第118話
そんな感じで、自分の考えを進めて、私の傍で喚いていた松平忠直や松平忠輝の興奮がある程度は収まった後で、私は口を開いた。
「弟の秀忠の言うのも尤もだ。父の遺言には従うべきだろう」
「兄上がそう言って下さるとは」
それこそ他の親族全体から集中砲火を浴びていた、と言っても過言では無かった秀忠は、私の言葉から涙を零しそうな雰囲気を示しつつ言ったが。
私は更に二の矢を放った。
「朝廷や幕府の意向を確認せぬ訳には行かぬな。朝廷や幕府の意向を無視しては、徳川家が朝廷や幕府の意向に背いたとして、徳川家の領土が全て召し上げられる可能性がある」
「確かにその通りですな。朝廷や幕府の意向を確認すべきでしょう」
私の底意に気づいた忠直や忠輝は、にやにやと笑って言いだした。
その一方、秀忠は渋い顔を急にした。
さて、何故にこんな事態になるかというと。
実際問題として、父の遺言通りにしては、徳川家の領土の統治が回らなくなるのは自明の理なのが、朝廷や幕府には分かり切っていることだからだ。
何しろこの時代の通信手段は手紙か、実際に赴くかしかないのに。
日本本国にいる秀忠が、直にフィリピンやカリフォルニア、カリブ諸島といった徳川家の領土を治めることが出来る訳が無い。
父や秀忠は、こういった実態から、統治困難という理屈を掲げて、日本の領土を縮小していこう、具体的には徳川家の領土を日本本国のみにしよう、と策したようだが。
朝廷や幕府の内部では、これまでの日本の領土の急拡大に幻惑されていて、日本の領土を縮小することに大反対する空気が漂っている。
だから、この件を朝廷や幕府に持ち込めば、そんなことを秀忠があくまでも言うならば、徳川家の領土全てを朝廷や幕府領にする、という話さえ出かねないのだ。
そうなっては、父や秀忠の考えは逆効果(何しろ徳川家の領土全てが失われる)になる。
だから、秀忠は渋い顔をして、忠直や忠輝は笑顔になったのだ。
更に私は意趣返しをした。
「ところで、幼い弟の義直や頼宣にも土地を与えねばなるまい。秀忠は日本本国の土地を、それなりに分け与えるつもりだろうな」
「その辺りは追々」
「まさか、父の遺言を楯に、全て自分の土地にするつもりか」
私と秀忠のやり取りは、忠直や忠輝どころか、他の兄弟やその周囲にまで険悪な空気を醸し出し、喧嘩腰の発言が起き出した。
実際、秀忠の真意はそこにあったようで、私の問いに対して、秀忠の目が泳いでいる。
私はおもむろに言った。
「義直や頼宣にも土地を与える必要がある。北米大陸を切り取って、二人に与えるべきだろう」
「それが宜しいでしょう」
私の意を忖度して、忠直や忠輝が言い出し、それに周囲の面々も加担する。
結局は、こういった空気に負けて、秀忠は私の言い分を認めることになった。
そんなこんなの末に、朝廷や幕府の徳川家の相続についての裁定が行われた。
(尚、私なりにそれなりに包むモノを各所に包んでおいた)
その結果は、私としては自明だったが。
「徳川家康の遺領は日本本国のみであり、それについては家康の遺言を尊重して秀忠の相続を認める。だが、それ以外の徳川家の領土は、フィリピンについては松平忠直領、カリフォルニアは松平忠輝領、カリブ諸島は徳川信康領と裁定する。又、新たに徳川家が本国以外で切り取った領土は、徳川家中で分配せよ」
そんな裁定が、朝廷や幕府から下された。
私は改めて考えた。
これが先例に色々な意味でなるだろう。
日本本国以外に侵出していった者が切り取った領土は、切り取った者の領土になるのだ。
そうなると、益々日本国外で一旗揚げようとする者が増える一方になるだろう。
この後の日本の領土は、広がる一方になるだろう。
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