や硫黄のみならず、硝石がいるという現実がある。そして、硝石はこの日の本の国にはほぼ産せず、南蛮や明からの輸入に頼っている」
「確かにその通りです」
「そして、堺を始めとする諸国の商人を介し、硝石を手に入れて火薬を造っておるが、極めて高値の代物だ。それで、考えたのです。いっそのこと、南蛮や明から直に買えば、安く済むのではないかとね」
「確かに一理ある考えですが、極めて困難な話ですな」
私は二人の会話に聞き耳を立てながら考えた。
普通に考えれば、小浜景隆の考えの方が正論としか言いようが無い。
幾ら水軍衆として航海術を学んできたとはいえ、地文航法しか学んでいなかったのだ。
そんな小浜景隆が天測航法を習得できるか、といえば困難な話になるのは当然か。
そういえば。
幾ら何でもアリエナイだろう、と私は海上自衛官時代にツッコまざるを得なかったが。
それこそ太平洋戦争終結まで、大日本帝国陸軍は地上でしか戦わない以上は地文航法のみ学べばよいとして、陸軍航空隊は天測航法を余り教育しなかったとか。
そのためにフィリピン戦や沖縄戦等が起きた際に、水平線の向こうにいる米艦隊に対する航空攻撃は陸軍航空隊には不可能と言って良く、海軍側が頭を下げて米艦隊に対する攻撃を陸軍航空隊に依頼しても、そもそも海軍が負けたのが悪いのに何で陸軍が尻拭いをさせられるのだ、と陸軍は門前払いをして、それもあってフィリピン戦や沖縄戦で日本は善戦できなかったと教育された。
そういった史実までも思い起こせば、小浜景隆の主張は当然か、と私は考えたが。
石川数正は、そういった小浜景隆の反論を予め考えていたようだ。
「この機械(六分儀)を、南蛮人に示したところ、これまでの四分儀よりも役立つ代物です、海上で航海する(天測航法で航行する)際には、極めて有効でしょう、と太鼓判を皆が押しました。小浜殿は、南蛮人がそこまでいう機械を使いたくは無いですかな」
「うーむ。そこまで言われては使って見ない訳にはいきませんな」
石川数正の言葉の裏に、自分が無能だと自認するのか、という揶揄する響きを感じた小浜景隆は唸りながら言った。
更に私の知らない内に、石川数正はそれなりどころではない情報収集に成功していたようだ。
「それこそ太陽や月、それ以外の星々の動きを把握することで、陸地が見えない海上で南蛮人や明人は航海を平然と行っているとのこと、そういった太陽や月、星々の動きも某の手元にあります。誤りや不足があれば、直ちに集めましょう」
数正はそこまで言い、その言葉を聞いた小浜景隆は徐々に顔色を変えた。
「さて、それこそ南蛮や明の地へ直に行ければ、それなりどころではない利益が得られそうなのです。何しろ間に入る商人の手数料、手間賃が不要になりますからな。そういったことを小浜景隆殿は行いたくないとは」
敢えて数正はそこで言葉を切って、生暖かい目で小浜景隆を見たようだ。
私は数正の話術に舌を巻いた。
ここまで言われては、小浜景隆はやります、と言わざるをえまい。
自分としては自信が無いのだろうが、かといって、それでも断ります、という態度を貫いては、他の者が南蛮や明の地での交易に乗り出すことになるだろう。
そうなっては、事実上は自分が大損するのが目に見えている。
更に言えば、そうなった場合、これまでの自らの部下がどれだけ自分についてくるか。
真相が明らかになった場合に、自分の多くの部下が自分を見限るのではないか。
実際にそう考えたようで、
「悦んで行います」
景隆はそう言った。
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