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1-1 迷子の博多っ娘

――――白国南部、モーリ村。異世界転移から半年。


 私は宿を探して夜の街路を歩いていた。半夜を過ぎたモーリ村にはまだ(・・)人影はない。村が動き始めるのはこれから数時間後の深夜から早朝にかけてのことだ。つまり、村の経済を支える精悍な漁師を乗せた船がその頃になると立て続けに沖に出ていくのだ。


 だけどその時はまだそうだとは知らなくて「やっぱり田舎の夜は早かねぇ~」と思いつつ歩いていた。


 魔法大国『白国はくこく』にあっても、中心部からほど遠い港町は暗かった。真っ暗と言ってもいい。土壁で造られたちょこんとした民家はどれももう眠りに就いていて、足元を照らしてくれるのはほとんど月明りしかなかったのだ。


 そんな暗夜の道端で、私こと小野田おのださくらは半分泣きそうになっていた。



「いか~ん……完全に迷っとーやん……」



 私がモーリ村に着いたのは、すぐそこに広がる海の向こうに太陽が沈もうとしているときだった。日本で見てきた太陽より若干大きく見えるそれを見送りつつ、村で唯一だという宿屋にチェックインを済ませた……まではよかったんだけど。


 夕食をいただいた後、腹ごなしに散歩に出たまま迷子になってしまったのだ。


 久しぶりに臨海部にやってきたせいで変にテンションが上がって、『そうだ、海見に行こう!』とか思ってしまったのが運の尽きだった。確かに海は見られたけれど、着いた時にはもうすっかり日が暮れて海は墨のように黒く染まっている。それじゃ見ていても面白いわけない。

 せっかくだし足だけでもつけてみようかな、とも思ったけど、時季的にもう夏はほとんど終わっていて、昼はまだしも夜は肌寒くなっている頃だった。


 結局、私は浜辺に落ちていたヒトデを一匹ぽちゃんと海に投げ込んだだけで帰路に就いた。

 その帰りにこの迷子。余計なことしなければよかった、と頭が垂れて仕方なかった。



『――あんた、よくそんなに道草できるわね。なんなの、道草大食い選手権にでも出るつもりなの?』

 というのはある日本人の女の子の言葉だ。


 確かに私は出かけるとしょっちゅう寄り道してしまう性質たちだし、その結果トラブルに巻き込まれるパターンも何度かあったのだが……。

 これに関しては私というよりも、『食事と寄り道は旅の華』と娘に言い聞かせた我が父母にも問題があると思う。


 普通、親というのは「寄り道せずに帰ってくるのよ!」とか言うものだということを、私が知ったのは学校の時、しかも友達から教えてもらったのだ。そのことを親に言ってみても『よそはよそ理論』で一蹴されてしまうし……。

 その結果がこれなのだから、私は今は遠き両親のことを少し恨まずにはいられなかった。


 しかし私だって、普段からいつも迷子になっているわけではない。そうなってしまった理由はきちんとある。

 ひとつは、モーリ村に着いたのが夕方だったこと。そのせいで町の造りを把握する時間がないまま夜のとばりが下りてしまった。

 もうひとつはそもそもにして道が暗すぎること。小村のくせに比較的密集して建物を建てているせいで迷路みたいになっているのに、『緑火灯』のひとつすら立っていないのだ。そりゃ、私みたいなよそ者は迷うに決まっている。


(※緑火灯……魔法技術を使った緑っぽく発光する常夜灯。魔法が発展している白国ではよく使われる。カナブンみたいな色合い。)


 光の魔法を使いたかったけど、こんな夜中に明かりを煌々と焚くのも気が引けて。せめて何か目印になるものでもあればと思って周りを見やると、遠くに薄ぼんやりとした緑色の光が見えた。


 緑火灯の光だった。だけど私はそれを見つけてかえってがっかりしてしまった。


 その遠い光が照らし出すのは、海に張り出した岸壁の上に建つ立派なお屋敷だった。私が部屋を借りた宿屋の何百倍もあろうかという感じだ。

 きっと町の偉い人か、そうでなければどこかのお金持ちの別荘に違いない。そんなところをいくら照らしてもらってもこちらには関係ない話としか言えなかった。



 私はまた歩き始めた。疲れが混じったため息を吐きつつ見覚えのある道を探してきょろきょろと進んでいく。

 旅の疲れと徒労感が両肩にのしかかっているみたいで、目が向くのはほとんど足元ばかりだった。


 そのせいだろう、角を曲がったときに同じタイミングで向かってくるその人に気づくのが遅れたのは。


 前のめりになっていた頭から何かにぶつかって、私はぎゃあと声を上げた。

 一瞬、電柱にでも当たったかと思ったけど、それは別世界の記憶だった。緑火灯さえないモーリ村に電気インフラがあるわけない。

 その証拠に、そこそこの勢いでぶつけたはずの頭には柔らかい感触だけが残ってまるで痛みはなかった。



「も、申し訳ありません! ぼうっとしていました……!」

 とその相手が言った。暗い中ではどんな人なのかわからないが、声色から若い女性だとは推し量れる。


 お互いに頭をぶつけなかったことからもわかるように、背丈は私より大きい。といっても170センチはないくらいに見えるので、平均的な白国女性よりやや大きいくらいか。


 ちなみに、私がぶつかったのは彼女のちょうど胸の辺りだった。そりゃあ痛いわけがない――じゃなくて、それに気づいた私はやにわに頭を下げた。



「こちらこそごめんなさいっ! よそ見して歩いてて……」


「いえ、わたしに非がありますから……その、お怪我などはなさっていませんか?」


「いやいや! あの……はい! え~……はい、ダイジョウブデス……」



 私は少しの間、額に指を当てて考えたけれど、やがて諦めてそう答えた。


『私にも責任がありますから、どうぞお気になさらないでください』

 ――と言いたかったのだが、言葉が出て来なかった。


 私が白国いせかいに来てから約半年。勉強の甲斐あって、自己紹介だの「はうまっち・いず・いっと?」並みの会話ならこなせるようになったが、いかにも日本人らしい婉曲表現や謙遜過剰な言い回しみたいなものはとっさには思いつかなかった。


 とはいえ大丈夫だったことに間違いはないわけで。彼女の方もそれを確かめたのか、私のつむじから足先まで一通り――いや二、三通り確認すると、胸に手を当ててほっと息をついた。



「お怪我がなくてよかったです」



 彼女は赤茶けた古いコート――それもちょっと丈が合っていないぶかぶかのコートを整える。いかにも秋モノっぽい雰囲気の服装だった。時季的にはちょっとせっかちな恰好だと思った。



「それでは、わたしはここで……」

 コートですっぽりと体を覆うと、女性は顔を伏せ、大股で私の脇を通り抜けようとした。



「ちょちょちょっと待ってください!!」

「ひゃあぁっ!?」



 袖口をひっつかんで、私は慌てて引き留めた。



「な、なんですか……!?」

 肩を細くしながら彼女は半身をこちらに向ける。



「ご、ごめんなさい……びっくりさせるつもりはなくって――」

 ぱっとコートの袖を放しつつも、彼女に逃げられる前に私は早口で言う。



「実はこのあたりの宿に部屋を借りたんですけど、そこへの帰り道がわかんなくなっちゃって……。多分モーリ村の方ですよね? もし行き方を知ってたら教えてほしいなって……」



 そう告げると、明らかに不審がっていた様子の女性もいくらか緊張を解いた。



「そういうこと、でしたか……」

 と、やや苦笑すると、彼女はもう一度私の風体を確かめ、それから頷いた。



「わたしでお力になれるのでしたら、〇◎△〇◆◆〇ですね」



 後半の部分は古めかしい言い回しすぎて私には理解できなかったけれど、それが快諾の意味であることは彼女の瞳を見ればわかった。


 闇の隙間に見えた目はルビーエメラルドをハーフアンドハーフにしたような双色の虹彩をしていた。

博多弁を推します。


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