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王都、城下町の裏通り
上級貴族や市井でもとりわけ身分が高い者達が通う華やかな表通りとは違い、裏通りは上級から下級のものが集まる酒場、娯楽を営む店や情報屋などが営んでいる。
そればかりか、声に出して言えない様な店が看板を出していて、日々様々な客を呼び込んで夜の王都を賑わせていた。
今宵も裏通りは多くの客が訪れる。
だが、その中にある下級の身分が多く通う酒場で今現在、大きな問題が起きていた。
バーン!!
「ぐわぁっ!!」
男が投げ飛ばされて酒場の扉にぶつかった。
「バーカ。嫌がる姉ちゃんにしつこく迫るなんて、紳士がやる事ではないぜ?それにさっきから煩せーぞ。お客さんに迷惑だろう?」
藍髪の少年が投げ飛ばされた男だけではなく、まわりにいる数人のガラの悪い男達に言い放った。
「しかも俺のキャサリンちゃんにまで口説こうなど、百万年はえーわ。出直してこい!」
「ジェンジー君。私、貴方の事は弟しか思えないのだけど?彼氏もいるし…」
「ええー、嘘だよな!?」
ジェンジーと呼ばれた少年は信じられないというばかりにショックを受けている。
どうやら振られたようだ。
「おいっ小僧!」
カウンターにいる女の子に振られしょんぼりするジェンジーに、ガラの悪い男達は叫んだ。
「ガキ、てめぇ何したか分かっているのだろうな?」
「ううぅ…これで5連敗…俺の青春にいつ春が来るのだろう?可哀相な俺…」
ならず者達がどんなに吠えても、失恋して哀愁漂うジェンジーは聞こえていない。
いじけて床に「の」の字を書いていた。
「このぉ…クソガキがぁっ!!」
ならず者たちはジェンジーに向かって襲い掛かる。
・・・・・
一方、とある質屋で…。
「ノルン、久しぶりですねー?元気でしたか?」
雇人に連れられ兎姫は来客室で待っている店主に挨拶すると、店主は兎姫をみるなり厳つい顔が増す。
ノルンと言われた店主は、30前後の青年で独特な雰囲気を醸している。
「大陸一の交渉上手と言われた質屋の店主だけあって幅広い商界に人気があると聞いていますが、繁盛してますね。でも、売りに来る物は決して“物”だけではない…。価値があるものは何でも仕入れる情報屋として、数ある情報屋が太刀打ち出来ないほどの腕をもつ情報屋ノルンです。」
楽しそうに周りを見ながらレベンスは彼を誉めている。
だが、ノルンは厳つい顔をして黙ったままだ。
いや、先ほどからどんどんと険しさが増している。
「でも、ノルンの凄い所は情報収集だけではありませんけどね?番犬の頭を持つ闇の番人、ノルン・アコード?」
「…レン…。」
ノルンは雰囲気を崩さないまま、席を立ちレベンスの前に立つ。
空気がかなり重い。
だが…。
「レンちゃーん、会いたかったぞ!?」
突然、ノルンは叫びレベンスに抱きついた。
熊の様な厳つい顔を完全に崩し、子猫を愛でるような甘い顔してはレベンスを頬ずりした。
「ああぁ!こうして会えるのをどんなに心待ちしたか…いつも偏屈共ばかり相手しては、毎度心が折れそうになって全員殺してやろうかと思うのに。こうして心のオアシスと再び会えるなんて…ああ、生きていてよかったぁ…。」
「この前会ったばかりでしょう?貴方は相変わらずですねー?」
そう、ノルンは兎姫の大ファンだ。
ノルンはレベンスを抱き上げクルクルと嬉しそうに回る。
「それでも足りない!レンは俺のハートを一瞬で奪った小悪魔ちゃん。こーんな超、超、超美人で無邪気な仔兎は世をどれだけ歩き回っても見つからないさ?しかも何?めちゃ可愛い恰好して。攫われたらどうする?」
「ニルキアのお手製です。ふわふわのうさ耳フードがポイントだそうですよ?ある事件の為に用意してくれたのです。だから問題ありません。」
ふわふわのフードを被り幼女が着るような可愛らしいワンピースに身を包むレベンスは、どこから見ても女の子。
だけど、これには理由がある。
「事件?…もしや人攫いで賑わしているやつか?」
「そうです。ノルン、今宵も彼らは王都に来ているのでしょう?」
レベンスの目的を理解し、ノルンは舌打ちする。
「どこまでこの国の騎士共は無能なのだ?可愛いレンを動かすなんて…馬鹿ニルキア!何故、レンだけに任せて無能騎士団を放置させる!?」
「私が早く解決したくて志願したのですよ?その為に幾つか貴方に確認したいのですが、ご協力して貰えますか?」
憤慨するノルンに、レベンスは落ち着かせるようにノルンの背をペシペシと軽く叩いた。
「…可愛いレンちゃんの頼みは断れないな?それも既に目星はついているのだろう?…はぁ、今からそいつらに会いに行くか?」
「はい!大方、彼らは最後の仕入れをしているようですから。」
そしてノルンとレベンスは質屋を出て裏通りを並んで歩く。
「ノルン、現在ブロッサム領に停泊している船に異国の御客が乗っていて、王都や周辺の街を観光しているそうです。その異国客が貴方の店にも来店しませんでしたか?」
「…はーい。これで証拠が挙がり万事解決だね。勿論、来ていたとも。売りに来た者や、買いに来た者もいる。売買リストはレンに渡せばいいか?」
瞬殺過ぎてノルンの肩が落ちる。
「ふふ、楽しみが少なくてごめんなさい。でも、ノルンの店だけではなく他所の店にも証拠を残しており、攫われた人達も騎士達が救出に向かっています。ただ問題は主犯格…彼らだけで逃げ出す可能性がありますので、そうそうと捕まえておきたいですね?」
レベンスは既に色々と手をまわしている。
これにより攫われた人は大方取り戻せるだろう。
だが、主犯格はまだ捕まえていない。
「残念ながら今回はここに居る者しか捕まえられませんが、お仲間はまだいるそうです。」
「だろうな。今まで無能の連中が捕まえられない程、かくれんぼが得意という事は、相当な組織がなければこうも行かないだろう。」
「はい。彼らは他所でも狼藉者を操って犯行に及んでいます。そして攫った者を隣国ファシアンの闇市場に売りさばいている。ノルン、貴方に依頼したいのは寧ろそちらの対応ですね。貴方ならすぐにファシアンにいる仲間を引きずりだせるでしょう?その為の手札は用意しておきます。」
「…いいぜ?あそこのハラワタを引き裂いてレンにプレゼントしてやる。それにあいつらもレンのお願いなら喜んでやるだろう。逆に手柄を奪い合って血を見るかもな?」
ノルンがある仲間を思い出してうんざりして言う。
レベンスも彼らを思い浮かべては楽しそうに笑った。
「貴方達は兄弟の様に思えます。似た者同士というべきでしょうか?」
「俺をあいつらと一緒にしないでくれ?まあ、レンを愛でる同志というものだ。あいつらもレンにぞっこんからな?…ニルキアが居なかったら確実にレン争奪戦だ。ヴァロンなど滅んでいるぞ?」
「ふふふっ、ニルは強いですからね?彼の右に出る者は誰もいません。」
「…レン、それは無理がある。ニルキアよりお前の方が最強だ。」
飼い主が最強だと豪語する兎姫にノルンは再び肩を落とした。
隣にいる仔兎は何万の兵を一人で相手する最強。
世間から“戦神の化身”と言われる程の英雄なのだから…。
だが、レベンスはノルンの訴えるような眼を無視して飼い主の余韻に浸る。
『…強くて優しいニルキアに私は何度も救われている。今の“私”があるのは彼のお陰なのだから…一生、敵いません』
ある女性を一瞬思い出しては、レベンスは直ぐに首を振りうち消す。
「それより、今まで狼藉者たちが仕入れようとする酒場の周辺には必ず休業している店がありますよね?」
「ああ、店の休みは個々によって違うからな…て、成程。そんな大胆なことをしているのか?」
「はい。…私が鼠さんを捕獲するので、ノルンはその間警備隊を呼んでください。逃げる者がいれば容赦なく…え?」
もうすぐ店先だというのに、レベンスは目の前で起きている光景に立ち止まる。
ノルンもその騒動に気づき首を傾げた。
目の前では、店から出て行った一人の少年に対して多くの狼藉者達が追っていく。
そして少し離れた場所にある閉まった店から数人の男たちが出てきた。
「…仕方ありませんね?」
すぐさまレベンスは数人の男達に近づいた。
男達はその場を離れようとするがレベンスが近寄って来たのを気付き、顔を真っ赤にする。
そして、すぐににやけた顔してレベンスを囲う。
「これは別嬪なお嬢ちゃん、一人なのかい?」
「すげぇ…超美少女じゃん。こんな子を夜に歩かせるなんて親はどうかしているぜ?」
「なあ、お父さんとお母さんとはぐれたのかい?お兄ちゃん達が一緒に探してあげるよ?」
「お菓子は好きかい?あっちの店に美味しいお菓子が売っているから買ってあげるよ?一緒に行こう?」
異国人とはいえ、随分現地語に達者の様だ。
一人一人が心にも思っていない事を言って、レベンスに気を引かせようとしている。
騒ぎになったお陰で警備達が来る危険があると誰もが分かっていても、目の前の極上品に目を眩ませ必死に誘惑しているのが見え見えだ。
どうやら主犯格はこれだけの人数の様。
レベンスは薄く微笑む。
「…私はお菓子より貴方たちと一緒に遊びたいです…ねえ、遊んでくださいますか?」
レベンスは彼らに微笑むと、男たちは我忘れたちまち興奮する。
“遊びたい”
言葉の意味を疑わずに男達は皆、レベンスに手を伸ばした。
そんな様子を遠くで見ていたノルンは心の中でため息をつく。
『バーカ。お前ら等には何度生まれ変わっても、絶対手が出せない相手だぞ?一目でも見られただけで一生分の運を使い果たしたと思え。』
そうノルンが呟く間に、一瞬で事が済む。
目の前には音もたてずに主犯格たちが地に崩れている。
レベンスに触ろうとした瞬間に一撃で落とされた。
「ノルン、警備隊はまだですか?」
「もう来ると思うぞ?ほら、来た。」
少し遠いが、やっと警備隊が来たようだ。
「…先ほどの彼が気になります。様子を見てきますね?」
「え?おい、レンそれは不味くないか!?」
ノルンが止める間もなくレベンスは少年の元へ向かった。
『先程の身のこなしを見ている限り、大丈夫だと思いますが…一応…』
藍色の少年を案じ、俊足でレベンスは追いかけた。
・・・・・
「待て、クソガキ!!」
「待てと言われて、待つ奴などいねーよ!?」
ジェンジーは店から出て必死に人気がない場所に向かっている。
『ここで暴れたら周りに迷惑だ。こいつらは大したことなさそうだけど、数だけはしっかりいるから他の奴が危ない。』
足には自信がある。
本当なら振り切れるが、そうは出来ない。
『うーん。これが可愛い女の子だったらな…男に好かれて嬉しくもなんともない!』
ジェンジーが振り払ったら確実に、ならず者は周りの人達に危害を及ぼすだろう。
ならばジェンジーが相手するしかなかった。
「くそぉぉ!おれは傷心中なんぞ?少しは優しくしろー!!」
どちらかというと、先ほどの振られたダメージが大きい。
半泣きになりながらジェンジーはならず者を連れて路地へと向かった。
そしてようやく人気が無い路地でジェンジーとならず者は止まった。
「ぜー、はー、疲れたー!中途半端に走るのも無駄に疲れる!!」
「それはこっちのセリフだ!ようやく追い詰めたぞ?ガキ覚悟しろ!」
ならず者たちは刃物を出してきてジェンジーを脅す。
「刃物はあぶねーだろ!大事なモテ顔が傷ついたらどうしてくれるんだ!?」
「…はぁ!?」
「こいつ、馬鹿じゃね?」
「てめーは今から死ぬんだよ!?」
脅しても的を外すジェンジーにならず者たちはずっこけるが、気を取り直して各々お決まりなセリフを言い放った。
「あ゛ー!誰だ、今馬鹿って言ったのは?馬鹿といったやつが馬鹿だぞ!!」
お決まりのセリフでもジェンジーには効果がない。
「うるせぇ!」
痺れを切らしたのかならず者たちはジェンジーに襲い掛かった。
だが、ジェンジーは複数人が向かって来ても慌てる様子もない。
そしてにやりと笑い、スッと動く。
「!?」
「へへっ、ばーか!」
ジェンジーはならず者に向かい拳で相手の急所を狙った。
そしてすかさず足を上げ、相手を蹴り飛ばす。
その蹴りは数人のならず者を巻き込み一気に迫る敵を減らした。
「なんだ?このガキは??」
「バーカバーカ!今更後悔してもおせーよ?」
ならず者が驚き足を止めると、ジェンジーは容赦なくその男の顔をぶん殴った。
拳や足を使い繰り出すジェンジーは、普通に喧嘩するようなものには見えない。
攻防に優れた規則正しい動き。
磨き上げられた武術は相手に隙を見せない。
『この武芸は武家のものですね?という事は、彼は貴族…。』
追いついたレベンスは、少し離れた場所でジェンジーの戦いを見ていた。
「で、さっき馬鹿って言ったやつは誰だ?とっちめてやる!!」
まるで楽しんでいるかのように余裕なジェンジーに、レベンスはつい小さく笑ってしまう。
『…楽しそうな人。少しお馬鹿さんみたいですが、何処か安心できるタイプですね?』
久しぶりに誰かを見て楽しいと思った。
そう思えるぐらいにジェンジーは真っ直ぐな男だ。
「く…やべーぞ?」
「くそ、俺は一抜ける!!」
一人のならず者がジェンジーを前に逃亡した。
「あ!お前だったのか!?おい、待ちやがれー!」
完璧に逃げた奴が悪口を言った者と勘違いをしている。
ジェンジーは残りのならず者を殴って逃亡した男を追いかけた。
もはや立場逆転だ。
ならず者は逃げるが、かの者に逃げ場などない。
行く先にはレベンスがいるのだから。
「子供!?いや、丁度いい。そこの女、来い!!」
ならず者はレベンスをみて咄嗟に人質にしようと思ったのか捕まえようとする。
「女?って、超可愛い子じゃん!?おい、逃げろ!!」
ジェンジーもレベンスを見て余計に焦る。
ならず者は少女を人質に使うと思ったのだろう。
「マジで逃げてー。そいつに触ると腐るぞー!」
必死なジェンジーにレベンスは尚、笑いが込み上げてくる。
「…心配はありません…よ?」
レベンスは立ち止まりつつ片腕だけ動かす。
すると目の前のならず者は崩れた。
「…へ?」
一瞬の事で何が起きたのかジェンジーは理解が出来ない。
「危ない所、有難うございます。」
そんな彼にレベンスは微笑んだ。
静かな路地裏の中で、二人は見つめ合う。
「…。」
楽しそうなジェンジーに好印象を持ったのか、レベンスは作り笑みなくニコニコと微笑んでいる。
だが、その笑みを間近に視たジェンジーはロボットの様に固まっていた。
目の前には、人が生み出したとは思えないほどの超美少女。
大きく兎みたいな瞳の色
どのパーツも可憐だけではなく上品且つ洗練されたお顔
華奢な身体はやせ細っている訳でもなく、抱きしめたら気持ちいいだろうと思えるほどの良い肉付き
腰まで長く絹の様な滑らかさがある上品な金の髪は、二つに結ばれて柔らかく揺れている
薔薇色の唇から発する声は砂糖菓子の様に甘く、金糸雀が囀る様な美しく可愛らしい声
最早、神が生み出した芸術。
とどめに愛らしいお洋服がより天使を引き立てる。
産まれて14年、初めて“最高級の美少女”を見たジェンジー。
レベンスを見て何分かフリーズしていたが、ようやく少しずつ脳が解凍されていく。
『…マジかよ…?俺、夢でも見ているのか?この城下町でも、これ程の極上はいないと言われる程の超可愛い子ちゃんが目の前に…』
段々顔に熱が上がってくる。
『はっ!?俺、もしや酒場で寝ちゃって、今絶賛夢見中とか??キャサリンちゃんに振られたのも夢…!』
急にジェンジーは自分の頬をバシバシと叩き始めた。
「虫でもいましたか?」
不可解な行動にレベンスはつい心配してしまう。
「ご心配なく!俺は今目を覚ます儀式をしているの!」
これは夢だー!と思い込み必死に連打するジェンジーに、レベンスは近寄る。
そして…
「ほら、そんなことをしたら痛いでしょう?夢ではありませんよ?」
そっと叩く手を取りその手を握る。
「…っ!?」
触れる柔らかい感触にジェンジーは更に真っ赤になった。
「こ、こ、これは…」
「?」
間近にいるレベンスにかなり動揺するジェンジーは身体をプルプルと震わせる。
「青春最高―!!」
とうとう限界が来たのか、奇声を発してジェンジーは倒れた。
しかも頭には湯気が立っている。
そんな彼にレベンスは、目を点にしていた。
「…青春…最高?」
とても意味が分からなかった。
序盤はジェンジー目線が多いです。