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一通りの報告も終わり、ようやくレベンスは解放された。
だが…まだ騎士各隊長達と行う軍事会議が待っている。
『少し時間が掛かりましたね?ニルキアも既に待っているでしょう。』
「レベンス」
急ぎ向かおうとすると、後ろからレベンスを呼び止める。
その声にレベンスは即座に無視をしたくなるが、相手が相手だけにそうはいかない。
「なんでしょう?国王陛下。」
「お前には別の話がある。残れ。」
この場には国王陛下と王太子であるルシオスもいる。
あまりいい話ではない事は確定だ。
「申し訳ありませんがそうはいきません。先ほどもお伝えした通り、この後に軍事会議があります。既に騎士達を待たせていますので要件は簡潔にお伝えいただくか、後にしてください。」
不貞腐れた仔兎が足でダンッと地面を鳴らして主張する。
父王相手でも容赦なく怒りモードだ。
だが、父王は意外と平気の様。
「父の前でそのような態度をとるな。まあ、簡潔にはしてやる。リゼリア王がお前と面会を望んでいた。今度の戦が無事に済めば応じるつもりだ。」
あの大国リゼリアが?
レベンスは嫌そうな顔になる。
リゼリア王国はヴァロンに大きな融資をしてくれた国。
過去に後ろ盾になってくれた国だ
彼の国は大国と呼べる程、国土が広く占め生活文化もどの国よりも発展している。
そして何より大きな軍事力を持っており大陸一、二を競う王国。
いずれ帝国になろうとしている国の国王がレベンスに面会を求めるなど、レベンスにとって厄介事以外何ものでもない。
だが、ヴァロン国王にとってはとても嬉しい話。
「お前の活躍により、近年我が国は彼の国の傘下ではなく同盟国として昇格した。これだけでも喜ばしい事なのに、『英雄がいる国同士、親睦を深めたい』とリゼリア国王直々に申し入れがあったぞ?どうやら前回の戦で上げた成果がお気に召したそうだ。」
「それは素晴らしい事です。あの大国が個別で我が国を指名するという事は、それだけこの国が向上している証拠。レンが前回の戦でエヴィリスご自慢の軍隊を一網打尽にした事が耳に入った様ですね?流石はレン。君は我が国の英雄だよ?」
ルシオスも国王と同じく喜々として語るが、レベンスは余計に機嫌が悪くなる。
この二人が絡むと、とても面倒くさい。
「その件に関しては次の戦が終わってからにしてください。では失礼します。」
そんな事で引き留めるなというばかりに、早々と一礼し去ろうとするレベンス。
だがそう簡単にはいかない。
「陛下、この機にレンの側近を替えてはどうでしょうか?」
ルシオスのその言葉にレベンスは足を止める。
「レベンスの側近か?」
「はい。レンも総大将として日々この国に尽くしていますが、些かこの国の王族として自覚がありません。それはあのジェロニス伯爵の影響が強いかと存じます。彼は既に元総大将として十分に引き継ぎをしました。もう彼はレンに必要ありません。」
レベンスを王族として自覚させるために、ニルキアをレベンスの側近から外す。
そう話すルシオスにレンは睨みつける。
「確かにそうだな。今後の事も考えると…」
「勝手な事を言わないでください。」
納得する様に国王が呟くと同時にレベンスは抗議をする。
「ジェロニス伯爵は総大将である私の行動を唯一把握ができ最良の策を打ち出せる軍師。彼のお陰で今までが上手く進んでいるのです。ゆえに私の功績は全て彼の手柄でしょう。そんな彼は私にとって必要な存在、勝手に替えられては困ります。」
「君はまたそんな我儘を言って…困った子だ。君が色々と彼に指示して動いている事は既に明白。その上、君が前線で戦う騎士達よりも先に動き、敵軍を大幅に減らしているお陰で犠牲者が減っている。これには国民も騎士も皆、涙を流して喜んでいた。あの死神など必要ない。」
「それを行えるのは彼がいてこそです。現地を知らぬ者が結果のみを鵜呑みにして呆れますね。多方、団長の報告のみで判断されている様でしょうが、他の人の声も聞いた方が宜しいのでは?彼がどのように私を動かしているか答えてくれるでしょう。」
レベンスとルシオスの言い争いは平行線だ。
そんな中、国王が口を開く。
「黙れ!」
国王の一喝に二人は口を閉ざした。
「双方共の意見は分かった。だが、お前たちに決定権などない。」
「「…。」」
国の最大権力者の前に、いくら次期国王であるルシオスや英雄と呼ばれたレベンスは黙るしかない。
「レベンスの活躍は確かにフェロミア家の功績と言えるだろう。彼は朕との指令を忠実に従いお前を鍛えた。その成果に多大な国益もたらしたことは否めん。」
レベンスは当然だと思った。
ニルキアがどれだけこの国に尽くしているか。
ある目的の為としても、彼は滅びゆくこの国を立ち直らせた立役者。
今のレベンスを鍛え英雄にさせた功労者だ。
それに元からフェロミア家はこの国に多大な利益をもたらせている。
紅の軍隊、蒼の軍隊を仕切る総勢20人の騎士隊長を片腕で相手できると言われたニルキアの祖父、ヴァミリアン・フェロミア。
何度、彼はこの国の危機を救った事やら。
ゆえにヴァロン王家はフェロミア家に頭が上がらない。
ニルキアはその祖父の孫であり後継者なのだから。
そんな祖父と彼に育てられたレベンスは最強と呼ばれても説明がつく。
「だが…そろそろそれも終わりにしないといかん。レベンスは我が国の王族。ゆえにレベンスの功績は我ら王族のお陰だ。よって側近を変更する方向で考える。」
「なっ!」
国王の言葉にルシオスは喜び、反対にレベンスは愕然とする。
そして当然反論した。
「ふざけないでください!あなた方が今まで私にしてきた所業を忘れたとは言わせませんよ?散々私を無きものとして扱っていた癖に、ニルキアの手柄を奪うつもりですか!?」
国王達はレベンスのこの容姿と性格が王族として相応しくないと言って、レベンスを無き者として扱ってきた。
人として扱われず教育も何もさせないまま王宮の片隅で追いやられたレベンス。
いつか抹消される運命。
ニルキアと出会っていなければ、今のレベンスは存在していない。
「彼がいるからこそ私は国に尽くしているのです!彼を外すというのなら、私もそれ相当の対応を…」
「失礼します。」
尚、反論しようとするレベンスの言葉を遮るように、突然人が部屋に入ってきた。
レベンス達は入ってきた人物に注目する。
「入室の許可を何度かお伝えしたのですが、取り込み中でしたので勝手ながら入室させて頂きました。」
「ジェロニス伯爵…」
ルシオスがニルキアをみながら忌々し気に呟く。
だが、ニルキアはルシオスを無視し国王に一礼した。
「勝手な入室をお許しください。軍事会議の時刻になりましたのでレベンス王子殿下をお迎えに参りました。この度の緊急会議は重要な変更がある為、総大将のご意見が要必要と団長より申し出です。」
会議の時刻になっても来ない総大将を迎えにニルキアが来たようだ。
「うむ、ご苦労。レベンス、この話は終わりだ。早急に対応しろ。」
「待ってください!」
国王は話が終わりと言わないばかりにレベンス達を置いて部屋を出ようとする。
そんな国王をレベンスは止めた。
それを無視して国王が部屋を出るためにニルキアの横を過ぎようとする…が、ニルキアは意味あり気に微笑んだ。
「…国王。あのお約束を致しましたのに、勝手に変更するとはどういうつもりでしょう?」
「!?」
囁くようなニルキアの声に国王は青褪めた。
「約束を違えるおつもりならそれでもかまいませんよ?ですが…それはそれで私は容赦致しません。」
「うっ…だが!」
急に怯え縋るような眼で振り向く国王に、ニルキアは人当たりのいい笑みを深くして尚、脅す様に続ける。
勿論、周りに気づかれていない。
「別にあなた方が王族でなくてもこの国は構わない…その意味がお分かりですか?」
国王だけに聞こえる声で話すニルキア。
レベンス達には聞こえないが、その言葉は国王にとって最も恐れる事だった。
「…俺はレンの側近、そうですよね?」
声だけで人を恐怖に落とすことが出来る。
まるで今の国王は蛇に睨まれた蛙の様だ。
「…側近は継続だ。今後もレベンスの事は全てジェロニス伯爵に一任する。」
国王は残され矜持を振り絞って、ハッキリと皆が聞こえる声で宣言した。
その宣言に今度はレベンスが明るくなり、反対にルシオスが驚愕する。
「陛下!?」
「ルシオス、これは決定だ。」
責めるルシオスに国王は背を向けたまま告げ、そのまま退室した。
その背を見送るニルキアはにっこりと微笑んで一礼する。
「ニル…。」
「王子、約束の時間が過ぎておりますので、お急ぎ団長達の元へ参りましょう?」
ニルキアは優しくレベンスに微笑み退室を促す。
レベンスは微笑み返しニルキアの元へと向かった。
「ニルキア・フェロミア…。」
部屋を後にしようとする二人の背に、恐ろしい程冷たい声が届いた。
その声の持ち主は当然残された王太子、ルシオス。
「では王太子殿下、失礼します。」
だが、呼ばれたニルキアは余裕の笑みで振り返り一礼した。
二人が部屋を去ったその後、近くで待っていた王太子の側近達が卒倒する程震えていたという。
・・・・・
「…何故、俺が説明している最中なのに、総大将閣下とあろう御方がずっとコアラになっているのだ?」
軍服を着たガタイが大きい男が、ニルキアのお膝の上でずっとくっついている仔兎を見て肩を落としている。
「マックス、レンはコアラではない。甘えん坊の仔兎だ。」
「はい。怖い目に遭ったので絶賛甘え中です。」
飼い主と仔兎は騎士団長にサラリと返す。
あの王族会議から騎士団の会議室に到着後、作戦中だというのにずっと仔兎は飼い主に甘えていた。
「成程、それは可哀相に…って、そういう事ではないー!!」
マックス・カイナン騎士団長は頭を抱えて叫んだ。
「そういう事ですよ?まあ、それは置いておいて、拠点にいる人達の伝達も無事に済んで何よりです。ですが開戦も目前ですので油断なく警戒をしてください。」
団長を無視して、レベンスはニルキアの隣に移動して報告書を手に取る。
すると騎士団長の反対側の席に座る爽やかな男性が手を挙げた。
「総大将閣下に申し上げます。この度の襲撃予定地が急遽変更となったので、騎士の配置時間を多く必要するかと。早くとも5、6日ぐらい編成に時間が掛かり、現地の民族たちを避難までに間に合うか…正直、難しいかと思います。」
「各砦からの編成に時間が掛かるのは仕方ありません。ですが、先に私とジェロニス司令官が現地に向かいますので、民族の保護まで兵をまわさなくても宜しいです。アンバー副団長は拠点地にいる彼らの編成を焦らずに進めてください。」
レベンス達は先に動くという事は、今回も総大将自らが先行で戦うという事。
意味を理解したリシャルト・アンバー副団長は頭を下げて敬意を示す。
各騎士隊長たち全員も頭を下げた。
「現状としては総勢5万人以上のザラシンド軍がヴァロンに向かっています。随時、変更があればジェロニス司令官から伝言鳥を飛ばして貰いますので、各隊長は各軍隊の指揮をお願いします。団長、毎度言いますが貴方がこの国の門番です。決して招かざる者達を我が国に入れぬように。」
「…承知した。では緊急軍事会議はここでお開きする。各自、己の使命を果たせ。以上だ。」
団長の言葉で締めて緊急議会は終了する。
わらわらと部屋を後にする隊長たちを尻目にカイナン団長はため息をついた。
「……いつもながら、真面目王子なのか甘えん坊仔兎なのかよく分からん…。」
騎士達の報告書に目を通す仔兎を横目に団長はぼやく。
「団長、少しよろしいでしょうか?」
「ん?オトバ隊長どうした?」
紅の第七騎士隊長が神妙な顔してカイナン団長に頭を下げる。
「このような状況の中で言い辛いのですが、警備隊への助勢をお願いしたく参りました。」
「助勢…各町で起きている事件か?」
「はい。」
「助勢と言っても、既にお前の部隊を寄越している。それなのに警備隊はまだ主犯格を捕まえられないのか?警備総長は何をしている?」
「申し訳ありません。主犯格が中々尻尾を見せないので、我々も中々踏み込めない状態です。主犯格は現地の狼藉者を使い上手く雲隠れしています。解決をする為にはもう少し人力が必要かと」
最近、王都周辺で人攫いが多発している。
相手は巧みに動き、警備隊と一軍隊が手を組んでも事件の解決には至らないらしい。
「だが開戦前に増援となると厳しい…。シャル、お前が率いる蒼騎士に手が空いている者はいるか?」
「いいえ。蒼騎士隊は全て作戦に組み入れている為、空いている隊はいませんよ?…よもや困りましたね。今回の戦は前回よりも大きな規模となるのに、こんな時に変な事件が起きるなんて…。」
団長と副団長は騎士の人員不足に悩む。
そんな騎士団長と隊長のやり取りをレベンス達は横目で見ていた。
「ニルキア…最近、城下町でも良からぬ輩が出現していると、彼から話がありましたよね?」
「ああ、ノルンがそういう輩を見たと言っていたな?」
「そうですか…。では、夕餉後にノルンの元へ遊びに行っても宜しいですか?」
「…ふぅ…だろうな、と思った。だが、お前はまだ仕事が残っているだろう?俺が聞きに行く。」
お人好しな仔兎にニルキアは呆れた。
先程から肩身の狭い思いをしている部隊長が可哀相だと思ったのだろう。
「いいえ、私が行きます。仕事は大方終わっていますので、明日に備えて稽古でもしようと思っていたのですよ?現地には一日遅らせても間に合うでしょうし、気分転換でもしてきます。」
「…分かった。では俺はおまえの分まで支度の準備しておく。ちゃんと今日中には帰って来いよ?あと、いくらお菓子をくれるからって変な奴について行かないように。分かったな?」
ニルキアはレベンスの意志が変わらないと分かって外出の許可をする。
許可を貰った仔兎は機嫌よく「はーい」と返事をした。
「オトバ隊長、少しいいですか?」
「は、はい。総大将閣下、何用でしょう?」
突然レベンスに声を掛けられて驚いたのか、オトバ隊長は若干及び腰になる。
「今、あなた方が抱えている事件の資料を全て出してください。今すぐです。」
レベンスの無茶ぶりにオトバ隊長は目を点にして固まった。隊長だけではなく団長と副団長まで固まっている。
「「「…へ?」」」
三人は意味が分かっていなく首を傾げるが、レベンスは気にせずににっこりと微笑んだ。
「人手が足りないのなら、私がお手伝いしましょう?」
世の男誰もが見惚れる程の愛らしい笑みを浮かべた仔兎に、この場にいる者達は全員魅了された。
この後、虜になったオトバ隊長と団長達は、まるで操り人形になった様に大量の資料を最速でかき集め、仔兎に貢ぐ。
その上、仔兎は多忙の団長と副団長を平気で小間使いとして使い、早々と要点を絞っていった。
この様子を見た騎士団員は総大将の怖さを改めて思い知り、ヴァロンの真なる支配者として崇める。
その様子をニルキアは一人楽しそうに、
「腕前だけではなく、愛らしさにも断然磨きがかかったな?うん、うちの仔が一番可愛いい。」
と、満足そうに見守っていた。
紅騎士を率いる騎士団長(紅の第一隊長)と、蒼騎士を率いる副団長(蒼の第一隊長)。
紅と蒼の騎士隊は各1から10騎士隊まであります。
その上に総大将とその補佐である総司令官がいるという、この国の軍の構成。
騎士団の下に門兵、近衛兵、警備等を担当する警備隊と隊が存在します。
王族を守る護衛騎士は騎士団とはまた別扱いという細かいようで大雑把な設定でややこしいです。