『暴れん坊のピーちゃんと食いしん坊のプーさん』
大切に飼っている家族同然のペットがもし喋ってくれたら……。
もしくは私が言葉を理解出来たのなら、こんなに嬉しいことはないだろう。
そんなことを考える飼い主は数多くいるかもしれないけれど、もしこの子たちが私と同じ人間になってくれたら……。そう考える飼い主も多いのだろうか?
こんなにも愛している家族が自分と同じように会話し、そばにいてくれたら……。うん、兄妹が出来たように楽しいだろう。親であり兄妹であり子ども、もしくは祖父母かもしれない。
子供の頃、私が林間学校へ行った際、何のタイミングだったのか、留守中にペットたちが仲良く二羽とも逝ってしまった。……流行りの病だったらしい。
その前から具合が悪かったピーちゃんとプーさん、二羽のインコ。学校以外の時間は付きっきりで二羽の様子を見守っていたから、家を空けるのはすごく嫌だった。でもそれでも、後ろ髪引かれながらも林間学校へ行ったのを覚えてる。
そして林間学校から帰った時、冷たくなった二羽を手のひらに乗せて私は大泣きした。
……何で私を待っていてくれなかったんだろう、せめて体温が奪われていく瞬間まで私が看取ってあげたかったのに。
お母さんにそう話したら、『きっとこの子たちはあなたに死ぬ所を見せたくなかったのよ』と頭を撫でられ慰められた。
「ピーちゃん……プーさん……ありがとう」
いつも鳥かごの中で暴れて外に出せってうるさいピーちゃんと、お腹いっぱい食べても足りずにピーちゃんの分まで食べてしまう程大食いのプーさん。
そして白い布に最後まで仲の良かった二羽を包んだ。
『……ピーちゃん、プーさん……次は人間に生まれ変わってね』
叶う事は無いかもしれないけど、あなたたちと話せたらいいな。
そんな願いを私はこの二羽の亡骸に込めた。
+++
……それから15年以上が経ったある日、私は赴任した学校の保健室から校舎の外を眺めていた。
校庭にはピンク色の桜が風で舞い散っている。入学式という晴れ舞台を終えたら、途端に散りゆくのだろう。その舞い散る桜の花びらの下を、夢と希望いっぱいに抱えた少年少女たちが歩いている。
私はそんな彼らを見つめながら、いつもデスクの上に置いている写真たてを手に取った。
「ほら、また今年も新入生が入ってくるよ」
写真たての中には時間が経っていても色褪せない二羽の仲睦まじい姿が収められている。綺麗な青い体をした気性の激しいピーちゃん。そして黄色と黄緑が色鮮やかでちょっと丸いプーさん。今でも私の大事な宝物だ。
私も看護教諭として式には出なくてはならない。そろそろ職員室に戻ろうと廊下を歩いていると、ふと随分と目立つ女の子たちがいた。
気の強そうな顔した少女と見るからにおっとりした少女が話しながら体育館へと歩いていく。多くの生徒の中、何が気になった、というわけでもないのに、何故か目を引かれた。
『……では今年度入学式をはじめます』
物々しい雰囲気で始まる入学式、私は体育館の隅で他の先生方と共に今年の入学生を見守る。
「今年は入学生多いですね」
「そうですね。賑やかでいいことです」
「……今年は面白い子たちが入ったとか」
「あぁ、折笠司と柳芽依ですね」
先生方との会話に入りつつ、その二人が誰か教えてもらったら、朝見掛けた二人の女の子だった。
折笠司気が強そうな顔で肩までのストレートの髪の子。
柳芽依おっとりとした雰囲気そのままのいつも笑っているような顔にゆるくウェーブの掛かった髪は腰ぐらいまであって、それを一つに結って胸元に流している。
目を引かれたのも、先生方の間でも話題になるぐらいの子たちだったからなのか、とやけに納得した。
「……その二人、何かしてるんですか?スポーツ特待生とか?」
「いやあの二人、IQが高くてね。どんな難問も解き明かすって話。あのメンサにも登録されてるんじゃないかって噂よ?……そんな二人がどうしてうちの学校に通ってるのかって話に上がってるのよ」
「……なるほど?」
……まぁそんな彼女たちなら、保健室に用があることは無いだろう、と私の興味は静まる。そして入学式を終え、一学期が始まり数日。職員室で彼女たちの噂は度々耳にした。……やっぱり彼女たちの知能は飛び抜けているらしく、授業をする先生方の方が緊張するのだそうだ。
まぁ、でも……保健室に居る私と彼女たちでは接点は限りなく少ないだろう。他人事のようにその話を聞き流しながら職員室で準備を終えた私は、いつものように自分のホーム、保健室へと向かった。
『在室しています』
保健室の扉のプレートを掛け直す。そして一歩保健室に足を踏み入れた瞬間、焼きそばの匂いが部屋に充満していた。
「……なっ!焼きそば食べてるの誰!?」
思わず荷物を置くのも忘れて窓へと急ぐ。入るなり奥の窓を全開にして新鮮な外の空気を吸った。……そして一つカーテンが閉められているベッドを睨む。
「……はぁ。堂々とサボってここで早弁とは良い度胸してるじゃない」
カーテン越しにそう話しかけると、ボソボソと声が聞こえてくる。焼きそばを食べているのは一人じゃないようだ。……それも女の子。
「………………怒らないから自分で出てきなさい」
私は自分のデスクの椅子に座り、体をそのカーテンの掛かったベッドに向けると、観念したようにそのカーテンがゆっくり開いた。
「…………え」
そして中に居た人物に驚いて小さく声が出てしまう。
『……だから言っただろ。匂いでバレるって』
『え~?……つかちゃんだって食べたじゃない』
『っ!……芽依が美味そうに食べてるから……。仕方ないでしょ』
『素直じゃないなぁ~つかちゃんは』
噂の二人の生徒が何故か保健室のベッドでカップ焼きそばを食べている。おっとりとした彼女の口の周りには青のりやら焼きそばのソースで汚れてるし、気の強そうな彼女はベッドの横にパイプ椅子を置いて漫画を読んでいた。
「……何してるの?あなたたち。授業はじまるよ?早く教室に戻りなさい」
彼女たちが誰であろうと特別扱いは出来ない。具合が悪そうならまだしも、焼きそば臭を漂わせて元気そうな彼女たちが居る場所ではないはずだ。
『え~ひどーい。ねぇねぇ私たちのこと忘れてるよ?つかちゃん』
『……当たり前じゃない。私たちこの姿で会うのは初めてなんだから』
まったく二人の会話している内容が入ってこない。意味が分からず首を傾げていると、気の強そうな彼女が私をジッと見ていた。
「……あなたたちは折笠司さんと柳芽依さんよね?」
『あぁ、そうだ』
『うんっ。私たちの名前知ってるんだねぇ、カナちゃん、えらいえらい』
「……っ、コホンッ。……私たちどこかで会った事あったかしら」
そう言うと、焼きそばを食べてた少女、柳さんがにこっと笑ってベッドを下り、私の前に立って少しだけ見上げた。あまりにも近付いてきて上目遣いに私を見上げるから、ドキッとして肩を押して距離を取るとムッと頬を膨らませる。……っていうか、せっかく可愛いのに口の周りが焼きそばのソースと青のりだらけだし。
『……カナちゃん、おっきくなったよね』
「…………へ……?」
『……泣き虫のあんたが先生だなんて笑っちゃうわね。でもまぁ……似合ってるじゃない』
『もぉ、つかちゃん素直じゃないんだからぁ』
パイプ椅子に座ってた彼女、折笠さんも立ち上がり、昔を懐かしむように私を照れ臭そうな顔で見ていた。
どう見てもあなたたちの方が子どもなのに、彼女の言うそれはまるでおじいちゃんかおばちゃんのそれ。もしかして過去から飛んで来たの?と突拍子の無い言葉が浮かんだあと、それを口にする前に彼女たちに問われた。
『永井カナ。……どうして私たちがあなたのこと知ってると思う?』
「…………分からないけど」
そう言うと、柳さんがデスクの上に置いていた写真立てを取って私に見せてくる。私が置いているのはピーちゃんとプーさんの写真だけ。柳さんが手に持っているのもそれだった。
『この子たちのこと覚えてるよね?……だって今でもこうして大事に飾っていてくれてるんだもん』
『……寂しがりのあなたじゃ、相当引きずってると思ってたけど、重症ね』
折笠さんがこちらに近付く分、私は後ずさっていた。よくわからない、訳のわからないものを目の前にしている恐怖……というより違和感。目の前の人の形をしたものが他の何かに見えてしまう。
『私たちって他の人よりも記憶力が良いんだよ?カナちゃん知ってた?』
「……う、うん。あなたたちの知能指数が高いって話は聞いてるけど……」
『知能指数……IQが高いって言われてもわかんないよねぇ?私とつかちゃんは生まれた時からそうだったし』
『まぁ……私と芽依のそれは記憶という部分だけではなくて、……前世のことも記憶しているんだ』
「…………はぁ……」
聞くからに突拍子の無い話だけど、逆にこの二人ならその話も、へーそうなんだ、ぐらい普通のことのように思える。それぐらいこの二人は他の生徒達と空気がまるで違ったから。
『……なんだ、その反応は』
「なんだ、って言われても、急にそんなこと言われたってそうとしか……」
『……カナちゃんお母さんに怒られた日は、私たちの鳥かごと一緒に押し入れに入って、ずっと絵本読んでたよね?』
「っ!?」
『あぁ、本当に迷惑だった。せめてカゴから出してくれれば良かったものを、泣き虫と一緒に薄暗い中に閉じ込められたんだ』
「………………」
それは私と家族しか知らない話。
それに彼女たちとはこの学校以外での接点なんて無かったはず。その彼女たちが何故その話を知っているのか……そう考えると、さっき言っていた彼女たちの話が頭に入ってくる。
『……んー……あとは、いっつもカナちゃんご飯こぼしてて私たちが食べてあげてた』
『それはおまえだけだ。……あと風呂は迷惑だった』
「……ピーちゃんにはいつも引っ掛かれて傷だらけだったなぁ」
ふと折笠さんの言葉に言葉を重ねていた。手を見ると、前にザックリと引っ掛かれた傷が残っている。それを見ていたら、折笠さんに手を握られて、指先が私の傷を撫でた。
ドキッとして顔を上げると、優しそうな顔して私を見下ろす折笠さんと目が合った。そのまま見つめ合っていたら、グイッと私たちを引き離して柳さんが私に顔を近付ける。その顔にはまだ焼きそばのソースと青のりが付いていた。
「…………プーさんはせっかく綺麗な色のインコなのにいっつも食べかすを口の周りに付けてたなぁ」
『……違うよぉ。食べかすを付けてるといっつもカナちゃんが構ってくれるからそうしてたの!』
私は苦笑しながらティッシュを取り出し、柳さんの口元を拭いてあげる。
『えへへ。カナちゃん、カナちゃん~』
『っ……!ズルいぞっ……』
「……本当に……あなたたち……」
見た目は女子高生の二人。まぁ……色々と飛び抜けているみたいだけど。
そんな二人をジッと見つめると目頭が熱くなった。
『……ピーちゃん、プーさん……次は人間に生まれ変わってね』
柳さんがその言葉を口にした瞬間、記憶がフラッシュバックする。
『……カナ。その願いを書いた紙を私たちの亡骸と一緒に包んだだろう?』
折笠さんの言葉にこくんと頷く。
……あの日のことは無意識に記憶の奥に閉まっていた。思い出せば涙が溢れてきてしまうから。
でも今は悲しいと思うどころか、ジンと胸が熱くなる。
「……それで、会いに……来てくれたの?私に、」
『他に誰がいる。……成長したカナがどんな人間になっているのか、楽しみにしていたんだ』
『ごめんねぇ。もっと早く会いに来たかったんだけど……私も司もよくお空を飛んでいたものだから』
「……え、飛べ、るの?」
『馬鹿。私たちの親はよく海外を飛び回っていてな。私たちは色んな国を転々としていた』
「……あー……だからあなたたちって浮いて見えたのね」
まるで彼女たちには羽根が生えているかのように、他の空気を寄せ付けない雰囲気があった。他の生徒たちよりもだいぶ大人びて見えていたし……。
『ねぇねぇつかちゃん私たち浮いてるらしいよ?羽根生えてる?』
『それは言葉の例えだ、馬鹿者』
……あの子たちと喋れたら、と想像していたあの日のことを思い出す。
暴れん坊のピーちゃんと食いしん坊のプーさんはこんなにも面白可愛い子たちだった。
『だがこうしてやっと一つの所に留まれるのは久しぶりだ。……と言っても私たちが強引に日本に居るだけだが』
『そうそう、そうなの。……だから、これからよろしくね?カナちゃん』
「……え?えぇ。……これからは生徒と先生としてだけじゃなく、……友達?としてもあなたたちのことを見守るから。助けが必要なら何でも声を掛けて」
そう言うと、彼女たちは顔を見合わせた後、私を見た。
『……はぁ?何を馬鹿なことを。私たちはカナと一緒に暮らしていたんだ、無論これからはカナと一緒に住む』
「………………は?」
馬鹿なことを、は私の台詞だった。
『そうそう。私たちずぅーっとカナちゃんと一緒に暮らすの楽しみにしてたんだからぁ』
「……いや、ダメでしょ!家族でもない教師と生徒が一緒に住んだら」
『……あぁそうだな。当たり前のことだがそう言われるのは覚悟している』
「だったら、」
『じゃあ私たちだけのヒミツにしよ?カナちゃんのお家に私とつかちゃんが住んでるの』
『あぁ、それが妥当だな』
「……全然妥当じゃない。うちの親になんて説明するの?」
『……ん~?もちろん今みたいにお話しするけど』
『カナの母親は頭が弱かったはずだ。だから大丈夫だろう』
「……ちょっと!うちの親の悪口はやめて……」
いや娘ながら、きっと今の話を聞いたらうちのお母さん許してしまいそうだけども!
『じゃあ、また放課後にね?カナちゃん』
『……覚悟しとけ』
まるで正反対の空気を持った二人は、私にバイバイと手のひらを振って保健室を去って行った。
まだ焼きそばの匂いが残る保健室。
夢だと思いたかったのに、その匂いが私に現実を突きつけた。
「……ぁー……親になんて説明しよう……」
それから数時間後のことを考えると、水も喉を通らなかった。
+++
そして放課後、運動部の生徒たちが保健室を利用したけれど、彼女たちの姿はない。……これはもしや、私をからかっただけだったのか。そう思うと多少は腹立たしかったが安心した。
「……そういえば聞きたいんだけど、折笠さんと柳さんのこと知ってる?」
『え?むしろ知らない人いるの?ってぐらいあの帰国子女の二人は目立ってるけど。そんで二人とも仲良いし、……あ、親は外国にいるから二人とも一緒に暮らしてるみたいだしね』
「……へ~」
『アタシ二人と同じクラスなんだけどさ、折笠さんは何か動きが動物みたいに素早くてスポーツ万能。柳ちゃんはあの雰囲気のまんまおっとりしてるんだけど、いつもご飯山盛り食べてて、それで太らないんだよ!?神様不公平だよ!』
「あるよねー、あるよねー、そういうの」
『……でも永井ちゃんなんであの子たちのこと気になるの?聞けばいいじゃん。今日保健室行ってたって朝のHRの時先生に言ってたけど』
「……急にあの二人が保健室にいたら驚くでしょ?」
『あ、確かに~。それでか~』
「そーそー」
女子高生との会話は楽でいいな~なんて思いつつ、治療を終えて生徒を送り出した後、ふと後ろを振り返ると保健室の窓の外からこちらを覗く二人の姿があった。
驚いて固まっていると開けて、開けて、と窓を叩いてくる。私は仕方なくグラウンド側の入口のドアの鍵を開けた。
「……何で覗いてるの?」
『カナちゃんが私たち以外の子に浮気してないか確認!』
『……カナにそんな甲斐性は無いって言ってるのに』
『はぁ?そういうつかちゃんだって一緒に覗いてたじゃん』
『!わ、私は別に……カナはそんなことしないって信じてるし』
二人のやり取りに深いため息をついた後、保健室の中に入ってきた二人を見ると鞄を手にしていた。靴も履き替えたのか、保健室へは靴下のまま入ってくる。
「……二人とも帰るのね。気を付けて帰りなさい?」
『……カナもだぞ』
『そうだよ、カナちゃんボケるには早いよぉ』
「…………あのさ、ほんとにほんとにうちに来るつもり?」
恐る恐る口にすると、二人は軽い口調で返してくる。
『当たり前だ。帰るぞ、さっさと支度しろ』
『えへへ。ママちゃんに会うの久しぶりで緊張しちゃうなぁ~』
「………………」
これ、現実……?めまいがして倒れそうになると、あっと駆け寄ってくれたピーちゃんこと折笠さんが私を支えてくれた。
『医者の不養生、と言うぞ』
『……だいじょーぶ。カナちゃんが寝込んでも私とつかちゃんで看病するし』
色々なことが頭に浮かんでは消えていく。今も現実逃避したい気持ちを押さえて私は二人の肩を掴んだ。
「…………分かったから、学校の近くの公園で待っててくれるかな」
そう言うと二人は二つ返事で入ってきたグラウンド側の入口から出て行った。
……なんて意志が弱い。弱すぎる、私。こんなことしたって事態を遅らせただけだと分かっているのに……。
「……お母さんに先に連絡しておこうにもなんて言う?あの二人のことだし、真っ先に一緒に暮らすとか喋り出しかねない。日本に帰ってきたばっかりで少しぐらいおかしなこと言っても気にしないでって言っとけば……あ」
……もし暮らしたいどーのこーの言ってたら、ホームステイしたがってるって話せばいいんじゃん。これならもしバレたとしても言い訳が付く!よしっ!私、天才!
さっそく、と戸締りを終えた後、職員室に戻って帰り支度。そして早足で待ち合わせをした場所へと向かうと、公園で遊ぶ子供たちと一緒に遊んでる二人を見つけた。
「……遊んであげてるの?」
『あ、カナちゃん!この子たちに遊んでやるって言われたから遊んでもらってたの~』
『……まったく最近のガキは生意気だ』
『ガキじゃないでしょ?つかちゃん』
「……折笠さんの方がよっぽど生意……」
言いかけてギロッと睨まれた私はすぐに黙った。
柳さんは子どもたちにバイバイした後、私たちの所へ戻ってくる。
「……念の為聞くけど、本当の本当の本当にうちに来るのね?」
『しつこい』
『行くぞぉー!おー!』
二人の間に挟まれて、私は自分の家へと拉致されたのだった。
+++
……そして案の定、二人はうちの母親と仲良くなっていた。
リビングにみんなで集まって、お茶とお茶菓子をつまみながら話に花を咲かせる。うちのお母さんが好きなやつだ。折笠さんはどうかしらないけど、柳さんは老若男女問わず人タラシだから誰とでも仲良くなれる。柳さんとうちのお母さんは向かい合わせに座ってずっと喋っていた。
「二人ともほんとに可愛いわぁ~。娘が二人増えたみたい」
『えへへ~。ママちゃん、私たちのこと娘にしてほしいなぁ~?』
『あぁ。いずれカナと公式に婚約するつもりだからな。娘でいい』
『あ!抜け駆けはダメって言ったでしょ~!?カナちゃんと結婚するのは私だもん。ね?ママちゃん』
「――ぶふっ!!」
思わず飲んでいたお茶を吹き出して、セルフで吐き出したお茶をタオルで拭く。隣を見れば、お母さんが意味ありげな顔でニヤニヤと私を見ていた。
「あらあら……。今まで浮いた話一つも無いと思ったら、カナったら生徒にモテモテだったのね」
「違うから!この子たち新入生だって言ったでしょ?普通に考えてこんな年下の子と付き合ったら私が逮捕されるわよ」
『カナ、世間の目は気にするな。卒業するまで手出しはしない』
「っ、それはこっちの台詞!……っていうか、付き合ってもないのに私の台詞でもないけど!」
『そうそう大丈夫だよ~?カナちゃんは手を出さなくていいよぉ?……だって私たちが出すからぁ。心配しないで?』
「あのねぇ、そういう問題でもないから!……二人とも頭良いんでしょ?無理なの分かるよね?」
何故かさっきから息切れしてるのは私だけだった。他三人は和やかな雰囲気でお喋りしている。……え?どうしてうちのお母さんはすぐに受け入れられるのかな!
『私わかんなぁ~い』
『右に同じ』
「ママもわかんなーい」
「わかってよ!そこは!」
頭を抱えてテーブルに頭を伏せていると、私のことはそっちのけで頭の上で三人の会話が飛んでいる。
今日は脳みその使用量が限界を超えていた。目を閉じていると途端に眠気が襲ってくる。……でもこの二人のこと放っておくわけには……。そう思い眠たい目を擦って顔を上げると、目の前に座っていた折笠さんと目が合った。
『……眠いのか?ソファーで寝てるといい』
私の頬を撫でてくる折笠さんの手にびっくりしていると、立ち上がってテーブルの隣に立った。
「え、だいじょ……わっ!」
私を支える手が腰と腕に。急に触られて軽くパニックになって立ち上がるとそのままダイニングテーブルの奥のリビングにあったソファーに座らされた。……うぅ……まだドキドキが収まらない。私の顔を覗き込んでくる折笠さんの顔を見れなくなって、ソファーのクッションに顔を埋めた。
『…………カナは寝ているといい。今日カナは頑張っていた。疲れただろう、おやすみ』
折笠さんの低音の声が心地良い。お母さんと柳さんのお喋りする声もむしろ子守歌に聞こえてきて……。折笠さんに頭を撫でられて、……私はいつの間にか眠りに落ちていた。
「…………あっ!……明日の準備しなきゃ、」
ハッと目が覚めて慌てて時計を確認する。そしてリビングがやけに賑やかなことに気付いた。
『あ、カナちゃん起きたよ?パパちゃん、ママちゃん』
「……まったくこんなに可愛い生徒さんがいるっていうのに寝てる先生なんて示しが付かないぞ?」
『カナパパ、私たちは生徒ではなくもう家族だ』
「そうよ?パパ、芽依ちゃんと司ちゃんは週末からうちに一緒に住むんだから」
「パ……いや、僕もこんな可愛い娘が出来るのは嬉しいけど……大丈夫なのか?カナ」
「――ダメに決まってるでしょ!?お母さん何言ってるの?」
ヤバい、柳さんに完全に堕とされてるうちのお母さん……。お父さんはまだ正気だけど、数時間もすればわからない。
「ダメダメ。生徒がうちに住むとかありえないから。私をクビにしたいの?」
『……えー?理事長先生は良いって言ってるよ?カナちゃんのパパちゃんとママちゃんが良いっていうなら大丈夫だもん』
そう言って見せられたメッセージのやり取りを見て恐怖を感じた。
”永井先生のお宅に柳芽依と折笠司が下宿することになりました。許可頂けますか?”
”こちらでは許可します。後は内々にお願い致します”
……理事長……。
『芽依の父親はあの学校に多額の寄付をしている。……もちろん私の家もだ』
「………………」
ぐぅの音も返せずうずくまると、何故か他の四人は嬉しそうに拍手をしていた。
「じゃあ今週末は芽依ちゃんと司ちゃんの歓迎会ね」
「物置代わりにしていた部屋を空けておかないとな」
「……いやいやいや……ちょっと待ってよ」
何で私を差し置いて一緒に住む話進んでるわけ?
『往生際が悪いぞ、カナ』
『えへへ~。カナちゃんが寝てる間に話はまとめておいたよ?芽依ちゃん優秀☆』
「………………」
脳内で、ガチャンと音がする。
転生した元ペットたちに、今度は逆に私がカゴの中に閉じ込められた気がした。
『これからはずぅーっと一緒だねぇ?カナちゃん……安心して?可愛がってあげるから』
『……安心しろ、カナの世話は手間じゃない』
「っ……私はあなたたちのペットじゃないから!」
『あらあら~強がっちゃって。カナちゃん可愛いんだ』
『……万が一職を失っても私と芽依なら家族ごと養ってやれるから安心するといいぞ』
「………………」
……これはペットの恩返し?
いや、違う。……言うなら、逆襲だった。
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