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1-5 村長?

 モーリ村滞在三日目は、あの人の忠告に従って〝ファーバニカ〟を見に行こうと思っていた。

 とはいってもそれが見られる時間帯は遅めの夕方だし、それまでは特にやることがない。昨日のように魔法ショーをやってもよかったのだが……せっかくのどかなところに来たのだ。一日くらいゆっくり過ごしたいなと思ってやめにした。


 そういうわけで手持ち無沙汰でヒマなのだ、ということを宿の老主人に相談すると、



「そんなら釣りでもしてみちゃどうかい?」

 と釣り竿やバケツ、年季の入ったルアーなんかを貸してくれた。こんなに借りてしまっていいんだろうか、と思っていると、見透かしたように彼は笑った。



「俺ぁ腰が痛くてもう釣りなんてできねぇからな。代わりに使ってやってくれや、カラスの嬢ちゃん」



 ……後から考えて思ったのだが、もしかすると久しぶりに宿泊客がやって来て彼も浮足立っていたのかもしれない。聞くと隣のイト村からの客以外がやってくるのは二十年ぶりだということだったし、テンションが上がってホイホイ貸してしまったのかも。


 とにかく、私としては願ったり叶ったりということで、おじいさんにお礼を言って海に向かった。



 簡素な防波堤に腰かけ、水を張ったバケツを横に据えると気合いを入れた掛け声と共に疑似餌を海に放つ。


 一時間経過。……釣果ゼロ。

 二時間経過。…………釣果ゼロ。

 三時間経過。………………釣果ゼロ。


 私はどうにかなりそうな頭を抱えて防波堤の上でのたうち回った。



「いやおらんやん!! 三時間待って引きすらないのはもうお魚おらんってことやん!!」



 身を乗り出して澄んだ海面を覗き込む。

 青みがかったスズキのような魚が私の顔を見てぴゅんと逃げていった。



「おるやん……!! なんでおるのに一回もヒットせんとよ~……!」



 もしかして道具が悪いのか? ルアーが出す加齢臭で魚が逃げてたりするんじゃないか?

 なんて失礼なことを考えながら芋虫を模した木製ルアーをしげしげと眺めていると、村の方から老主人が大笑しながら向かってきているのが見えた。



「釣れたかい?」


「うう……それが一匹も……」

「ウハハハハ、そりゃツイてねぇ!」



 どれ、と言ってしわしわの手が竿を取り上げた。彼が息を吐きながら軽く竿を振ると、私のときの何倍もの距離をルアーが舞った。



「三匹もいりゃ昼飯になるだろ。……そらっ!」



 着水から一分と経たずだろうか。彼がそう言って竿を持ち上げると、既に木の芋虫にさっきの魚が食いついていた。



「うえぇ……すげぇ~……」

「たまたまよ、たまたま」



 なんてことを言っていたが、続けて竿を振るとあっという間にバケツに三尾の大物がたまってしまった。完敗と認めるほかなかった。





 私と老主人は連れたって海を後にした。昼近くになり、晩夏の太陽が底力を見せるかのように勢力を増していた。

 両手でバケツを持った私は、時折汗を拭きながらモーリ村の狭路を行く。



「大丈夫か嬢ちゃん? 代わろうかい?」



 先行する老主人が何度か言ってくれていたが、そこはこちらもせめてもの意地というものだ。



「へ、平気ですよこのくらい……!」

「そうかい、そしたら頑張れやぁ」



 強く頷いて彼の後に続いていく。

 本当は魔法を使えば簡単に運べたのだが、そうすると『負け』な気がした。


 そんな時のことだった。前の辻を小走りで駆け抜けようとする若者がこっちに気づいて声をかけてきたのだ。



「おう爺さん、旅の子、釣り帰りか?」

「んまぁな、俺の腕もまだ鈍っちゃいなかったわ。おめぇはどうした、そんなに急いでからに」


「お姫様から報告があるってんで、一応聞きにな」



 その言葉に私はぴくんと顔を上げた。



「なに、報告ぅ? あの人が何の話があるっつうんだ」


「あれだろ、イト村との」


「ああ……そういや交渉するとかなんとか言っとったが……」



 そこで老主人は半分だけ渋面を浮かべた顔を私に向けた。



「嬢ちゃん、先に宿に行っといてくれるかい。俺も一応あっちに行ってみるからよぉ」



 私はハッキリと横に首を振った。



「私も聞きに行きます」





 モーリ村の入り口には骨組みだけの簡単な門が設えられている。……のだが、私には門というより鳥居に見えて仕方ない。

 実際、封鎖して外敵の侵入を防ぐような造りになっていない以上、村と外との境界としての役割しかないのだろう。


 馬車はその門の下に停まっていた。〝一ツ目鴉〟の文様を抱いた車を作る素材は茶褐色の木材で、滑らかな表面には繊細なレリーフが至るところに彫刻されている。その先に繋がった黒馬の色合いも相まって、落ち着いてカッコイイ馬車だった。


 私たちがそこに着いた時にはもう何十人かの村人が集まって円をなしていた。がやがやとした人ごみの最後列について、バケツを置いて手を休める。



「――さっき報告、って言ってましたよね?」

「ああ、うちの村とイト村との『取引レート』についての報告だと思うぜ」



 若者は額を拭って言った。



「うちとイトは昔っから食いモンの交換をやってんだよ。海の幸と山の幸っつーのかな、モーリ村じゃ海が近すぎてあんまり野菜が作れないもんで、必要な分を向こうから貰ってんだ。代わりには魚介類を渡すって感じでさ」



 一言で言えば、現物同士での貿易ということだろう。間に通貨を通さなくてもそれが成立しているのは、それだけこの地域の生活がシンプルにできているということの印だ。



「例年なら、この爺さんの世代に決まった『基準レート』に従って取引してたんだけど……五年くらい前からそれじゃ上手くいかなくなっちまって」



 老主人が深く頷く。



「去年まで、モーリでは歴史的な不漁が続いてなぁ。魚不足で、いつもの額じゃ村丸ごと飢え死にするくらいだったもんで、イト村に頼み倒してまけてもらったのさ。……まあちょっとだけだったが。ふふん、あいつらはケチなもんでよ」



 そんな大変なことがあったのか。私が見たところではもうそんな痕跡は残っていなかったが……。

 異世界ここに来たのが今年のことでよかった、と不謹慎ながら私は安堵した。



「魚が捕れなかった原因ってなんなんですか?」

「それがわからん。天気や気温もいつもと変わらないくらいだったんだがねぇ」


「爺さん、やっぱり〝ナガセ〟が来たからなんだって!」



 若者が苦々しい顔で言うのを、老主人は骨ばったげんこつで殴りつけた。



「馬鹿言うんじゃねぇ、俺ぁ四十年前に本物を見てんだ! あんなのがナガセだなんて女子供みてぇなこと、いっぱしの漁師なら抜かすんじゃねぇよ!」

「でもよぉ……!」



 腕を組んで難しく顔をしかめる老主人に、それよりずっと分厚い体をした若者が何も言えなくなって黙りこくる。



「年の功ばい……」

 と戦々恐々として私もそれ以上の質問はしなかった。



 それにしても〝ナガセ〟とはなんだろう? 『彼女』の名前というわけでもなさそうだし……ましてや日本の某農業アイドルなわけはない。いずれにせよ私の頭の中の白国語辞典には未だない言葉なのは確からしいが。


 顎に手を当てて考えていると、やがて馬車の扉が軽い軋みを上げて開け放たれた。


 背の低い帽子とレンガ色のコートを身に着けた御者が車の中に向けて恭しく頭を下げていた。



「そいじゃお願いしやす、お嬢様」



 その声に応じて、車の中にいた女性がドレスの裾を持ち上げながら天高い太陽の下に姿を晒した。



「……皆様、ごきげんよう」



 黄金色の髪がさらさらとなびき空色のドレスの肩口を撫でる。その姿はシンデレラのように瀟洒だった。



「モーリ村村長のアガサ・ミルラです」



 下を向けられていた睫毛がゆっくりと持ち上げられると、その奥にあるふたつの瞳が大衆の眼前に露わになる。


 ルビーとエメラルドでできたような美しい双眸には、深海染みた深い憂鬱の色のベールがかかっていた。

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