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※※
広いお花畑の中で、若い男女が仲睦まじい姿を見せている。
「はい。ほら、君に良く似合うよ?」
ジェンジーが花のかんぶりを作り、金の髪の少女の頭に乗せた。
すると少女は嬉しそうにはにかむ。
「ふふふ…ジェンったら。嬉しいです…有難う。」
「へへっ、こんなもん、お安い御用だ。」
お礼を言われて、ジェンジーはむず痒い気分になる。
夢にでもみたこの光景。
『こんな所で俺を待っていてくれていたなんて…兎耳の天使ちゃん…。』
ジェンジーは嬉しくて殆ど半泣き状態だ。
可愛い天使が自分の目の前にいる。
『あー、まるでここは天国だ!』
気付いたらここに居て天使がジェンジーを心配そうに見つめていた。
ジェンジーが急いで起きると、天使は嬉しそうに微笑んで以前の様に柔らかな手を伸ばしジェンジーの手を取る。
これだけでジェンジーは天に舞い上がるぐらいにテンションが上がった。
「ジェン、どうかしましたか?」
一人興奮していると、天使は不思議そうに首を傾げる。
『くー!めっちゃ可愛い!!これは絶対に惚れるだろう?』
天使の様子にジェンジーはテンションが最高潮だ。
「ジェン…」
「何でもないよー。気にしないで…」
ジェンジーが天使に再び振り向いたその瞬間、そこに居たのは天使ではなく怪しい笑みを浮かべたメイリンという女性。
「え…メイリンちゃん??」
辺りを見るとそこには天使は居ない。
気付くと、周りの風景もお花畑ではなく水路がある夜の街。
「ふふ…お馬鹿な人ね?」
メイリンと呼ばれた女性は姿を変えてならず者になっていく。
「てめーはここで死ぬんだよ?」
ならず者はジェンジーの手を握って言い放った。
「…ば…ば…ばっ…」
男を前にしてジェンジーは身体を震わせて何かを言いかけそうになるが上手く声が出ない。
でも次の瞬間。
「バカヤロー!!俺の青春にお前なんかお呼びではねーよ!?」
※※
「俺の青春をかえせー!!このアホンダラー!」
ジェンジーは目を覚まし飛び起きた。
「なんで良いところでこうも邪魔ばかり…ってここは?」
ジェンジーが気づくとそこは古びた大きな倉庫だった。
『俺がなんでここに…って、そういえば俺…メイリンちゃんを追って水路にでてあの馬鹿達を倒したような…』
女性を助けたはずなのに…とジェンジーは記憶を順々に思い出していく。
『あの時、メイリンちゃんが何かを俺の鼻と口元に押し付けた。そこから意識がない…こんな知らないところに警備隊のおっちゃん達が連れて来たのか?いいや…違う。』
ジェンジーの腕や胴体、足に太い縄が括りつけられている。明らかにジェンジーは身動きができないようになっていた。
「起きたようね?」
「…ん?」
倉庫の扉から女性がならず者を連れて、ジェンジーの元へと歩いてくる。
「メイリンちゃん…。」
そう、目の前にいる女性はジェンジーが助けた女性。
「ふん、貴方が変に暴れるからこっちは大損してしまったわ。折角上等な商品が多く手に入ると思ったのに、まさかダメダメだった警備隊に仲間や商品の居場所まで突き止めるなんて…もう踏んだり蹴ったり!!」
女性は持っていた鞭を八つ当たりするかのように叩き、苛立ちを発散する。
「まさかの女王様!?メイリンちゃんそういう趣味だったの??」
鞭で周りにいる男達をビシバシ。
そんな彼女をみて新たな扉の中を覗き込みした気分になり、ジェンジーはついドキドキしてしまった。
「本当にこいつ馬鹿!自分の状況を分かっていないのかしら?あと、その名前やめてよ。私はそんなダサい名ではないわ?」
女性は顔を歪めてジェンジーに鞭をうつ。
「ぐっ、いてぇ!やっぱ俺にその趣味ねーな?」
彼女は名を偽りならず者の仲間だったと、ようやくジェンジーは理解をする。
「それで俺にめちゃくちゃされたというのに、こんなところで何している訳?女王様はこんな辺鄙で暮らしているのですかぁ?」
騙されて正直、ムカムカしているのかジェンジーは挑発する。
『くそ…。優しさに付け込まれでこの様か…俺の純粋なハートが流石に傷ついたぜ?』
どうにか打開しようとしても腕と足が縛られて動けない。
そんなジェンジーにならず者が殴ってきた。
「お嬢にそんな口をきくとはいい度胸じゃねーか?」
「お嬢、こいつはここで殺さね?」
無抵抗のジェンジーにならず者は暴力をふるう。
「もういいわ。」
女王様の声でならず者はとまる。
「これ以上商品に傷つけたら値がつかないわよ?折角奴隷商と話を付けたのに…。それよりも船の準備を急ぎましょう?ここにまたあの犬たちが来るかもしれないし、早く売って私の王子様に会いにいくのだから。」
「「へい!」」
ならず者達はジェンジーを解放し倉庫の外へと向かった。
そして誰もいなくなりジェンジーはうつぶせから何とかして仰向けになる。
「…なんだー?あのへにゃへにゃパンチとキック。親父やネスより断然やさしーじゃん!」
いう事はそこか?と思えるほど、本人はピンピンしていた。
元よりディリクレ家は武家の名門。
多くの弟子は騎士や護衛として各地活躍している。
その当主の後継ぎが底辺レベルであるならず者の攻撃など効きはしない。
無抵抗なりにしっかりと受け身を取っている。
「うーん。三下の馬鹿が縛ったとしては、わりかしとしっかり縛ってあるなー。全然とれねー?」
ジェンジーに括りつけてある縄は掌と掌を合わせられないようにしっかりと縛ってある。
どんなに力を入れてもビクともしない。
胴体も足も同じの様で全く動けなかった。
「くー!縄だけ上等なもんつけやがってー。これなら武器になる鉄製の枷の方が良かったー!!」
どんなに力入れても縄は解けず、ジェンジーはゴロゴロと転がっていた。
「腹減った…。しかし捕まってからどれぐらい経っているのだろう?」
倉庫の屋根についてある窓から明るい光が差してくる。
今は夜ではない。
実際、ジェンジーが捕まってから2日経っている。
『はぁ…よく寝たな?…あいつら船の準備と言っていた。俺を売ると言っていたし、まだここはヴァロン王国の近くかも…。なら何とかしてここから逃げないと。俺ここで起きてよかった…!』
知らぬ大陸に活かされる前に運よく出航するまでに目が覚めた。
ジェンジーは不況の中でもポジティブに考える。
『今は何とかしてこの縄を緩めないと!それであいつらに飛び蹴りをかまして逃げてやる!』
手足が使えぬとも身体は動く。
ジェンジーは逃げ出す為に必死に縄を緩めさせる様、地面に縄を擦り付ける。
『でも…またあの変な匂いを当てられたら、まずいのでは?俺ピンチじゃん!!やばい急げー!!』
どんなにポジティブでもジェンジーのピンチは変わらない。
必死に縄を緩める為に身体を動かした。
・・・・・
一方
「レン、この辺でこの子達を置いておくぞ?」
「はい。」
二人は目的地付近で馬を止めた。
少し歩くと目的地である廃港がある。
相手に悟られないためには歩くしかない。
「この先と言えば、何年か前にファシアンの密入者が密猟の為に使用していた廃港ですよね?場所を更地にするという話を聞いていましたが、まだ残っているのですか?」
「ああ。あの廃港は油の原料を多く輸出入していた為に、色んな所で油が染み込んでいるそうだ。年数が経っているとはいえ壊すとこの辺の環境に影響がある。その為、マーカス公衛大臣が廃港を取り壊すことを禁止したらしい。」
多くの油を保管していた場所だからこそ危険な場所。
人は住みつかなくなり何も出来ないまま放置されていた。
そんな場所こそ裏で暗躍する者や密入者にとって都合がいい。
「場所が危険…成程。では、廃港を騎士達の拠点に再利用するよう今度の王族会議で進言してみましょうか?この場所ならファシアンとエヴィリスの動きも観察しやすそうです。」
「流石は英雄と呼ばれた総大将。二ヶ国を相手にもう戦略を打っているな?近々大国エヴィリスが本腰になると分かって言っているのだろう?」
レベンスが観ている先はかなり遠いがエヴィリス王国とファシアン王国の大陸がある。
ニルキアは海で戦う事を想定に戦略を張り巡らせているのだろうと、そっとため息をついた。
キィーー
「ん?」
上空に鳥の鳴き声が聞こえ、ニルキアは腕を空に向けて伸ばした。
するとニルキアの手に鷹が止まる。
「ノルンから連絡だ。」
鷹の足に括りつけてある手紙を取りニルキアは内容を確認する。
「どうやらファシアンの仲間は片付いたらしい。それに朗報まで供えるとは流石、真の闇商人、仕事が速いじゃないか?」
「朗報?」
レベンスは首を傾げる。
「ああ、今捕まっている人質についてだ。レン安心しろ?人質は殺されずファシアンに運ばれて奴隷戦士という商品として売られるらしい。」
捕まったジェンジーの末路を聞き、レベンスはホッと安心した。
「では今の時点で殺さる事はありませんね?それを聞いて安心しました。ノルンはその買い手も捕まえたのでしょう?」
「『レンに“大量の芋が収穫できた。帰ったら焼き芋パーティーしよう”と伝えろ』だそうだ。抜かりはないだろう。」
ノルンは主犯格の仲間を芋づる式で捕まえたという事は、当然ジェンジーの買い手も捕まえている。
「食べられる芋も買って来ると思うし、落ち着いたらノルンの所に行こう?」
「嬉しいです!でも焼き芋ばかりではなく、芋を使った料理も食べたいですね…と、見えました。あそこですね?」
二人はようやく目的地へ辿り着いた。
まだ明るいが徐々に日が落ちかけている。
二人は相手に見つからないように岩陰に身を潜め様子を確認した。
「結構広い港ですね?」
「そうだな…。レン、港に船が止まっている。数人が荷物を入れているという事は近々出発の様だ。」
「…でも、準備ができている様子ではありません。彼は何処かに監禁されているか、既に船の中でしょう?ニル、私は先に裏から回り船の中の残党を処理します。逃げる残党が居ましたら処理してください。そして建物の中を確認お願いします。
」
レベンスは腰に携える剣を抜き既に戦闘モードとなる。
「正面は流石に彼に危険を及ぶからな…分かった、時間差で俺は堂々と正面から入る。」
「はい。時間はそう掛かりません…では参ります。」
レベンスは海辺の方へ向かい降りて行った。
一人になったニルキアはその後ろ姿をみてそっと呟く。
「うーん。気配からすると30人ぐらいか…?用意させておいた馬車に全員乗るかな?まあ、始末する奴もいるだろうし何とか乗るだろう。」
二人の安否よりも残党処理後の心配をするニルキアだった。
・・・・・
残党のお頭である女は船の看板で海の先を見ていた。
だが振り返り、作業している男達を叱咤する。
「ねえ、まだ終わらないの!?」
女のヒステリーに男達は機嫌を取るかのように煽てた。
「お嬢心配しなくても、もう少しでっせ?」
「燃料も補充したから後はあのガキを積んでお終いだ。」
どうやら出航する準備ができたようだ。
「なら、あの馬鹿を連れてきなさい!口が煩いからあの薬を使って寝かせておいて?」
女の命令に男達は順々に従っていく。
その様子を見守る事もなく女は再び海の先を見つめた。
「早くあの方に会いたいわー?私の王子様…。」
女がうっとりと見つめる先は海ではなく想像の中の王子。
王子と言っても彼女が勝手に王子に仕立て上げている。
「王子様とは、どんな御方なのですか?」
突然、砂糖菓子の様な甘い声が女に問いかけた。
「もう、知っているでしょ?闇市場では知らぬ者はいない御方、『影豹』と呼ばれた貴公子様よ?って、何無駄口を叩いているの…っ!!?」
女が振り返ると、目の前には国宝級の美しさを持った美少女。
言わずともレベンスが立っていた。
「ひぃっ!人形!?いいいゃ、なにこの女っ!?」
「影豹…ああ、彼ですか…?確かに貴公子と呼ばれてもいい程、綺麗な方です。本人は『嬉しくない』といって怒りますが…頼りになる方なのであまり怒らせたくはないですね?」
にっこりと微笑むレベンスに女は酷く怯える。
先程から空気がやけに重い。
剣を握っていてもレベンスはただ何もしない、だけどそこに居るだけで圧倒的。
敵兵でもこのプレッシャーに一瞬で戦意喪失してしまうのに、底辺がまともに相手をできるわけない。
単純にレベンスが手加減している、それだけのことだった。
「ひぃ!!だ、だれか!?」
女は助けを求める…だが誰も来ない。
「ああ…ここに居るお仲間さんは既に寝て貰いました。殺してはいませんよ?」
既に船にいる仲間達は倒されている。
ジェンジーを探しに先に船内を捜索したようだ。
レベンスは軍服のポケットに手を入れ、ある物を取り出す。
取り出したのは以前、首謀者の女がジェンジーに使った布の様だ。
「貴女にお聞きしますが、このハンカチに染み込ませてある薬…これがどういうものかご存じでしょうか?」
「ひぃっ。な、し、らないわよ!」
女は薬の事を知ってそうだが、口を閉ざした。
それを見てレベンスは緩やかな笑みから、真顔に替わる。
「本当に知らないのですか?」
先程よりも強い重圧に女は立てずに尻餅をついた。
レベンスの前に顔を真っ青にして酷く怯えている。
「…パ…パがくれた薬…よ?…睡眠薬…よりも強力で…役に…たつ…からって!」
ようやく女は白状する。
そんな様子を見てレベンスはため息をついた。
「これは脳を破壊する麻薬です。ほんの少し吸うだけなら、いい夢を見るだけの睡眠薬になるでしょう。でも少し間違えれば確実に脳は死んで廃人へと変えます。船にある残りの薬も全て廃棄しましたが、この薬は面識ない者にとってはかなり危険なものですよ?」
「ひぃぃっ!!」
問いただすだけで凄い威圧感に、女は泡を吹き倒れた。
どうやら耐えられなかったようだ。
「…実に愚かです。欲の為に禁止薬を持ち出し、知らずに使用するとは…。どんなにこの国で規制しても外から侵入する。…ファシアンの監視は強める必要があります。あの国がもう少ししっかりしてくだされば、彼らに頼む必要が無いのに…残念な国です。」
レベンスはハンカチを証拠品として袋に入れて再びポケットにしまう。
そして倒れた女を拘束し、そのまま甲板の周囲を確認した。
「ここには彼がいない…という事はまだどこかの建物に居るという事ですね。ニルの元に行きましょう。」
・・・・・
「-ん、よし。何とか緩んできた気がしたぞ?」
ジェンジーの腕の縄を見てみると地面に擦り付けてボロボロになっている。
「しかし、擦り過ぎて身体が痛てー!って、そんな事よりこれをここでもう一回…」
ジェンジーは何とか倉庫の壁まで移動し、劣化して少しだけ破損している木の壁に腕の縄を擦り付けた。
「よし!これで取れるはず!」
手首に力を入れるとようやく縄が外れた。
そこから器用に手を使い足の縄も外して、残るは胴体のみになった。
「これだけは外せんー!どんなけ強固だよ?」
どんなに腕に力を入れても外れない。
手足は使えても腕が上がらないままだ。
「まあ、腕は使えなくても、手と足が動けば行けるか?よし逃げるぞ!」
ジェンジーは急いで倉庫の扉まで行き、扉を開けようするが…
「ふんぬー!なんだこのドア?かってー!?」
扉は固かった。
「さっきの奴らどうやって開けたんだよ?これ普通に開けようとしても無理じゃね?」
どんなに引っ張っても扉はビクともしない。
古びた扉で、所々錆びている所為だろうか?
「アジトにするなら、使うものぐらいメンテしろよー!?」
どんなに引っ張ってもビクともしない…が、突然光がジェンジーを包んだ。
「んわぁっ!?」
「それは同意するが、悪い。この扉は引き戸だ?」
ガラガラガラとジェンジーの向かい側の男が扉を開く。
「そっちかい!って、出たな悪役A!?」
ツッコみを入れるジェンジーだが、直ぐに戦闘モードになる。
3歩下がり相手を仕留める様に構えた。
ニルキアが部屋に入りジェンジーを見据えにっこりと微笑む。
その姿にジェンジーは顔を青く染めた。
「なななっ、悪役に超美形が来たー!!」
ジェンジーがニルキアを見て大きく叫んだ。
その声が倉庫に響き渡り、『キター』とエコーがかかる。
「…君は面白いな?」
稲妻を受けたような顔をして固まるジェンジーに、ニルキアは苦笑した。