悪辣令嬢エレノアの牧場生活②
吐き出された炎から私はレッドタイラントの子供を庇いながら地面に転がった。
背中に鈍い激痛が走る。
どうやら少し炎を浴びて火傷を負ったようだ。
いつも着ている作業着からは焦げた匂いがした。
この作業着はドラゴンの飼育に使われるもので耐火性に優れている。
ーーー優れている筈なのだが、このレッドタイラントの火力を防ぐには力不足のようだった。
作業着の背中は焼け焦げて穴が空いてしまい、今次に炎をまともに食らえば、火傷どころの話ではない。
レッドタイラントの母親は私を睨みながら歩みを進めた。
「逃げないと...」
体を動かすと背中の激痛で体が思うように動かない。
気づけば、赤い竜の巨躯が私の目の前にあった。
レッドタイラントは威嚇をしながら私を見つめる。
「ーーーーー」
もう駄目だと思い、私は目を瞑る。
どうにかこの子だけでも...
私は目の前にいるドラゴンの子供を抱きしめ、覆い被さる。
「おりゃあァァァァァッ!」
ルドガーの叫ぶ声が聞こえた。
それと同時に私の背中に重みが感じられた。
そこには私を庇い、抱きしめてくれたルドガーがいた。
私の体にルドガーの体温が伝わる。
ーーーバンッという破裂音が耳に響いた。
音のした上空をみると霧のようなものが落ちてきた。
その霧がレッドタイラントを覆うように包む。
すると、先程あんなに暴れていたレッドタイラントが静まり、そしてその場で寝てしまった。
その光景をぼーっと眺めていると、ルドガーが私の鼻と口をその大きな手で覆う。
「これは大型種用の"麻酔噴霧薬"だ。人が吸い込むと数日間昏睡しちまう...間違っても吸い込むなよ」
「大丈夫ですか?!」
私たちがその場に蹲っていると、顔に布を巻いたリアが駆け寄ってきた。
「大きな音がしたからもしかしてと思って、麻酔玉を持って来たんだけど...良かったぁ」
リアも安堵したのかその場にしゃがみ込んだ。
私の腕の中にいる小さなドラゴンも目をうとうとさせて、寝てしまった。
その後、私たちは大型ドラゴンのエリアの後始末を行い後にした。
目を覚ましたレッドタイラントは先程の暴れっぷりが嘘かのように落ち着いており、我が子を口に咥えながら住処に戻っていった。
「痛ッ...」
火傷に薬が染み込んだようで背中に痛みが走る。
私の背中に、少し恐い顔で薬を塗るルドガーがいた。
「まったく、無茶しやがって...死んだらどうするつもりだ!」
珍しくルドガーが怒っているようだった。
「でもあの子供ドラゴンが助かったから良いじゃ...」
「そういう問題じゃないだろ!」
背中に薬を塗り終わり、私の目の前に来たルドガーは真剣な眼差しで私を見つめる。
その目は私がどれだけ危険な事を仕出かしたのかを理解するには充分だった。
「ごめんなさい...」
私は急に申し訳なくなり、小声で謝った。
「今後こんな危険な真似は絶対にするなよ」
ルドガーは深く追求する事はなかった。
だが逆に私はそれが心苦しい。
「...」
リアが気まずそうにこちらを見つめる。
ルドガーとのやり取りもあるのだろうが、原因は違うだろう。
「...これ、どうしようかな」
私は自分の髪を触る。
どうやら背中に炎を浴びた時に、私の髪も一緒に燃やされたようだ。
あまりの火力で髪が焼き切れており、腰まであった長い髪が、肩より少し長い程度しか残っていなかった。
手鏡を持ち確認する。
毛先は焼け焦げて痛んでいる。そして不恰好にも不揃いだ。
私はその鏡をしまい自室に戻る。
「大丈夫なのか...?」
自室に戻る途中、ルドガーが心配そうな顔で私を見てきた。
「大丈夫」
一言だけ私はルドガーに言い、屋根裏の梯子を登った。
この髪をここまで伸ばすのには苦労した。
別に長い髪が好きだった訳ではない。
それでも伸ばしていた理由を思い出す。
「ーーー綺麗な髪だね」
私にかつてそう語ったのは、他でもない皇太子ロベルトだった。
私はそれが嬉しくて、彼にもっと褒めてもらいたくて髪を伸ばし続けた。
我ながら乙女だな...と自嘲する。
別に律儀に髪を伸ばし続ける理由ももうない。
ーーー自室から戻るとルドガーとリアがいた。
これらは私の姿を見ると驚いた様子だった。
「どうかな...?」
私は肩まであった髪を首筋が隠れる程度の長さまで切り揃えた。
これなら牧場での仕事も気兼ねなく出来る。
「良いと思うよ!」
リアがニッコリと私に笑いかけてくれた。
「良いじゃねーか!美人は何でも似合うなぁ!」
彼の言葉に嬉しくなり、心が踊った。
どうやら私はいつまでも過去に縛られていたようだ。
だけど、過去の言葉と思い出を、ルドガーの言葉が優しく塗り替えてくれた。
「ふふ、そうでしょ?」
私は軽口でルドガーに言い返す。
彼が気に入ってくれるなら、暫くはこの髪で過ごそうかなと、私は想った...
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