1
大昔。ある土地をめぐり大きな戦があった。
その地には他所の土地より、資源が豊かで人々が暮らすには絶好的な環境。
どの国もその地を求め奪おうと侵略する。
その地に住む民族たちは必死に故郷を守るために戦ったが、多勢の力には虚しく多くの命を散らした。
土地を奪われるのも時間の問題。
民族の誰もがそう思ったが、ある人物により状況が急展開を迎える。
民族の青年が立ち上がり、一人で侵略者達を退けたのだ。
青年が起こした奇跡はまさに“神業“
その地に住む民は皆その青年を戦神の化身と崇め、その青年をこの地の王として祭り上げた。
青年は王となり民の為に心身を奉じる。
これがヴァロン王国の始まり…
・・・・・
「だそうだ。今度はわざわざご丁寧にこの国の歴史を書に綴って執務室に置いてくれるなんて親切だな?…レン聞いているか?」
「興味がありません。それはゴミなので捨ててください。」
ニルキアが机の上に置いてある本を少しだけ朗読したが、お気に入りのクッションの上で丸まっている金毛の仔兎は興味がなくずっとそっぽを向いている。
「こら、そんなことを言っては駄目だろう?文官が夜なべして本を作成してくれたのに。それも現代語に直して本にする事は大変な事だぞ?あいつの無茶ぶりを応えるなんて、ご苦労な事だ。」
「その人の苦労など知りませんよ?あの人に気に入られたくて散らばった過去の文献を良い様に繋いだ作り話など、次の作戦に活かせるどころか子供を寝かせる為に聞かせるお伽話にもなりません。」
「レンちゃん毒舌―!」
仔兎の一蹴に、この場に同席しているカイロスが「酷い!」と一人叫んでいた。
だが文官の苦労など仔兎には関係ない。
たたでさえ抱えている仕事に精を出している中、わざわざ関係ない話で水を差されてヤル気がそれる。
金色の美しい長い髪を揺らしながらレベンスはクッションから離れ、ゆっくりとニルキアの隣に座り本に視線を向けた。
そして国宝と謳われる程の美しい顔を歪め、更にその本を作成した文官にダメ出しを続ける。
「しかも原文の解読も間違いが多くて呆れるばかり、本職を変えることを推進しますね。ニルキア、彼に相応しい所属先を紹介してあげてください。」
「ああ、分かった。うーん、どこにしようかな…それこそ王太子殿下お抱え文官の一人にも薦めてみようか?」
意地悪そうにニルキアが提案すると、レベンスは意図を知り呆れる。
「それはそれで彼が可哀相です。ただでさえお仕置きされるのは確定なのに、そのうえ肩身の狭い思いをさせるなんて半日も持ちませんよ?王都図書館の館長が雑務担当の司書を欲しがっていましたから、そこが妥当では?」
「俺達の仕事を邪魔したお仕置きにしては優しい処遇だな?戦では敵軍を半日掛からず壊滅に追い込む『戦神』と呼ばれる英雄様が随分親切な事を言う。」
「王族は国の為に臣下の適材適所を見極めないといけないらしいですから…なら、私に無駄な事を強要しないで欲しいですよね?軍の総大将として十分尽くしているはずなのに、何が気に入らないのか小言ばかり言います。もう、お家に帰りたい!」
「レンはここの国の王子だから言われて普通だし、王宮がお前の家でしょう?」
不貞腐れる仔兎にすかさずカイロスがツッコミを入れた。
だが、次の瞬間…。
「痛ー!?」
何かがカイロスの眉間にぶつかった。
その衝撃にカイロスは尻餅をつく。
「っぅ、滅茶苦茶痛いよ!?レンちゃん、何を投げた…え?」
顔に当たった謎の物体をみると、カイロスは『まじ?』と顔色を青くする。
「ん?ああ、先ほど食べたお菓子の包み紙だな?」
カイロスの代わりにニルキアがその物体の正体を明かした。
そう、レベンスが投げたのはお菓子の包み紙を丸めたもの。
しかもカイロスがお茶菓子に持ってきたイクス領産名物銘菓に使用していたものだ。
「レンちゃん!!こんなペラペラな紙に、何をしたらここまで殺傷能力がある武器になるの!?」
「美味しかったですよ?御馳走様です。」
憤慨するカイロスに、シレっと返す仔兎。
でも、ぶつけられた本人は「そういう話じゃない!」と喚く。
「いい大人が喚くな。少なくてもお前は一軍を纏める隊長だろう?しかし、良い腕だ。狙いも正確に当てている。レン、上達したな?」
「ふふっ。でしょう?ニルに褒めてもらうために毎日腕を磨いていますからね?」
ニルキアに頭をナデナデされながら褒められると、仔兎は凄く嬉しそうに頬を緩ませる。
「…相変わらず、この兎姫は飼い主が大好きだねー?飼い主も兎姫には滅茶苦茶甘いし…。」
「それはそうだろう?俺はレンの側近及び、世話役なのだから。因みにレンに関する事は全てフェロミア侯爵家が任されている。だからレンはお家に帰りたいのだろう?」
「はい。私の寝床はフェロミア家に在ります!」
レベンスは本気でニルキアの家、フェロミア侯爵家を恋しがっている。
王族であっても、レベンスにとって王宮はただ働く場所だ。
「まあ…兎姫がそう思うのも分からないわけないけどね?…あのままのレンなら確実に表向きは病死にされて、裏で殺されていただろうに…。」
カイロスは今のレベンスを見てしんみりしてしまう。
だが、ニルキアは即座に否定した。
「レンにそんな未来はない。」
「もしもだって…もう、そんなにムキにならないでよ?」
「もしもなど存在しない。…この話はおしまいだ。それより先ほどあいつから例の情報を届いている。レン、目を通せ。」
ニルキアは懐から手紙を取り出しレベンスに渡す。
その手紙を受け取りレベンスは封を開けた。
「…やはりそう動きますか…。カイロス、本日の招集会でカイナン騎士団長からザラシンド国の進攻情勢に変更連絡はありましたか?」
「へ?い、いや、特に変更はなかったと思う。」
仕事の話となるとレベンスは無邪気な仔兎から一変し、大の大人すら恐れる程の異様な雰囲気になる。
「ならば、この後にある王族会議が終わり次第、軍事会議を開きます。その前に団長に掛け合い急ぎ軍隊の配置変更を行ってください。ニルキア、私の代わりに貴方が彼らに指示を。視察隊にも伝書鳩で通達をお願いします。」
レベンスが手紙をニルキアに渡して指示をする。
ニルキアも慣れたように紙へ今後に必要な事を書き足した。
「分かった。お前の感は正しかったな?カイロス、各砦に居る騎士団にも伝達が必要になる。手伝ってくれ?」
「う、うん。これまた団長が怒って血圧が上がるよ?」
ニルキアが席を立つとカイロスも慌てて立ち上がる。
「二人とも、待ってください。」
二人が執務室を後にしようとするとレベンスが再び呼び止めた。
「ん?レン、どうかしたか?」
真剣な目をしているレベンスに、二人はまだ何かあると思って聞き返す。
だが、兎姫は真面目な顔してある物を突き出した。
「このゴミを団長にあげてください。あの人ならきっと鼻紙に使いますでしょうし、資源の再利用になります!」
このゴミと言われたのは、文官が夜なべして王族の歴史を綴った本。
兎姫が要らない、要らない、と前足で本を一生懸命叩いている。
「「…。」」
確かにあの脳筋な騎士団長なら鼻紙でも使いそうだ。
この本を作った文官が本当に憐れで仕方ない。
「…いっそ、団長自ら騎士団全員に朗読して貰おうか?」
「切実にやめて?あの人、目次を見るだけでも字が敵に見えるらしいから…」
本を受け取ったニルキア達は二人で書物を憐れみながらため息をついた。
・・・・・
あれから少し経ち、王家定期報告会の時間を迎えた。
レベンスは一人、王宮の一室に赴く。
レベンスが到着すると、部屋にはすでに呼ばれた者達が静かに王の到着を待っていた。
レベンスは無言で一礼して、そのまま席へと進んだ。
壁際にいる側近及び護衛騎士はレベンスが通ると皆頭を下げるが、座っている一人の青年がレベンスを責めるように声を掛ける。
「随分のんびりした登場だな?愚弟が兄より遅いとはどういう事だ?」
レベンスと同じ金色の髪を持つが、かなりワイルドに整形した短髪の青年。
でも、国宝級の美を持つレベンスとは違い、この青年はいたって平凡顔だ。
そんな青年がレベンスに顔を向けて愚痴る。
暗緑色の瞳は侮蔑するようないやらしさが滲んでいた。
そんな青年にレベンスは無視をしてそのまま自分の席へ座る。
毎度の事で相手するのも億劫のようだ。
「おい、異形の癖に偉そうだな。なんだ?英雄と呼ばれて有頂天なっているのか?誰がお前の様な化け物を敬っているかよ!」
レベンスが無視するたびに暗緑の青年は暴言へと変わっていくが、レベンスは相手にしない。
だが、煩すぎて非常に迷惑。
「おい、聞いているのか…っ!?」
突然、青年の顔色が急変した。
先程まで傍若無人に暴言を吐いていた口は、無様にガチガチと音をたて震えている。
何故そんなに怯えているかというと…レベンスの紅い目が彼を捉えているからだ。
「ひぃっ!」
青年は既に蛇に睨まれた蛙状態。
だが、レベンスにとって青年は所詮、取るに足りない存在。
彼に対して全くといっていい程の無感情だ。
反対に青年とっては、例えることがない恐怖が押し寄せてくる。
その後ろに従えている護衛すら無様に震えていた。
それも圧倒的。
その場に居る者はまるで己が虫けらになった気分になる。
己の殺生権利をレベンスに握られ、一人除く全員が恐怖に怖気づいてしまっていた。
小者なら猶更、まともな精神ではいられない。
暗緑色の目を持つ青年は完全に戦意喪失だった。
「レン、やめなさい。」
そんな空気の中、さわやかな風を想像させるような清涼感を持つ声が静かな部屋に響いた。
レベンスは暗緑の目を持つ青年から目線を外し、仲裁に入ったその声の持ち主に視線を向ける。
視線の先にはもう一人、レベンスと同じ髪を持つ青年がいた。
その青年は澄み切った青空の様な蒼目でレベンスを見ている。
優しげに微笑む表情は老若男女を虜にさせる程美しい。
彼も世に中々いない程の美青年。だが、美少女の様な容貌のレベンスとは違い男らしさがある。
「もう十分だろう?」
「…そうですね。」
その青年に対してレベンスもようやく口を開く。
だが、口調は固い。
そんなレベンスに気にせず落ち着いた青年はにこやかに話を続けた。
「ふふっ、君が忙しい身なのは仕方ない事だ。あのエヴィリスの属国軍が進攻している中、総大将の君が動かないわけにはいかない。先ほどまで余裕をかましていた騎士隊長たちが今頃、血相を抱えて臨時集会を行っているのも、遅れた理由に入っているのだろう?」
「…進攻情勢は常に変更がつきものです。風向きが変われば優秀な部下達は応じるために動くでしょう。私はその手助けをしていただけです。」
嘘八百。
それはニルキアがレベンスの代わりに対応してくれている。
レベンスは次の戦で自分が使う物を準備していた為に遅れてきた。
あとこの異母兄たちと話したくないから、今しなくてもいい仕事までこなしてきたとは言えない。
要らぬ口論をしたくない為に、彼が望む言葉いうレベンス。
内心は、長兄に対してあっかんべーと悪態をついている。
「そういう事だ。ミハエル、レンは常にこの国の為に動いている。下らない事で一々目くじらをたてるな?お前こそ、その態度は我が王族の品位を下げる。」
「…ですが、こいつが化け物だと民から恐れられているのはルシオス兄上もご存じでしょう?前回の戦で民の前で鬼人如く敵兵を惨殺して、多くの民は恐れています。これが王家の恥ではなくてなんでしょう?」
必死にルシオスと呼ばれた長兄に取り繕う次兄ミハエル第二王子。
それもそうだろう。彼は長兄であり次期国王である王太子。
国王と一番権力を持つ第一妃の間に生まれた正統なる王族だ。
第二妃の御子であるミハエル王子とは同じ王子でも持つ権力が違う。
今、国王の次に権力があると言われるルシオスが相手だからこそ、ミハエルは強く出れない。
そんな次兄にレベンスは『馬鹿な人』と憐れんでいる事はきっと知らないだろう。
「それにこいつはいくら第三妃の子とは言え、狂妃が産んだ異形。王族最大の恥でしょう?利用は出来ても所詮は化け物です!だから…」
「それが何だというのだ?」
次兄は更にレベンスを貶めようと言葉を続けるが長兄の言葉に遮られる。
温厚な長兄が先ほどのさわやかな印象とは全く真逆な雰囲気に変わっていく。
レベンスを除いたこの場にいる者は皆、顔色を変えた。
「ミハエル、お前は世間の声を本当に聞いているのか?レンが何故世間に『英雄』と呼ばれているのか本当に理解しているか?」
先程のレベンスのオーラとは似ているが、ルシオスの方が圧倒的に禍々しい。
どっちが迷惑者なのだろ?
レベンスは舌打ちする。
はっきり言って長兄の方が次兄よりずっと質が悪い。
それにこの話になると必ず彼の話を出してくる。
それがレベンスにとって一番聞きたくない話だった。
だが、ふと近づいてくる気配に気づく。
「レンはあの死神と違い…」
「話はもう終わりです。国王陛下がお見えになりました。」
案の定、予測通りの話を振り出す長兄にレベンスは主の登場を告げる。
その声と共に扉が開いた。
国王陛下の登場だ。
王族のみが着ることを許された白を基調した正装に豪華な金の装飾を身につけた中年男性。
後ろには凄腕の護衛騎士達を携えている。
「随分と活きが良い息子たちだ。そんなに元気があるのなら普段の業務も容易くこなせるだろうに。」
アーヴェント・フォン・ヴァロン
この国の現国王であり、ここに居るレベンス達の父親である。
登場して一言目の言葉が小言か。
相変わらずだとレベンスは呆れる。
国と民を一番と考え、尽くす国王。
そんな彼は多くの国民には慕われている
だが、実際は大国と張り合う為に常に利益を求める強欲王。
この国が小さい国だから余計に多くを求めるのかもしれないが、その為に己の妃、子供、臣下達を平気で駒として扱う。
人を人と思わぬ冷徹さ。
平気で利益をもたらす者と、そうでない者を分類して要らぬ者を差別する。
それがヴァロン国王。
『…何もしない白豚王なのに、態度だけは立派です…』
レベンスは心の中で悪態をつく。
頭の中では可愛らしい白豚が玉座にふんぞり返っている。
そんな事を思われているのもつゆとも思わずに国王は、淡々といつものセリフを言った。
「各自、受け持つ業務報告をせよ。まずルシオス、お前からだ。」
「承知いたしました。」
第一王子であるルシオスが管轄する各領地の現状報告を陛下に伝える。
「…という事で、私が管轄する領地は殆ど上手く経営がいっています。あとマーカス侯爵から例の医薬が完成したと報告を貰いました。これでこの国の医療が大きく発展します。」
「うむ。ハワード宰相からその報告が上がっていた。かなり上々のようだな?」
「ええ、このまま進めるよう命じています。」
「あい、分かった。ミハエル、次はお前だ。エルイン共和国の同盟勧誘はどこまで進んでいる?」
次は第二王子であるミハエル。
ミハエルは言い辛そうに口を開いた。
「あ、はい…といいましても、あの国の総裁は半数以上の議長の賛成ないと同盟への加入はしないと一点張りなので、正直まだ時間が掛かります。」
「現在、賛成側は何人だ?」
「…12人の議長に対して2名程…です。」
余りの成果に国王は絶句した。
「お前は一体、何をしている?」
「で、ですが、私も学生の身でとても公務と両立が出来ません。ですからもう少し猶予を伸ばして頂きたく存じます!」
利益をもたらさない相手に冷淡な国王相手に、必死にミハエルは学生を盾に言い訳を始めた。
次兄は今、この国にある王立学園に通っている。
16歳~18歳までの騎士や武家でない貴族子息子女が通う学園だ。
『学園か…総大将である私は学園に通う事はないでしょう。ニルキアも学園に通っていません。とはいえ、学園で習うものは殆どフェロミア家から学んでいます。特に通いたいという気持ちにはなりませんね?…それにニルキアと離れたくありません。毎日ご褒美が貰える方が嬉しいですもん。』
ニルキアが褒める度に仔兎の頭を撫でる、それが兎姫にとって最高のご褒美だ。
父親と次兄のやり取りを無視しながらレベンスは他所事を考えていた。
それぐらいこのやり取りはくだらない。
定期的に行われる王族会議。
とはいえ、参加者は国王により勅命を受けた王族のみ。
いわば、国王にお眼鏡にかかった者達だ。
同じ王族である三人の妃達、そして王女がいるのに呼ばれないというのは、既に国王の視界には存在していない。
『…呼ばれていない姉様が羨ましくなる程、無駄な時間です。過去に私を無いものと扱いしていたのになぜ毎度参加しないといけないのでしょう?別に王族として扱って欲しいなど望んでもいないのに…』
レベンスにとってこの者達と血の繋がりはあっても疎ましいだけだった。
『私が異形か…確かにそうでしょうね…でも…』
自分が異形と言われるが、ここに居る者達も別の意味で異形だろう。
王族など国という歯車の一つだ。
この人たちはそれを生きがいとしている。
そこまで初代国王を崇高し目標としているのだろう。
レベンスはあの文官が書いた書物を思い出す。
初代ヴァロン国王は民を救い英雄となった青年。
持てる知識と力を最大に生かし、多くの民族を救ったという。
残された文献には、その一説しか残されていない。
『でも…残された古文書には重要なところが書かれてない。歴代王族も気づかない、本当の真実…。』
レベンスはふと窓に視線を向けた。
『…それこそ、人々が恐れる“異形”なのでしょうね。』
皮肉なものだと一人、心の中で愚痴る。
そんなレベンスにルシオスがじっと見ていた。
プロローグ時
レンは10歳、ニルキアは17歳
それから4年が経ち。
一話から
レン 14歳 ニルキア 21歳です。
もう一人の主人公も 14歳です。