1-2 水揚げ用魔法
昇りゆく太陽を背負って私は立つ。目の前にはまだ暗さが残る水平線と、その彼方に去り行く薄雲の群れ――それと魚。
魚、魚、魚、魚……!
沖から帰ってきた中型の漁船にはおびただしい数の魚が積まれている。それが放つ生臭さと漁港自体に定着しちゃっている潮の臭いが私の鼻をつんと刺激していた。
「うお~し、帰ったぞ~!」
「今日はしばらくぶりに大漁よぉ!」
と互いに快哉を送り合うのは、その漁船から岸に飛び上がってくる隆々とした男たちだ。真っ黒に焼けた顔をくしゃっとした笑顔でいっぱいにして、特に若い人なんかは陸で帰りを待っていた恋人や妻の元に走ったりしている。
『平穏無事な漁を海神に感謝』みたいな祈りの文句を捧げているお爺さんもいた。
どの世界でも漁港っていうのは賑やかでいいなあ。
そんな朝のモーリ港に私がやってきた理由は、アルバイトのためだった。
「そいじゃあ旅の嬢ちゃん、頼めるかい?」
ひとりの老人が私の肩を叩いた。例の宿の老主人だった。仕事を探していた私をここに連れてきてくれた人だ。
その感謝も同時に示すために、ビシッと敬礼を返して返事にした。
すると老主人は歓迎ムードも一段落してきた港に向けて、歳に似つかわしくない張りのある声を放った。
「おめぇらぁ! ちっと下がってろ、この魔法使いの旅人さんが水揚げを全部やってくれるってよぉ!!」
聞いた漁師たちは「魔法使いか、そりゃいいや!」「ありがてぇ」「もうクタクタだったんだ」と歓声を上げる。
そこで私は岸辺に進み出た。四方八方から景気よく指笛が鳴る。
――白国は魔法が発達した国ではあるけれど、研究と教育の中心はここから遠く離れた大都市にある。小規模な町村には魔法士が一人もいないことだって珍しくないのだ。
モーリ村もそのひとつで、彼らも『魔法』をあまり見たことがないのだろう、私の周りを取り囲む人たちの顔は夏休みの小学生男子みたいに興味津々の念を示していた。
そんな中からまばらにヤジが飛ぶ。
「魔法使いつってもお子ちゃまじゃねーかよぉ」
「だなぁ。せっかく見るならデケェ帽子かぶったデケェ胸のお姉ちゃんとかじゃないと、『魔法使いを見た!』って感じしねぇな」
半分くらいは同意しかねるけど……しかし言ってくれる。確かに私は同級生の中でも幼い顔立ちだったりはしたが、それでももう十五だ、お子ちゃまなんて言われる年齢じゃない。
その証拠に、白国の法律では私はもう『準成年』として扱われている。だからこうして一人旅だってできているのだ。
(※準成年……白国の年齢に関する制度のひとつ。十五歳から十八歳までが該当。ちなみに法的にお酒は飲めません。)
私はブチ切れそうになるのをオトナな精神性で堪え、港に並ぶ魚で満杯の船に向けて両手を突き出した。
今日は体調もいい。朝ご飯もしっかり食べてきたし、絶好の魔法日和だ。
私はすぅっと息を吸って、体内と体表を駆け巡る魔力の水脈を操作した。何トンもの荷物を動かすのに十分な魔力を両腕に集め、解き放つ。
右の手のひらを一隻の船に向け、照準を合わせると少しずつ腕を上げていく。それに従い、新鮮な積荷が丸ごと、水を滴らせながらふわりと浮きあがった。
「おおー!」
という何十もの歓声が重なり響く。伴奏はさっきよりもさらに陽気さを増した指笛と口笛だった。
だがこんなもので満足させる気はない。
私は続けざまに左腕を伸ばした。残りの全ての船をなぞるように水平に動かすのに応じて、都合十余の積荷が一挙に持ち上がっていった。
オーディエンスのボルテージが最高潮になったところで、私は両方の腕で掴み上げた大量の魚をひとまとめにすると、『元気玉』のポーズを取りながら吠えた。
「まだ…………まだ成長期の途中やろーがああぁぁぁっ!!」
人々にとってはきっと魔法の呪文か何かに聞こえているであろう怒りの言葉を乗せた鮮魚玉が捌き場の屋根の下に瑞々しい音を響かせた。
「いっちょ上がりぃ!」
纏いつく魔力を切り捨てるように腕を振るい、私はヤジを飛ばしてきた若い漁師の顔を見た。
これが〝ドヤ顔〟というんだな、と自分でもはっきりわかるほど勝ち誇った表情だった。
しばらく目をぱちくりとさせていた彼らだったが、私に見られているのに気づくと、ひとりは平身低頭してぺこぺこと頭を下げた。
もうひとりはつまらなそうに舌打ちしやがったので、指先の魔力で魚を一尾引っ張ってきてそいつとディープキスさせてやった。
仕事が終わると、宿のご主人が満足そうに頬を緩めてやってきた。
「お疲れさん。いやぁ、ありゃあ想像以上だったわ」
「ちょっと張り切っちゃったもので……」
「なかなかいいもんを見せてもらったよ。若いのもいい気分転換になったろうさ。どれ、お駄賃にはちょっと色付けてやろうじゃねぇか」
「えーっ、いいんですか!?」
薄手の上着の袖口あたりをまさぐるご主人を前に私はぴょんぴょんと飛び跳ねた。……冷静に考えるとかな~り子供っぽい振る舞いで、思い出すと恥ずかしくて仕方ない……!
「お駄賃は現金払いと魚払い、どっちがいいかい」
「…………げ、現金でお願いします」
「ウハハハ、ほんの冗談よ冗談!」
そう言われてもあんまり笑えないのは、辺境の農村部では貨幣と並行して物々交換も経済を回す方法として十分に生き残っているからだ。モーリ村にもその文化はあるらしいので、危うく本気にするところだった。
もらったお給料は15銀だった。三日分くらいの宿泊費+食費になりそうだ。
(※銀……白国で最も一般的に使われる通貨単位。1銀硬貨は百円玉に似ているが、別に本物のシルバーでできているわけじゃない。)
「わ~い、ありがとうございますっ!」
「気が向いたらまた手伝っとくれや!」
……もちろん、モーリ村を訪れた理由はお金稼ぎなんかじゃなかったが、いかんせん今の私はスカンピンだった。今は急ぎの用事もないし、数日滞在してここで軍資金を集めるのもいいなと思った。
「――魔法ってすげぇんだな」
「うちのお姫様もあれくらい働いてくれりゃあ文句なしだってのによ」
「はっ、言えてらあ!」
モーリ村の人々は三々五々に自分の持ち場に向かっていった。
お寿司はタマゴから食べます。
よければブックマーク登録、評価をいただけると嬉しいです!
感想、ご指摘もお待ちしています!博多弁で返信します!