表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/68

8.デート

 フィオナと待ち合わせの広場へ着いた。時刻は午後一時十五分ほど。広場のどのあたりで待ち合わせるか言っていなかったことを思い出してあたりを見回す。

 約束の時間にはなっていない。まだ広場に来ていなくても不思議はない。

 そう思いつつきょろきょろしているとまもなくフィオナが見つかった。

 クリーム色のワンピースを着ている。シンプルな装いながらフィオナにはよく似合っている。手鏡を見て前髪をいじっている姿が可愛いなーと思春期がちょっと戻ってきてくれた。これでデートには適温くらいではなかろうか。


「フィオナ、待たせた?」

「トーマ! 私も今来たばかりです」


 呼ばれると手鏡を隠し満面の笑みを見せるフィオナ。振り向いた拍子に前髪が乱れていないか気になるのか、うつむきがちにいじっている。

 いつもより気合が入った装いを見ると自分も服装にこだわればよかったかと不安になる。外出用にお高めな服を着ているので問題ないはずだが、特別感に欠けるかもしれない。

 今から服を買いに行けば劇の開始時間を過ぎてしまう。今さら悩んでも仕方ないので次回は気を付けようと記憶に刻む。

 連れだって歩き出す。二人でのんびり散歩するのは初めてだ。物件探しの時にも二人で歩いたが、あれは生活のためだったので散歩ではなかった。シャングリラへ来て二日目、グレンに案内されたのはもちろんノーカウントである。


「こうして見るといろんな人がいますね」


 フィオナも同じ気持ちだったのか話しかけてきた。

 言われて周囲を眺めると多種多様な人々がいる。

 髪の色が赤かったり青かったりするのは珍しくもない。獣耳が生えた人がいれば二足歩行する犬みたいな姿の人がいる。人語を使いこなすオオカミがエラのある青い肌の店主と談笑して買い物しているのは絵本のようですらある。


「しかもみんながお互いを尊重してるからすごいよな」


 姿かたちに共通点はない。二足歩行している人が多いがラミアのように足が無い人もいる。体の大きさもまちまちだ。

 共通しているのはみんなが笑顔であるということ。憩いの場である広場のそばだからということもあるかもしれないが、喧嘩する声は聞こえないし、見た目が違う相手を忌避する様子もない。

 理想都市と言われる理由が分かる。シャングリラではみんなが多数派であり少数派なのだ。

周囲にいるのが自分と違う特徴を持つ人ばかりなせいか違うことを当たり前のこととして受け入れている。

 多くの人々が特徴の違いを肯定的に受け入れて、それぞれの得意分野で力を発揮し発展をもたらしている。理想的な共同体と言えるだろう。


「とてもやさしい街です」

「なんかいいよな、こういうの」


 前世では髪の毛の色が違うだけで陰口を言われている人がいた。それに比べてシャングリラの平和さは比べ物にならない。

 露店で買い物した子供がはしゃいで転べばいろいろな見た目の大人たちが近寄って消毒、治療する。子供は笑顔でお礼を言って、大人たちは子供を見送る。そんな光景を見るだけでほっとする。


「そろそろ劇場へ向かおうか」

「はい!」


―――


 劇を見て、広場の四阿で感想を語り合った。。

 演目はグレンの物語だった。差別主義の帝国で戦い、奴隷だった人間や他種族を解放し、シャングリラを作るまでの英雄譚だ。

 見知った人が演じられるような英雄だという不思議な感慨を抱きながら観劇した。

 魔法がある世界だけあって、もとの世界の映画にも劣らないような派手さがありつつも人が演じる熱が伝わって来た。観客の反応を見て演出も変えているらしく、クライマックスではトーマも号泣してしまった。鼻水まで垂れそうになって必死に隠した。

 フィオナとの会話は大いに盛り上がった。あのシーンの演出がどうの、役者の演技がどうのと玄人ぶって話してみた。お互い演劇を見るのは初めてということを知っているので無性におかしかった。


 トーマは夕方、家に帰る頃にはだいぶ疲れていた。

 寝不足が祟った。体力は有り余っているのだがスカイとの会話で考え込んでしまい頭が疲れていた。演劇で感動したのも違った心地良い疲労があった。観劇中は興奮で目が覚めていたのが幸いだった。

 夕食中もうとうとしていて言葉数が少なくなってしまった。

 そんなトーマを見てフィオナは「今日は早めに寝ましょうか」と提案した。

 ひと風呂浴びたところで気が付いた。

 今日もフィオナと同じ部屋で寝る。最近は慣れてきたが、デート後ということで変に緊張してきた。

 床についたはいいものの今度は眠れない。眠気はあるのだが目がさえている。


「……眠れませんか?」


 落ち着け、眠れと自分に言い聞かせて深呼吸しているとフィオナが話しかけてきた。共同不審なことはバレていたらしい。


「悪い、なんかいろいろ考えちゃって」

「じゃあ、眠れるまでお話しましょうか。夕ご飯の時、ぼんやりしてて寂しかったんですよ」

「よし話そう今話そうすぐ話そう」


 やらかした自覚はあった。せっかくの心づくしを無下にしたと思われても仕方ない。

 フィオナは隣のベッドでくすくす笑いながら話しかけてきた。


「劇、楽しかったですね。また行きたいです」

「良かったな。映画とは違った面白さがある」

「実は昨日も気になったんですけど、エイガっていうのはどんなものなのでしょう。演劇に近いものなんですか?」

「映画っていうのはスクリーン……は通じないか。演劇の様子を記録して、動画として大きな画面で見るものだ」

「なるほど、それなら同じ作品を何度も見れそうですね」

「そうそう。映画館っていうところがあって、そこではいろいろな種類の映画をやってるんだ」

「トーマはよく見に行ってたんですか?」

「一か月に一回か二回くらいかな」


 劇場の席は映画館の座席に似ていた。フィオナと並んで座って懐かしい気分になった。

 映画を見るようになったのは中学に入ってからだ。小遣いが増えて行きやすくなった。

 最初は普通に話題作を見ていた。そのうち映画館の看板を見て聞いたことがないものを見るようになった気がする。最近はどんな映画を見ていたか覚えていない。

 違和感がある。記憶とはこんな中途半端に欠けるものなのだろうか。最近になるほど不明瞭な部分が増えるのはどういう理由だろうか。


「トーマ? 眠りましたか?」

「っ、悪いボーっとした」


 思考に没頭しかけていた。

 前世で何があろうと、岸辺当真という人間は死んだ。いくら過去が気になろうと目の前の人をないがしろにしてはいけない。


「映画の話もしてみたかったけど記憶があいまいで戸惑ってた」

「では他のことを聞いてもいいですか? その、ずっと聞きたかったんですけど、聞けなかったことがあるんです」

「ん、なによ」

「トラック転生ってなんですか? グレンさんと盛り上がってましたけど、前世の死因に関係することだと話したくないかもしれないって思ってて……」

「ああ」


 思わず笑ってしまった。

 転生者同士なら前世の死因が共通の話題になるが、転生者以外の人には聞きづらい話題になる。

 普通に考えたら死因というのはセンシティブな話題だろう。少なくとも普通に生きていれば相手の死因を直接本人に尋ねることなんて考えもしないはずだ。なにせ聞くべき相手は死んでいるのだから尋ねられるはずがない。

 気になることがあっても扱いづらいに違いない。


「転生って言葉は知ってる?」

「亡くなった人が生まれ変わることですよね」

「そう。じゃあ分からないのはトラックか。トラックっていうのは荷物を運ぶための大きな車のことを言う」

「大型の馬車みたいなものですか?」

「近い近い。馬の代わりに車を動かすものが内蔵されていて、でかい上に外枠もほとんど金属製だからめちゃくちゃ硬くて重いの」

「なるほど……では、トラック転生というのはトラックで運ばれるように転生した……?」

「トラックで運ばれて転生って新しいな。ちょっと違って、トラック転生ってのはトラックに轢かれて転生することだ」


 トラックに魂を乗せられて異世界に連れていかれる状況を想像するとおかしくなって笑ってしまった。黄泉平坂もトラックがあれば桃を投げる必要もなく逃げ切れそうだ。

 トラックに運ばれたというのもあながち間違いではないが、魂を異世界まで撥ね飛ばされたとイメージする方がしっくりくる。

 一方でフィオナは憮然とした表情をしていた。


「じゃあ、トーマは前世で誰かに殺されたってことですか。車っていうことは御者がいるんですよね」

「考えようによってはそうとも言えなくもないかな」

「……私、トーマは病気とかどうしようもない理由で亡くなったと思ってました」


 誰かに殺されたとしたら自分を殺した相手を恨んで不思議はない。

 フィオナの目にもトーマは屈折したところのない人柄に見えた。だから誰かを恨むような死に方はしていないと思っていた。

 次第にうとうとしてきたトーマはどう説明しようかピンボケした頭で考える。


「トーマを殺すなんて許せません。その運転手をとっちめてやりたいです」

「いいよ、俺は恨んでないし。そもそも運転手さんだって被害者だし」

「なんでトーマを殺した人が被害者なんですか」

「トラックは交通ルール守って走ってたのに、信号無視した車に横から突っ込まれたんだよ。そんで進行方向が逸れて俺にぶつかった。気付いて避けようとしてくれたんだけどな」

「……不幸な事故ってことですか」

「そ。悪いとしたら信号無視したじいさんだな。……ああ、めっちゃ眠くなってきた。フィオナ、ありがとう。おやすみな」

「はい、おやすみなさい、トーマ」


 話しているうちに緊張もほどけ、トーマは眠りについた。


「……あれ、なんで…………」


 直前に何か大事な何かに触れた気がしたが、そのまま意識は沈んでいった。


―ーー


 同時刻。


「これより作戦を開始する」


 悪魔が動き出す。



これにて一章「楽園での暮らし」が終了です。

二章も少し書いてますので、明日か明後日からキリがいいところまで投稿しようかと思います。むしろ二章からが本編みたいなところがあるので。

ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。

続きが気になるという方はぜひブクマ&評価をくださるとモチベーションにつながります。


そしてこの度評価くださった方、ありがとうございます。

ブクマを付けてここまで付き合ってくださった方もありがとうございます。

皆様がいなければ投稿を途中でやめていたとおもいます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ