約一年前に爪切りを卒業した話
世の中の人間は二つに大別することができます。爪を切る人間と爪を切らない人間です。私は一年程前、とある出会いから爪を切ることを卒業し、爪を切らない側の人間になりました。
事の発端は私が5歳の頃、ピアノを習い始めたことまで遡ります。ピアノを弾くときには、邪魔にならないようある程度爪を短く切らなければなりません。爪を伸ばしたままでも弾けないこともないのですが、鍵盤にぶつかりカチカチとした音を立てずに、なおかつ正しいフォームで弾くためには、指の腹側から見て爪が見えないように切るしかないのです。
当時は母親に爪を切ってもらっていたのですが、私は生まれつき皮膚にくっついているピンクの部分が長く、先端の白い部分を全て切っても、カチカチ音が消えませんでした。深爪を繰り返すうちに自然と短くなる(所謂チビ爪状態)そうなのですが、当然かなり痛いので毎回死に物狂いで逃げ回っていました。
結局ピアノは飽きて1年ほどで辞めてしまったのですが、それ以来爪切りへの苦手意識は消えないままでした。自分でするようになっても割と伸ばし気味の状態で服に引っ掛けたり、肌を傷つけたりなど痛い目に遭いながら暮らしていました。テレビやネットでも爪の切り過ぎは良くないと言われているし、まあいいかと思っていたのですが……。
ある時、ふとAmazonで爪やすりを眺めていて、ある一文に目が釘付けになりました。
「一度使用したら爪切りには戻れません」
えっ……爪やすりって仕上げの道具ではないのですか!? てっきり爪切りを終えた後に角を丸くするためだけに使うと思っていましたが、もし、そんな夢のような爪やすりがあるのならば全てのストレスから卒業できるのでは……!!
光の速さでポチった私は体育座りで商品が届くのを待ちました。
そして実際に使ってみた結果……看板に偽りなく、驚くほどに早くシャリシャリと気持ちよく削れました。今まで短く切り揃えようとすると冷や汗をかきながら震える手で何度もチキンレースのようにパチンパチンと爪切りをしていたのが嘘のようです。
一方向に削ること、爪の両端部分は割れないように慎重に削ることなど不器用な私にはスムーズに爪やするために少々コツを掴む必要がありましたが痛みなく、素早く爪の手入れを終えることができるのは至福の喜びでした。
注文履歴を眺めている途中で爪やすりを見つけ、爪切りを卒業してからの一年を振り返りながら、ひょっとすると手に汗握りながらインポッシブルなミッションを繰り返している同志がいらっしゃるかもしれないと思い、エッセイを書くことにしました。どうか、あなたに素敵で快適な爪ライフが訪れんことを祈ります。