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いつか視る夢の先   作者: 秋餅
一章
10/57

「めっちゃっ、うんめー!」


机に並べられた料理をジェンジーはもの凄い勢いで食べていた。


「何?この絶妙な味?いつも見る食材なのにこんなに美味しいぞ?王都にある旨い店や、めっちゃ評判がいい食堂よりも旨い!旨すぎる!」


感動しているのか、泣きながら勢いよく料理をかけ込むジェンジー。

貴族令息なのに食事のマナーがもう平民だ。


「でしょう?ニルの手料理は王城の料理よりも百倍美味しいのですよー?」


うまい!うまい!と何度も言うジェンジーに、うんうんとレベンスも賛成した。


魅了の魔法と言われたニルキアの手料理。

それはニルキアが持つ三種の神器の一つだ。


それを目の前に出されて、始めは必死に言葉だけ抵抗していたジェンジーは必死に「要らん!」の一点張りだった。

ただ、既に身体は正直で誘惑に負けていたが…。


そんな彼にレベンスは料理の一つを取り、一瞬で抵抗するジェンジーの口に入れ食べさせた。


そこから事態は急変して、ジェンジーは料理の虜となり今に至る。


「そんなに急がなくともまだお代りはある。あとちゃんと水分も飲め。喉に詰まるぞ?」


美味しそうに食べるウリ坊を見守るニルキアはもうおかんと呼んでもいいだろう。


「わりぃお袋…じゃない。兄ちゃん、これ本当にあんたが作ったのか??」


「そうだ。ここに来た時、レンがお腹を空かせていたから食堂を借りて作った。まあ、ここは他所の基地よりも色んな種類の食材が入手できるから、こうして色々と作れて満足だ。」


王都でもなかなか手に入らない食材で料理出来たことに満足しているニルキアだった。


「ふふっ、ニルは何でも器用です。侯爵家子息なのにお料理も出来るし、お裁縫も得意。武術も国一番で完全無欠です。仕事もお世話も何でもこなすスーパーマンなのですよ?」


「ここまで俺が出来るようになったのは全部お前が絡むけどな?お前の世話役は一番骨が折れる。」


飼い主の凄さを褒める兎姫に呆れるニルキア。

でも、ニルキアの素性に再びジェンジーは唖然とした。


『…この兄ちゃんも超高位貴族か!?なのに、料理が出来るの??普通、そんな奴が料理の“り”の字もやらないだろう?』


「”兄ちゃん”はよせ?俺はニルキア・フェロミア、一応ジェロニス伯爵という爵位を国王から貰っている。とはいえ、呼び捨てでいい。」


ジェンジーの心を読むニルキアに、またもやジェンジーは驚く。


「フェロミア!?確か四大侯爵家だよな?公爵家よりも実権をもっているという噂の侯爵家?」


高位貴族でも超大物だった。

世間に疎いジェンジーでもフェロミア家は知っている。

それぐらい有名な家だ。


「ああ…そこまで権力があるかどうかは分からないが、あの無駄にプライドが高いヴァンテル公爵家には文句を言われないな。まあ、爺様の跡を継いだ俺だからかもしれないが…」


「じいさま…?あっ、うちの親父の話だと、死んだ俺のじいちゃんはフェロミアの死神の心のライバルだったらしいけど…それ、嘘だよな?」


ニルキアの話を聞いてジェンジーはある事を思い出した。


父親から祖父は『ヴァミリアン・フェロミアを心のライバルだった』と聞かされている。

子爵家と侯爵家では天と地の身分の差があり、ジェンジーは当然父の作り話だと思った。


心のライバルと聞いてニルキアは笑う。


「ははっ。俺も爺様からディリクレ家の話は聞いている。まさかこういう形で孫たちが出会うとは爺様達も思わなかっただろうな?」


「まじで本当の話かよ…。」


信じられないが本当の様だ。

ジェンジーは何故か気が抜けた。


それは目の前のニルキアのお陰だろう。

人のいい笑顔で微笑むニルキアには、レベンスとはまた違う魅力がある。


「これも何かの縁だろう?俺の事は普通に名で呼んで欲しい。」


安心してもいい。そういう感情にさせてくれるニルキアに、ジェンジーも警戒心を緩めた。


「…分かった。俺も『ジェン』と呼んでくれ?俺の素性は既に知っているのだろう?」


救出に来た時からずっとジェンジーの家名を呼んでいる。

だから別に改まって自己紹介する必要はないだろうとジェンジーは思った。


「ああ、レンが接触した時に君のことを調べさせて貰った。じゃあ、改めてよろしくな?ジェン。」


ニルキアに“ジェン”と呼ばれ、恥ずかしさで何故か照れた。


だが…穏やかな一時は長くは続かない。


「私を除け者にするなんて酷くありませんか?」


膨れっ面の仔兎が一匹、二人の間に入り呪いそうな目つきで文句を言った。


「うわぁ!王子がいるのを忘れていた!」


「別にお前を除け者にしてないぞ?」


二人は各々の反応を変えずが、兎姫は更に頬を膨らませる。


「いいえ、二人とも酷いです!私だって仲良くしたいのに、二人の世界に入って!もう、こうしてあげます!えいえいえいえい!!」


ふがががぁっ(やめれー)!?」


嫉妬に狂った兎姫が素早くジェンジーにニルキアの料理を詰め込んだ。

突然、口の中が一杯になって、ジェンジーは苦しんでいる。


「レン、お転婆は駄目だろう?」


「知りませーん!私はニルにも怒っているのですからね?」


へそを曲げた兎姫はツーンと知らんふりをする。

こうなった兎姫は中々手強い。


そんなへそ曲がり兎姫にニルキアはため息をついた。


「全く…ほらレン。来い?」


「ぷーんだ。」


兎姫はニルキアを無視してジェンジーにまた料理を詰めようと構えている。


「レン、来い。」


先程より強めの口調でニルキアが呼ぶと、流石に居たたまれないのか兎姫は渋々ニルキアの元に行く。


だが近づいてもニルキアの前で丸くなりそっぽを向いて、必死に怒っています感を表していた。


ニルキアはそんな兎姫を抱きかかえ頭を撫でる。


「仲良くするなら困らせては駄目だろう?」


優しく撫でるニルキアに不貞腐れた兎姫は段々素直になる。

彼のナデナデが大好きで、いつも負けてしまうレベンスだった。


「…だって…私だけ一人で寂しいです。私には友と呼べる相手がニルしかいないではないですか?折角お友達になってくれる人を見つけたのに…。」


ノルンやカイロス、その他の仲間が日頃一緒に居ても、レベンスの友人ではなくニルキアの知人や部下だ。


ニルキアは友ではなく兎姫の飼い主。表向きは友人としているが、実際は友人ではない。

哀しそうな眼をして俯く兎姫に優しく頭を撫でながらニルキアは諭す。


「仕方ないだろう?お前は王子なのだから他人と接触する場合は必ず調査がある。その役目は側近である俺の仕事…といってもお前の友人になるなら俺の友人だろ?仲良くするのは当然だ。…まあ、寂しい想いをさせたのは確かだな?悪かった。」


「ううっ…私も…ごめんなさい。」


「ああ。でもそれは俺ではなく彼に言ってやれ?大丈夫か?」


反省する兎姫に謝る様に促しニルキアは振り向くと、ジェンジーはよくやく詰め込まれた料理を飲み込んでいた。


「…やり過ぎてごめんなさい。」


「…別にいいけど…うまいし…。しかし、聞いていると王子って面倒くさいんだな?もっと色んな奴を侍らして、ふんぞり返っているかと思った。」


謝る兎姫にジェンジーも深く追求する気はない。

逆に二人の会話で、兎姫の自由のなさを痛感した。


「そうでもないぞ?こいつの兄姉は色んな奴を侍らしている。ただレンだけは特別だ。初めて今の王族から生まれた英雄だからな?国王からレンを管理するよう煩い程言われている。」


「管理?…まるで物みたいな扱いだな?」


「『だな』ではなく、事実私は物扱いです。他の兄たちもそう…彼らとって、己以外は周りを道具の一つにしか見ない…でも、そんな話は無しにしましょう?気分が悪くなります。」


レベンスが話を切り上げるとジェンジーもたどたどしく頷く。


少しやり過ぎた話が、急に暗い話になってきている。

只の疑問で暗い雰囲気になるのは遠慮したい。



「友達ってさ。俺、子爵子息だから普段王族と関わることないし、難しいじゃん?もっと身分の高い相手なら分かるけどさ…?」


そう、身分が違いすぎる。

王族を相手にするには伯爵以上の身分が必要だ。

いくら当事者達は良くても、貴族社会が赦さない。


「私は身分よりも人柄の方が大切です。勿論、貴族社会は学んでいますが、たかが世間の目などに私の友人を決められたくありません。」


レベンスはぴょんとニルキアからジェンの元へ飛びだした。

そしてジェンジーの目を見つめる。


「本当は戦が終わってから貴方に会いに行こうと予定していましたが、こうして貴方と再会できたのは、きっと何かの導きかもしれません。私のお友達になってくださいますか?」


切なそうに見つめ握手を求めるレベンスに、ジェンジーは再び真っ赤な顔して焦った。


まるで告白されているような気分…。


「え、え、え??そ、そりゃ俺も夢と思うぐらいびっくりしたけど…う、うぅ…」


ジェンジーの内心は凄く混乱している。


男と思ってもこんな美少女顔。その胸の内は複雑だ。


「他の貴族の目を気にしていますか?それとも、こんな女性みたいな私は嫌ですか?」


再び悲しそうな顔をするレベンスにジェンジーは首を否定するよう高速振った。


「べ、別に、俺は他の貴族が怖くねーし、女の顔だからって嫌がるなんてない!…単に、好きな子が…男だったと分かってショックを受けただけだ…し。」


しっかり否定するが、最後の言葉だけはぼそぼそと言い辛そうに言うジェンジーに、レベンスは一気に笑顔になった。


「なら、お友達になってくださいますか?」


期待する兎姫に流石のジェンジーも断れない。


「…ああ。俺でいいならな?」


ジェンジーが握手しようと手を伸ばすが、兎姫は嬉しさのあまりにジェンジーに飛びついた。


「嬉しいです!」


「うわぁっ!お、おい。ちょ、ちょっと待った!?」


急な兎姫の飛びつきにジェンジーは受け止められずとうとう後ろに倒れてしまった。

盛大に倒れた為、頭をぶつける。


「嬉しい!私の事はレンって呼んで下さいね?私もジェンって呼びますから!」


「くー!もう、わかったから。はーなーれーろー!?」


転んでも兎姫はギュウギュウと抱きしめ、頭が痛いよりも窒息死するのではないかとジェンジーは焦る。

そんなピンチのジェンジーに救いの声が…。


「ほら、レン。お転婆は駄目だって何度も言っているだろう?戻ってこい。」


飼い主の一言で兎姫は大人しくなり、嬉しそうに飼い主の元へと戻った。


「ジェン、大丈夫か?」


「聞く前に、そこの兎を止めてくれー!」


心配するニルキアに、倒れながら訴えるジェンジーであった。



「だそうだが…とりあえず、この件は無事丸く収まったとみてもいいか?」


「はい!当分は落ち着くでしょうし、次の火種が出るまでは楽しくなりそうです!」


満足そうに二ルキアのナデナデを受ける兎姫。

ジェンジーと遊ぶことが楽しみで仕方ない様だ。


「確かに火種は直ぐにはないだろうな…。ジェン、こいつの遊び相手は骨が折れるぞ。頑張れ?」


同情するニルキアにジェンジーは再び床に伏せた。




そして夜も更けていき、明日の帰国の為に病人?のジェンジーはそのまま医務室に寝かせ、レベンス達は基地に常駐する騎士より案内された部屋へと戻っていく。


二人は一つの部屋でくつろいでいた。


「一応、報告はこんなもので良いだろう。」


「ええ、ザラシンド軍の報告は全て団長に任せましたから問題はありません。今回の戦で恐らくあの大国が本格的に動くでしょう?…今後は今以上に気を引き締めないと厳しいかもしれませんね。」


先の未来を予測するかのように、レベンスは神妙な表情して外を見ていた。


「レン…先に言わせてもらうが、光るものはあるとはいえ彼は俺達の中に入れるのはまだ難しいぞ?ざっと見ても、今の彼の能力はまだ騎士団の中堅辺りだ。外で出ているあいつらが納得しない。」


ジェンジーは武人として才能はあるかもしれない。だけど全てにおいて弱い。

友人として見ても本当の仲間としてはなれないと、ニルキアはきっぱりと言い切った。


「分かっています。今の彼では無理でしょう?能力だけではなく、覚悟も足りない。でも、今後は彼のような人がきっと必要になる。私達みたいに影を持たない純粋な存在…強さだけが全てではありません。」


レベンスは今頃、疲れ果てて寝ているジェンジーを想う。


『始めて彼を見た時、戦う姿に惹かれるものがあった…。他人を巻き込まない為に敢えて不利な場所へと連れ込む度胸。相手を混乱へと導く言動は計算されていない純粋なもの…私とは違う。』


訳あって必死に鍛えた自分とは違うジェンジーに羨望の様な想いを抱くレベンス。

そんなレベンスにニルキアは彼の頭を再び撫でる。


「彼は俺とお前とは違う。…だからこそ俺達の側に染めるのは気が引けるが、お前の予感は当たるからな?…少し様子を見よう。」


「はい。そちらの件は私達も見極める必要があります。でも、ただの友人として居てくれるだけでも私は嬉しいです。…初めてニルキアが認めてくれた友人ですから。」


先程、王子という理由で友達がいないと話していたが、実は別の理由がある。


それに関して何か言いたげそうに兎姫はニルキアを見つめた。


「…貴方が選んだ相手ではなければ、私は誰とも関わる事はありません。王族であっても無くても関係ないですもの。この札も然りです。」



いまだに兎姫の首には木の札が掛かっている。

まだ外す許可を貰っていないようだ。


ニルキアがレベンスを自由にさせない。


ニルキアは直接レベンスに命令したわけではないが、そう仕向けている事は既にレベンスは理解して従っている。


「当然だろ?お前は俺のものだ。嫌か?」


「いいえ、出会った時から私はニルキアのものです。たとえあの伝書がなくとも、私は貴方から離れるつもりはありません。」


そっとニルキアの背に手をまわしレベンスはその胸に擦りつく。

その姿にニルキアは満足そうだ。


「…あいつが動くな?丁度ジェンという利用しやすい手札が出来る…。」


「そうですね…本当に呆れます。…ですが、あの人は私の事を薄々と気づいている。」


レベンスはニルキアを強く抱きしめる。

まるで何かを隠す様に…。

落ち着かせようとニルキアは撫でる手を止めない。


「だからこそ俺を敵視するのだろう…馬鹿馬鹿しい。あいつがまた変な事を考える前に手を打つ必要はあるな…?ジェンがあのディリクレ家の子供で良かった。帰ったら、ジェンをあいつらに鍛えて貰おう。」


「はい。彼らならきっとジェンを良い風に鍛えてくれるでしょう。ジェンも高みを望みむなら応じてくれるはず…何にしろ、今度は多少の時間の猶予があります。少しは骨を休めつつ次の手を考えましょう?」


ニルキアに頭を撫でられて段々眠気が来たのか、レベンスはうとうととニルキアに身を委ねていた。


「…リン兄様のお墓参りにも行きたいです…」


最後に呟く兎姫をみながらニルキアは頷いた。


少しすると腕の中でレベンスは寝息をたてている。


そんな兎姫をベッドまで連れて行き、眠る兎姫の様子を見守るニルキアはそっとため息をついた。


「…兄のお墓参りもいいが…その前に、お前も覚悟しなければならないぞ?」


ニルキアは近々起きる出来事に思いを馳せる。


そこに映し出されたのは第三妃、レウシア妃だ。


着実に来る未来。


あの王家がレベンスの母親を殺そうとしている。


だが、あの王族から完全にレベンスを手に入れる為には、ただ成り行きに任せるしかない。


『レンに出会った頃は純粋に心惹かれたが、お前を知る度に俺は二つの感情に阻まれる。本当は何もかも捨ててお前と逃げればいいと分かっているのに…そうすればこんな面倒な選択をしなくてもよかったかもしれない…だが…。』


ニルキアはレベンスと出会った時の感覚はまだ覚えている。

純粋な想いを優先にしてしがらみを捨てれば、もっと生きやすいだろう。


だが、それを許さない過去が今のニルキアを動かす。



『…真の王は…ヴァロンとフェロミア、一体どちらだろうな?』



レベンスの長い髪の一房を取り口づける。


ニルキアの疑問に、今は解決する術はなかった。





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